日本全土が新型コロナウイルスの対応に追われている中、いち早くウイルスの封じ込めをしている中国は空母艦隊を西太平洋に派遣するなど、海洋活動を活発化させている。さらに中国は米国がこれまで持てなかった中距離ミサイルの開発を着々と進め、日本は中国の見えないミサイルの脅威にさらされている。
この劣勢に、日米はどう対処するべきなのか。米国の保守系シンクタンク「ハドソン研究所」研究員の村野将氏に、今後の日本の対策を尋ねた。同研究所に新設された日本研究部の唯一の日本人研究員として、抑止戦略や日米の安全保障協力についての研究を担当している。村野氏が強調したのは、「日本における議論の不足」だった。(朝日新聞編集委員・峯村健司)

――中国軍は日本全土を射程に収める中距離ミサイルを2千発ほど持つと言われています。一方の米国は昨年8月まで、ロシアと締結していた「中距離核戦力(INF)全廃条約」によって射程500〜5500キロの地上配備型の中距離ミサイル保有を禁じられていたために保有していません。双方の格差は広がるばかりです。

実は日本のミサイル防衛は、北朝鮮対処のためのものだ。中国の大量のミサイルを完璧に防御することは物理的にも財政的にも不可能だ。中国が大量の通常弾頭ミサイルで日本を攻撃したとしても、米国はいきなり核反撃することはないだろう。しかも現段階では米国は即座に反撃できる通常弾頭の中距離ミサイルを持っておらず、双方には大きな差が開いている。日米は劣勢にあるということを自覚する必要がある。

こうした状況を打開するためには、日米は攻撃能力を導入し、飛んでくるミサイルの数を減らすことで、こちらの防御能力にかかる負荷を減らすという発想を取り入れる必要があるだろう。

――昨秋の中国の建国70周年の軍事パレードでは多くの最新鋭ミサイルが披露されました。私が2009年に北京特派員として取材した「史上最大級」と言われた60周年のパレードよりも、さらに規模が大きく、これまでに見たことのないミサイルが登場したことに驚きました。特にどの点に注目しましたか。

極超音速滑空ミサイル『DF17』だ。打ち上げられると軌道を変えながら高速で飛ぶため、飛行コースを予測することが難しい。特に接近して来るスピードが速く、探知してから対応するまでの時間が短くなるため、迎撃することが難しくなる。

――自衛隊や在日米軍にとっては厄介なミサイルになりますね。

通常の弾道ミサイルなら宇宙空間で迎撃でき、広い範囲をまとめて守ることができたが、滑空ミサイルは宇宙空間をほとんど飛ばずに、より低空で飛ぶため、守りたい対象のそばに迎撃システムを置かなければならない。

その分だけ迎撃システムの数が増えるために非常に費用がかかることになる。自衛隊や米軍にとっては脅威がさらに大きくなるのは間違いない。

中国建国70周年を記念するパレードに登場した極超音速弾道ミサイルDF17=2019年10月1日、北京、仙波理撮影

――中国軍は戦争が起きた場合、極超音速滑空ミサイルを具体的にどのように使おうとしているとお考えでしょうか。

台湾や尖閣の有事の際に中国は米軍の支援を阻止するため、自衛隊や在日米軍の空港や港を攻撃しようとしてくるだろう。

中国軍がすでに持っている弾道ミサイルや巡航ミサイルに加えて、極超音速兵器を併用することで、指揮統制システム、通信システム、滑走路、センサー、艦艇といった重要な軍事施設を瞬時に破壊することを狙っているとみている。日米両国がこれに対処するための解決策はないのが現状だ。

――2019年8月、エスパー米国防長官が地上配備型中距離ミサイルのアジアへの配備について前向きな見解を示しました。米国の軍事専門家の中では、中距離ミサイルを日本に配備するべきだという意見が出ています。

エスパー米国防長官=ランハム裕子撮影

その場合、中距離ミサイルによってどのような目標を達成したいかを日米双方で共有したうえで、どのように役割を分担して何を攻撃目標とするのか、といった作戦計画をしっかり議論することとセットでなければならない。

実は日米が地上配備型の中距離ミサイルを配備したとしても、中国の移動式ミサイルを攻撃するにはあまり適していない。いずれにしても最初のミサイル攻撃は防ぎきれないので、日米の戦闘機の何機かは地上にいるうちにやられてしまう。

一方の中国側もミサイル攻撃だけでは決着がつかないので、戦闘機や爆撃機を投入してくるはずだ。これを阻止するために日米が中国側の滑走路や格納庫、センサーなどを攻撃できる能力を持っていることが重要になる。

中国側の戦闘機や爆撃機の一部が飛び立てないようにすれば、南西方面の上空を守り続けるための余裕が生まれるし、有事の際に米軍の空母や戦闘機が日本から退いても中距離ミサイルが残っていれば抑止力となる。中国にも損害が出て目標を達成できないと思わせて最初の一発を撃たせないことが大切だ。

――合理的な戦術だとは思います。しかし、攻撃性が高い中距離ミサイルを持つことは、憲法9条や「専守防衛」と矛盾が出てきませんか。

専守防衛の解釈には柔軟性がある。実際、1956年、当時の鳩山一郎首相の答弁以来、「敵基地攻撃」は自衛の範囲に含まれると定義されてきた。都市部や人口密集地などを標的とするのではなく、相手の軍事力を標的とする行動であれば、現行憲法下でも一定の制約の下で認められているのだ。

「侵略戦争をしない」という理念は変えるべきではないが、技術発展などに伴う安全保障環境の変化が著しい中で、自衛隊に必要な装備や運用のあり方をあらかじめ一概に制限することは適切でなくなっている。『必要最小限の防衛力』という考え方もあいまいだ。最小でも最大でもなく、今の安全保障環境に照らし合わせて最適な態勢と予算を検討することが重要だ。

ハドソン研究所研究員の村野将氏=ランハム裕子撮影

日本では安全保障や防衛をめぐる議論が、憲法論争にすり替わってしまう傾向にある。だが、憲法学者や法律家は、安全保障環境の分析や防衛力整備の専門家ではない。

まず、日本が直面する安全保障環境の厳しさを正確に理解した上で、それを改善するためにどのような戦略や装備体系が必要かを考えるのが先だ。憲法9条については、改憲派・護憲派のどちらも制度論や法律論を中心に議論しており、それが中国や北朝鮮の行動を抑止するのにどう作用するかという議論とはほとんど関係がない。

――米国が日本に中距離ミサイル配備を進めれば、中国の攻撃対象となり、米国の戦争に巻き込まれるという不安の声が出てきそうです。

米国がミサイルを配備したいと言っているから、日本は受け入れるという議論ではよくない。防衛上必要だという共通認識を日米双方が持った上で、米国が持つのか日本が持つのかといった役割・任務・能力の分担について全体的な議論をすべきだろう。自ら能力を持つということはそれだけ責任を負うということだ。

中距離ミサイルをめぐる議論は、日本が責任を負い、米国の作戦立案により大きな発言力を持てるようにすることで、「米国の戦争に巻き込まれる」という不安を小さくしていく機会にもなりうるだろう。

――米国製の最新鋭ステルス戦闘機F35の購入を巡っても同じような議論がありましたね。

当時、「トランプ大統領の言いなりになって、安倍政権が高額の戦闘機F35を爆買いしている」という批判が日本国内で少なくなかった。しかし「買いすぎだ」と言うのなら、「何が何機あれば十分か」という問いに答えられなければならない。そうした建設的な批判ができる人は、国会にもメディアにもいない。

どのような脅威に対して、多すぎるのか、少なすぎるのかという評価基準を明らかにしなければ、必要な質と量の議論はできない。

たとえば「2030年に中国が何機の戦闘機を保有した場合、東シナ海周辺で航空優勢を維持するための能力が足りなくなる」という具体的な前提が一致していれば、限りある予算のうち、どれぐらいを戦闘機に割り当てるのか。もし戦闘機を減らすのならば、その浮いた経費を他のどのような能力につぎ込めば効率的に劣勢を補えるか、という具体的な議論ができるようになる。

――日本ではどうしてそのような政策議論ができないのでしょうか。

先の安全保障政策と憲法をめぐる議論にも通じるが、日本ではそもそも前提となる客観的な情報分析を軽視して、いきなり政策提言から始める人が多いことに原因がある。

正しい情勢判断は、その分野で必要な訓練を受けたプロにしかできない仕事であり、誰にでもできるわけではない。そうしたプロが客観的な情勢判断をすれば、分析結果はそれほど伸び縮みのあるものではなく、ある程度まとまった答えが出る。

それを前提として、複数の解決策を考えるというのであれば政策論争になるのだが、そもそも前提が間違っている中で、前提を無視して好きな政策を考え始めるのが問題だと思う。

米国では政府の機密情報にアクセスできる資格(セキュリティー・クリアランス)を持ったシンクタンクの専門家チームなどに調査研究を委託して、政府外部から客観的な情報分析とセカンド・オピニオンが得られるようになっている。政府内で分析に割く人的・知的リソースに限界があるのであれば、そうしたところにシンクタンクの活用価値が出てくると考えている。