いまをときめく情報通信技術のもう一つの顔「監視」を追及してきたジャーナリスト、小笠原みどりさんによる新連載。新型コロナ対策で現れた新たなモバイル監視について、5月中は毎週金曜日に配信します。

新型コロナウィルス(COVID-19)が広がる世界で、スマートフォンを使った「感染拡大防止策」が次々に実施されている。日本政府も、感染者が接触した人々を洗い出す携帯アプリを5月上旬から導入すると発表した。「これは安心」とあなたは思っているかも知れない。けれど、これが前代未聞の個人監視プログラムなのだ。保健医療対策に、携帯電話を使って個人の行動を監視するという新奇な発想は、まさにビッグデータ時代のパニックの申し子として、ウィルス以上の速さで地球上に拡散している。

まず、先に感染が広がった中国、韓国、台湾などで、政府がスマホの位置情報を利用し始めた。スマホ持ち主の移動記録を過去にさかのぼって収集し、感染者の動向を特定したり、持ち主の感染可能性を推測したり、または人々の位置情報をリアルタイムで監視して隔離を実行しているかを見張ったりするのだ。続いて感染者が急増した欧州、イギリス、アメリカも、官民共同でブルートゥースを使ったデータ収集アプリの開発に着手している。スマホに持ち主の接触相手を記録して、接触相手の感染が後日判明した場合、持ち主に自己隔離するよう警告を出すアプリだ。日本政府が計画している携帯アプリも、これとほぼ同じ仕組みだ。

緊急事態はビジネス・チャンス 

多くの政府が、検査の受けにくさや、病院のベッド、医療従事者の防護服の不足など、保健医療体制のお粗末さを露呈するなかで、携帯監視プログラムが救世主とばかりに登場したそのスピードは、驚くばかりだ。なぜだろうか?

私はデジタル監視技術について20年以上取材・研究を続けてきたが、コロナ下で監視のレベルが異次元に突入したことは間違いない。これに匹敵するのは20年前の9.11で、あのときはアメリカ政府が「テロとの戦い」を掲げて、ほとんど地球上の全員を潜在的に「テロリスト」とみなす監視政策を始め、空港での指紋採取・写真撮影などがその後の国際的スタンダードになっていった。今回のコロナ対策でも、ほとんどすべての人々を潜在的「感染者」とみなして特定、追跡しようとするところがよく似ている。

9.11後の監視拡大が私たちに教えたのは、監視技術はそれ以前から準備されていたということだ。例えば指紋や顔認証といった生体認証技術は、通常では(少なくとも20年前は)人々の抵抗感が強いため、政府もビジネスサイドも導入できないまま、そのチャンスをうかがっていた。

 9.11で人々がショック状態に陥っている間に、アメリカ政府は「愛国者法」を成立させ、その拡大解釈によって、秘密裏に市民の携帯電話やメールを大量に監視してきたことを、エドワード・スノーデンは2013年に告発した。カナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインは著書『ショック・ドクトリン 惨事便乗型資本主義の正体を暴く』で、対テロ戦争がセキュリティ産業を急成長させ、デジタル監視を戦場だけでなく、日常にも押し広げてきたことを指摘している。

ビデオ回線で筆者(右下)のインタビューに答えるエドワード・スノーデン氏。日本の通信もアメリカの監視下にあることを語った=2016年5月、小笠原みどり撮影

そして今、コロナ「感染拡大防止」をうたい、携帯監視が登場した。個人を尾行するような技術はあまりにプライバシー侵害的でこれまで表に出しにくく、普段なら政府や企業が必死に否定する秘密の機能だ(スノーデンの告発を受けたグーグルやアップルが監視活動への協力を否定したように)。が、官民共同の監視プロジェクトは今や大義名分を得て表舞台に登場し、この機会に市民権を得ようとしている。

20年前と違うのは、IT企業、データ産業、アプリなどを開発するスタートアップ会社がビジネスとして巨大化していることだ。日本でも緊急事態宣言に経済界からの要望が強かったことを、思い出してほしい。政府は「感染対策」と言うけれど、その背景には強い商業的な動機があり、ウィルスへの恐怖をテコにした監視の強力な売り込みの嵐のただ中に、私たちが立たされていることは、知っておいた方がフェアだろう。クラインは今、こうした新たなショックと不安を商機にした「コロナウィルス資本主義」に警鐘を鳴らしている。

ビッグデータは個人情報

私たちは、パソコンや携帯電話を通じてデジタル・ネットワーク上に様々な「電子の足跡」を残している。メールやチャットはもちろん、インターネットの検索や閲覧、ビデオの視聴や通話、ゲームの利用など、デジタル通信機器を介する行為はすべて記録されている。携帯はどこからでも通信網に接続するために、自分の位置情報を発信している。これら膨大な個人情報がビッグデータと呼ばれている。

政府はこのビッグデータをコロナ対策に使おうとしているが、これは通信を扱っている企業の手を借りなければできない。大手IT企業にとって政府は取りっぱぐれのないお得意様なので、「やってる感」と「スピード感」を出したい政治家に技術を提供する。だが、これが本当の解決につながるかは、また別の話だ。対テロ戦争下で広がった監視が、世界をちっとも安全にしなかったように……。

官民が一体となってデジタル監視に着手することで、政府と民間に別々に保存されている個人情報をリンクしていく道も開ける。個人情報は現在、あらゆるマーケティングに利用されるので、このうまみは企業側にとって将来的に非常に大きい。企業が、政府が、私たちの個人情報を見て、どんなうまみがあるのか――については、連載の回を追って明らかにしていきたい。

しかし覚えておいてほしい。私たちが使う携帯電話やパソコンから産み出されるビッグデータは、れっきとした個人情報なのだ、と。自分のオンライン上の会話や行動をすべて実名で公開されてもいい、という人はあまりいないだろう。だからプライバシーや通信の秘密が多くの国で憲法上保障され、日本もそうした国々のひとつだ。本人の同意を得ずに政府が個人の通信にアクセスできるのは犯罪捜査のときだけで、警察は理由を明らかにして裁判所から捜査令状を取る必要がある。この盗聴捜査の手法がコロナ対策になし崩し的に使われ、不特定多数の人々を取り込んでいくことは、民主主義のルールが掘り崩され、だれもが犯罪者のように扱われていく、ということでもあるのだ。 

ベールを脱いだ携帯監視

この連載は、ビッグデータが何に使われ、社会をどう変えているのか、それが「私」にどう関係あるか、を解き明かしていく。その初回が図らずも、データ監視の一大転換期に直面してしまったのは筆者にとって試練だけれど、監視は普段の秘密のベールを脱ぎ捨てて、目に見えやすい瞬間を迎えている。なので、今後何回かはコロナ対策としての監視を追いかけ、不安と孤独から政府推奨アプリに頼りたくなっている読者に、冷静な判断のための材料を提供したい(私も現在、カナダの緊急事態宣言下で7週間を過ごし、不安、孤独、ストレス最高潮です。それについてはこちらをご覧ください)。

次回は、世界各地の驚くべき携帯監視実態を報告し、3回目は日本が採用する接触者追跡アプリをはじめ、携帯監視の問題点を掘り下げる。コロナ・パニックが去った後に、監視でがんじがらめの息苦しい世の中になっていたことに気づき、「こんなはずじゃなかった」と後悔しないために、ぜひ3回分は読んでほしい(その後もどうぞよろしく!)。

→第2回「あなたを見張る携帯アプリ? 感染防止の効果は疑問」はこちら