スコッチ・ウイスキーはなぜシェリー酒の樽を使って熟成するようになったのか?

スコッチ・ウイスキーはなぜシェリー酒の樽を使って熟成するようになったのか?


イギリス・スコットランドで生産されるスコッチ・ウイスキーは、蒸留した酒を樽に詰めて寝かすことで熟成を行います。スコッチ・ウイスキーの中には、熟成の際にシェリー酒の貯蔵に使った樽を使うものも存在するのですが、ワインの一種であるシェリー酒はブドウから作られる醸造酒であり、穀物から作る蒸留酒であるウイスキーとは全く違う種類の酒です。それにも関わらず、シェリー酒樽は今でもウイスキーにとって欠かせない存在となっています。

How Sherry Became the Secret to Great Scotch - Gastro Obscura
https://www.atlasobscura.com/articles/why-great-scotch-needs-sherry

ウイスキーの起源ははっきりしていません。ただし、ウイスキーに関する最も古い記録は1494年のスコットランド王室の出納帳に残っていて、その頃には既に確立していたことがわかっています。ウイスキーは修道院が薬として造っていた他、余った大麦を売り物にするために農家が造っていたパターンも多かったといわれていますが、中世までは樽で熟成するという発想はなかったようです。

一方、シェリー酒は、紀元前12世紀頃にスペイン南部のヘレス・デ・ラ・フロンテーラから始まったワイン栽培に起源を持つ、歴史のある酒です。スペインを中心にヨーロッパで広く飲まれていたシェリー酒がイギリスで人気を得たのは1587年、ハプスブルク朝スペインとイングランドが戦った英西戦争の時のことです。当時の海軍提督だったフランシス・ドレークがスペイン南部のカディスという街を襲撃した際、なんと2900本ものシェリー酒樽を持ち帰りました。戦利品のシェリー酒は上流階級の間でブームとなり、イングランドだけではなくスコットランドにもシェリー酒ブームが広がっていきました。


1700年代初頭にスコットランドはイングランドに併合され、グレートブリテン王国が成立します。この時、グレートブリテン王国はスコットランドでウイスキーを造っていた業者に高い税金を課しました。税金の厳しい取り立てから逃れるために、修道院や農家は当時大量に余っていたシェリー酒の空き樽にウイスキーを隠しました。「これはシェリー酒です」という言い訳で徴税人から逃げ回っている間にウイスキーは樽の中で熟成され、美しい琥珀(こはく)色を帯びただけではなく、味や香りもすばらしいものになりました。ここからウイスキーをシェリー酒樽で熟成させる手法が確立されます。

19世紀初頭になるとフランスでもスコッチ・ウイスキーの需要が高まり、スコッチ・ウイスキー市場は盛況を迎えます。20世紀に入り、2度の世界大戦とアメリカの禁酒法のあおりを受けて、閉鎖する蒸留所が続出するほどの不況に見舞われますが、それでもイギリスはスコッチ・ウイスキーの輸出産業を推進し続け、1950年〜1960年代にはスコッチ・ウイスキーの黄金時代と評されるほどにまで市場が成長します。

しかし、ウイスキーやワインが主流になると共にシェリー酒の人気は衰えてしまい、それに従ってシェリー酒の生産量も低下。質の高いシェリー酒樽を入手することはきわめて困難になり、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラの企業もそれほど協力的ではなくなっていきました。次第に熟成に用いられる樽がシェリー酒樽からバーボン樽に移行するようになり、同時にスコッチ・ウイスキーの味も時代が進むにつれて大きく変化していきます。


「シングルモルトのロールスロイス」と称されることもある銘柄「ザ・マッカラン」の木材マスターであるスチュアート・マクファーソン氏は「樽の木材はウイスキーの個性を造り出す際に最も重要な要素です。ウイスキーの最終的な味の80%はカスク(樽)から来ています」と語っています。また、ウイスキー研究家のデイブ・ブルーム氏によると、バーボン樽に使われるアメリカのホワイトオーク材はウイスキーにバニラ・ココナッツ・甘いスパイス・キャラメルのような香りを与えるとのこと。対して、シェリー酒樽に使われるヨーロッパオーク材は、レーズン・プルーン・お香・クローブのような香りをウイスキーに加えるそうです。

いくつかのメーカーは、シェリー酒樽熟成の味を守るために奮闘しました。例えば1960年代から1980年代にかけて、「パハレテ」と呼ばれる、アルコール度数が高く質も落ちるシェリー酒を使って、熟成用の古い樽をシーズニングするという荒技を使う蒸留所も登場しました。しかし、この手法は1989年に違法となってしまいました。

また、ザ・マッカランの蒸留所は、シェリー酒樽が入手できなくなることを見越して、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラにあるシェリー酒のボデガ(醸造所)と直接交渉を行い、「蒸留所で製造した樽をボデガに貸し出し、熟成に使った後の樽を返してもらう」という方法で今もなおシェリー酒樽による熟成を可能としています。なお、マクファーソン氏によると、シェリー酒を1年熟成した樽は1つ1300ドル(約15万円)前後と、バーボン樽をはるかに上回る高値で取引されています。


2017年9月に開かれたばかりの新しい蒸留所「Isle of Raasay Distillery」では、かつて造られていた伝統的なスコッチ・ウイスキーを追求するためにシェリー酒樽の購入を検討していて、蒸留所の創始者であるクリス・ホーバン氏は既にヘレス・デ・ラ・フロンテーラへ偵察旅行を行ったそうです。ホーバン氏は「グレンリベット蒸留所の人と会談した時、彼らはシェリー酒樽の管理について100年分の計画を立てていました。100年ですよ。それほどまでに先のことについて考えなければいけない産業は他にありません」と語っています。スコッチ・ウイスキーとシェリー酒の関係をこれからも維持するためには、常に過去と未来を長い目で見通すことが必要だといえます。

Photo by kerinin


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