岐阜県ゆかりの気鋭の美術家たちは、なぜ美術の道に進んだのか−。岐阜市司町のみんなの森ぎふメディアコスモスで24日まで開催の「色即是芸 新春美術館2020」(同市など主催、岐阜放送共催)を記念し、シンポジウムが行われた。出展作家5人が、美術を志したきっかけを、ユーモアを交えて語った。

 洋画家の傍島幹司さん(60)は、出身地であり現在も居を構える関市の自然が原風景で、小学生の頃は「将来の夢は公務員と文集に書いた」と言うように、安定した職に就きながら絵を描ければと考えていた。だが大学は教員養成系を目指すも不合格となり美術の道へ。「期せずして画家に『なってしまった』という形」と明かした。

 日本画家の向井大祐(だいすけ)さん(31)=岐阜市出身、東京在住=は、鴬谷高校時代に、県美術館で前田青邨の作品を見て感動したエピソードを披露。フェルトで海洋生物を造形し海外で評価を受けている笹木敦子さん(52)=同市=は、加納高校でレオナルド・ダビンチのデッサンを見て衝撃を受けたと語った。

 リーマン・ショックを機に離職しウェブデザイナーから陶芸の道に進んだのが、桃山陶に取り組む鈴木都(しゅう)さん(35)=土岐市=。愛知県立窯業高等技術専門校を卒業し同市に移住。「中学生の頃、出身地の東京から土岐まで一人旅するほど陶芸が好きで、いつかはその道に進むと思っていた」としみじみ語った。赤ん坊をモチーフに「かわいい」を陶の造形で表現する寺倉京古(みやこ)さん(25)=海津市出身、東京在住=は、加納高校時代に教育実習に訪れた東京芸術大工芸科の学生に影響を受けたと話した。

 5人に共通するのは、美術の道へ後押しした小中高時代の教師の存在。向井さんは高校時代、日本画が専門の美術教師に背中を押されたと説明。鈴木さんは、図工教師の窯で作品を初めて焼いた小学生の時の体験が、陶芸に興味を持つきっかけになったという。

 これからの制作について、傍島さんは人間が主題である西洋美術と、日本の風景の融合を目指すと語った。向井さんは「日本ならではの花鳥画を、情緒に流れずドライに描きたい」。笹木さんは世界的に親しまれているフェルト造形を岐阜から発信する目標を掲げた。鈴木さんは現在のガス窯から薪(まき)窯を新設して作陶すると意欲を示し、寺倉さんは今春大学院を修了し、独立して創作活動したいと決意を述べた。

 岐阜市小熊町の長江洞画廊では24日まで向井さんの個展、同市本荘中ノ町の田口美術では23日まで寺倉さんの作品の展示が行われている。

◆美術の道を志す若者へのメッセージ

傍島幹司さん(洋画) 成り行きに任せてもいいのかな。出会いと縁を大切にしてください。良いこともあります。自分に正直に。

笹木敦子さん(フェルト) 好きなことを仕事に出来るのはこの上なく幸せなことです。しかし覚悟を持って取り組まなければ実現しません。

鈴木都さん(陶芸) 決しておすすめはしませんが、生き方の選択肢として、苦しくも、挑戦する価値のある道だと思います。

向井大祐さん(日本画) いろいろなメディアが発達した現在でも、絵画を描くという行為はとても魅力的なものだと思います。私もまだまだ勉強中です。

寺倉京古さん(陶芸) 好きなことを生きる道にするのは、楽しいばかりのことではないかもしれません。私もまだまだ未熟なのですが、一緒に頑張りましょう!