「原画の絵をそのまま画面に出す」という「フリクリ プログレ」第5話でのシグナル・エムディの取り組みとは

「原画の絵をそのまま画面に出す」という「フリクリ プログレ」第5話でのシグナル・エムディの取り組みとは

2018年9月に公開された劇場版「フリクリ プログレ」は全6話で1本の映画が構成されています。その中でも、見た目が他の話数とは明らかに異なる第5話を生み出したのが末澤慧監督と制作会社シグナル・エムディです。

ああいった見た目になったのは、末澤監督らが「原画作業者の描いた絵をそのまま画面に出す」ことを目的としたため。いったいどのように作業は行われたのか、業界関係者向けの情報交換・交流を目的としたイベント「ACTF2019」で行われたセッションで、末澤監督が具体的な資料を示してそのワークフローを明らかにしてくれました。

劇場版「フリクリ オルタナ」& 劇場版「フリクリ プログレ」本PV - YouTube

「『FLCL Progressive Episode.5』における制作事例発表」

登壇したのは末澤監督と制作進行・寺田和生さん。

発表内容は「1.ワークフローの目的」「2.レイアウト・原画作業」「3.動画・仕上げ」「4.撮影・リテイク作業」「5.メリット・デメリット」「6.AI」「7.まとめ」に分かれています。

まずは「1.ワークフローの目的」です。アニメーション制作の従来のワークフローは、原画マンが描いた原画に対して、動画で「原画トレス」、および仕上げで「線補正」が入るため、想定していた画面とは異なった上がりになることが多々あるとのこと。そこで、本作では「原画作業者の描いた絵をそのまま画面に出す」ことを目的として、2値化した線で原画作業を行うことで原画トレスを不要に、ペン設定を統一することで修正トレスを不要にし、さらに、仕上げ作業まで原画・動画マンが行うことで、絵のニュアンスが直接画面に出るようにしました。

また、解像度も撮影まで同じ188dpi(2198px×1554px)で統一して作業が進められました。これは、従来はレイアウトまでのスキャンサイズと動画提出時のスキャンサイズが違っているなどして、「動画のとき小さくし忘れたまま作業したので全部やり直し」などの事故が多発したためだそうです。


続いて「2.レイアウト・原画作業」。レイアウトに関しては「デジタルで行う」こと以外は通常のワークフローと同様で、線は2値でもアンチエイリアス有でも可。TV Paint、CLIP STUDIO、FLASHが用いられたとのこと。

レイアウト作監作業では、ブラシは2値のカスタムブラシを使用し、コピペ可能なように別レイヤーで作業が行われました。その作業結果がこんな感じです。単体を抜き出すと不気味ですが、なるべく元の絵を生かす方針だったので、最小限の修正だけが行われた結果です。

使用されたTV Paintのカスタムブラシ例。必ずこのカスタムパネルを使うように共有し、みんなが同じ色・太さを使うように統一されました。右端のパネルを見ると「FLCL_br_ver4」と名前がつけられていますが、これは「こういうブラシがあった方がいい」という意見が出てくると、その都度更新が行われたためです。

こちらはCLIP STUDIOのブラシ設定。

原画では、作監修正の線をそのまま使用し、そのまま可能な限り仕上げ工程まで作業を行います。その際、実線と塗りは別レイヤーで行われます。末澤監督によれば「正直なところ、手間はかかるしミスもある」ものの、原画マンが仕上げ時にどうなるかまで意識するようになるため、色パカやパーツ抜けに気付くこともあり「手間はかかっていても最終的な工程のスピードでいうと早いのではないか」とのことでした。

ということで、まず実線の原画上がり……

続いて「ベース塗り」が行われます。これは、もし仕上げ抜けがあったときにBG透けが起きてしまうということで、仕上げ検査や色彩設定の方と話し合って組み込まれた工程です。この仕上げ抜けチェック機能は後日、TV Paintに搭載されていることがわかり「先に見つけていたら必要ない作業だったかも」と末澤監督。

仕上げ込みの原画上がりはこうなります。

実際の作業ミス例もいくつか挙げられました。ギターを振りかぶる井出の姿は、ぱっと見た感じは問題なさそうですが……

よく見るとメガネの向かって右側のフレーム、線が途切れているあたりなどにアンチエイリアスがかかっているのがわかります。これは、ペンは2値だったのに、消しゴムでアンチエイリアスがオンになっていたというパターン。中には、気付いた時点ですでに統合前のデータを破棄してしまっていて、諦めて再トレスしたという事例もあるそうです。

こちらは飄々とした表情のハルハ・ラハル。これも問題なさそうですが……

左目の白眼部分などが塗れていませんでした。これは、白いキャンバスの上で描いているので、白に近い色の塗り落としに気付かないパターン。末澤監督によれば、塗り終わった後、背景に極端な色を引いてチェックすることが徹底できていなかったために発生したとのこと。

これは「原画上がりが仕上げ上がりになったカット」。原画を描き終わり、タイムシートを記入したら、次はもう検査に回すことができるというわけです。寺田さんたち制作側としては、このフローは「時間の短縮になりすごくありがたかった」そうです。

中にはロトスコープの技法を取り入れ、街中の歩く人を撮影して、2値で原画作業を行い、できたらそのまま動画マンへ……というカットもあったとのこと。この映像は寺田さんらが撮影してきたもの。

工程は「3.動画・仕上げ」へ入っていきます。動画のポイントは、原画トレスが不要というところです。動画作業枚数が少なくなるので、動画入れの棚に積んだらすぐにはける状態になり、最終的に9割の動画を社内で処理できたとのこと。

仕上げについては、仕上げ検査の方からこのようなチェック項目をもらって作業が進められました。

そして、前述の色塗りミスを避けるため、対策として「社内専用カラーモデル」が作られたとのこと。具体的には、白っぽいところもはっきりと色の有無がわかるように色がつけられています。なお、単に色を濃くしただけではなく、暖色と寒色のコントラストを生かすことで、塗ったか塗っていないかがぱっとわかるようになっているそうです。

これはシグナル・エムディ社内分の動画の仕上げ上がりサンプルで、現地では階段を降りてくる様子がアニメーションで見られました。末澤監督が「ぱっと見て、原画と動画の違いがわからないのでは?」という出来栄えです。監督によれば、作画スタッフたちは「均一な線で割るのではなく、間に自分を絵を描いている感覚なので、描いていて楽しかった」と感想を言っていたとのこと。

先ほど話に出た、仕上げに抜けがあると表示してくれるカラーチェッカー。この絵だと黒く塗りつぶされた右脚のすねのあたりに赤い点があり、仕上げ抜けがあることを示していて、制作による「検査前検査」で活用されたとのこと。

そして「4.撮影・リテイク作業」に入ります。社内動画・仕上げ・仕上げ検査の作業後、解像度はそのままで書き出して撮入れ(撮影作業の発注)が行われます。工程はデジタル化されていますが「カット袋」自体は存在しており、紙のタイムシートを入れて受け渡しが行われました。実際のところ、紙が必ず必要というわけではありませんが、カット袋は「どこで最新作業が行われているか」が一目瞭然であり、また、タイムシートはいざシートとTV Paintのタイムラインが微妙にずれているときに、紙を絶対の正解であると決めることで、混乱を防ぐことができます。これだけデジタル化を進めても、シートとカット袋は「紙の方がいいなと思った」と末澤監督は語りました。

なお、アニメーション業界では紙の多さとその管理・保管が非常に大変ですが、「フリクリ プログレ」第5話の場合、320カット・7500枚あってもカット袋の分量はダンボールの3分の2ほどで済み、制作進行の寺田さんは「紙作業と比べて軽々持っていけるので撮入れも楽で、制作も助かりました」とコメント。

「リテイク」はすべてTP修正(トレスペイント修正)となりますが、社内で9割の動画作業を賄うことができたため、末澤監督も想定しなかった「動仕崩れでのリテイクはほぼゼロ」だったとのことです。

「5.メリット・デメリット」では、このワークフローで作業をしたときのメリット・デメリットとして以下のようなことが挙げられました。

「通常とは違う画面」について、末澤監督は「インパクトはあったんじゃないかと思います」とコメント。「作業行程・時間の短縮」に関しては「形式的に必要な作業」を飛ばして「本当に必要な作業」だけをやるこのワークフローでなければ、あの戦力で終えることはできなかったと振り返りました。「収入増加」「動仕クオリティの安定」については、仕上げ作業までやれば「仕上げ料」も出せるため、同じカット数でもやればやるほど収入が増加し画面もよくなるという「現場はハッピー」な状態だったとのこと。アニメーション業界の労働問題でアニメーターの収入の低さはよく話題に上がりますが、この例だと、動画マンも仕上げ料がもらえて、収入が倍近くになったそうです。

一方、「デジタルアニメーターの確保が難しい」という点では、アニメーターさんから「紙ならやれます」と言われてもお断りし、全員が紙を使わずフルデジタルでできたのは良かったものの、大変だったと末澤監督。「元から想定はしていた」とのことですが、浮いている50〜60カットを末澤監督が拾うことになったそうです。

「対応できる動仕会社が少ない」というのは、時間がない時に外に出したくても対応可能な会社がないということ。やり方につぶしがきかないということは言われつつやっていたものの、これは本当に時間がなくなったときに作品が落ちるか危ぶむほどだったとのこと。

「各セクションとの打ち合わせの増加」は、問題が起きるたびにみんなで集まって相談したために発生。たとえば「線と線の間の抜け」を「埋める」「埋めない」の判断が感覚でしかなく、仕上げ専門の人からすると判断基準がない状態だったので、その基準を話し合うことに。この仕上げの領分を決めるのに時間がかかったそうです。

「6.AI」では原トレAIの「時季ヶ原写(ときがはらうつす)」と中割り足しAIの「時季ヶ原埋(ときがはらうめる)」が登場。

実際の埋ちゃんの仕事っぷりはこんな感じ。元素材があって……

中割りで、画面中央下の煙を動かしています。末澤監督によれば、単純な中割りは得意なものの、立体が入ってくると難しいとのこと。この中割りの計算で5日ほどかかっており、計算を進めていくと「だんだんよくなってくる」そうです。

一方の原トレAI・写くんは優秀で、シグナル・エムディ社内で大活躍しているとのこと。設定トレスや原画トレスでは、1からなぞるよりも写くんを通して修正した方が早いのだそうです。

ただし、線が密集するところは苦手で、以下の素材の場合、目のあたりはすべて描き直しが入ったとのこと。

最後に「7.まとめ」。

末澤監督の考える「デジタル移行」のキーは、作品の責任を持つことになる作画監督と演出。ただし、作監の場合は「画材が変わるだけ」なので、無理してみんながやる必要はないにしても、「鉛筆の感覚」と「デジタルの感覚」をすり合わせていけばよいので、参入ハードルは比較的低いと感じているそうです。一方、絵を描くだけではなくチェックの仕方や「直し方」も加わってくる演出は、身体に頼る部分が大きく、「引き速度は『5mm/コマ』」のような感覚を切り替えることが必要で難しいとのこと。

「デジタルソフトの習熟」は、制作進行としても使うソフトのことをアニメーター並に覚えていないと「こういうやり方をしています」と営業することもできず、とにかく勉強だと寺田さん。

そして「作業工程の見直し」については、問題が起きたときに相談して共有し改善する空気をいかに現場で作れるかが大事であり、この「フリクリ プログレ」の現場ではそれがうまくできたとまとめました。

© 2018 Production I.G / 東宝


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