危険を冒してまで現場取材にこだわる世界の報道写真記者。電話やメールでも取材ができる記者と異なり、現場にいなければ絶対に撮れない写真だからこその苦労がある。世界中に届けられる報道写真には、フォトジャーナリストたちの強いこだわりと信念が込められている。(本間沙織、山本大輔、文中敬称略)

「人々にとって重要だと思う出来事を伝えたい。取材が難しければ難しいほど、伝える意義も強まる」

昨年の世界報道写真(WPP)コンテストで大賞を受賞したゲッティイメージズ特別特派員の米国人、ジョン・ムーア(52)は、これまで67カ国の取材現場に赴いた。紛争、飢餓、貧困。「いい写真は人々の関心を集める。その結果、記事も多くの人に読んでもらえる」と、現状をそのまま刻み込む写真の視覚的な影響力を重視する。

時に世論を動かす力にもなることを、ムーアはよく知っている。国境で泣き叫ぶ少女を写した昨年の大賞写真は、越境入国者の親と子を別々に隔離したトランプ米政権の「ゼロトレランス」(不寛容)政策を、変更に追い込んだ国内世論に火をつけた。

2019年の世界報道写真コンテストで大賞を受賞した米ゲッティイメージズの特別特派員ジョン・ムーアの写真。国境で泣き叫ぶ少女を写したもので、越境しようとする移民の親子を別々に隔離したトランプ政権の方針を変えさせる世論を巻き起こした ©John Moore/Getty Images

写真は一枚の勝負。最も象徴的な「瞬間」を捉えられるかがすべてで、危険を伴う最前線での辛抱強い取材が欠かせない。だからこそ、自身の安全を守る細心の危機管理ができるかが生命線となる。

ムーアは今年3月以降、米国最多の新型コロナウイルス感染者が出たニューヨーク州で、感染が疑われても病院にも行けず自宅待機している未登録の移民家族などを写真でルポしている。

「2014年にリベリアでエボラ出血熱を取材した経験が、米国でも重要になる日が来るとは思いもしなかった」

2019年6月に来日した折、GLOBE編集部のインタビューに答えるジョン・ムーア

防護服に全身を包み、顔には医療用防護マスク、手には医療用ゴム手袋を二重につけ、靴もカバーで覆い取材にあたる。エボラ出血熱の取材で使い方を学んだ防護服を、売り切れ状態となる前にいち早く買い集めた。のちに職場に求められ、同僚にも配ることになるほど、誰よりも早い判断だった。

基本的には取材ごとの使いきりだ。取材後に脱ぐときも場所や脱ぎ方に細心の注意を払い、すぐにシャワーを浴びる。カメラや携帯電話は頻繁に消毒し、取材中は自分のカメラ以外は何も触らない。学校の休校で自宅から出られない子どもたちの相手を任せっきりにしている妻には申し訳ないと思っているが、注目されにくい郊外の小さな街の住民や移民家族らの苦しみを伝えることにこだわっている。

そうはいっても、相手は「見えない敵」と言われるウイルスだ。不安はないか聞いてみたら、回答が前向きで恐れ入った。

「現時点で健康状態に問題はないが、取材は長期戦となるため、最大の注意を払っていく。自国でのまさかの感染症拡大で、個人でも社会でも人々が生活のあり方を見つめ直す機会となった」

■見えない不安を抱えながら

危険地取材のプロであっても、感染症取材との違いを懸念する声はある。イエメン内戦に苦しむ人々の写真を現場で撮影し、昨年のピュリツァー賞を受賞したイタリア人、ロレンツォ・トゥニョリ(40)は、紛争地取材のエキスパートだ。フリーランスだが、イエメン取材も含め、米ワシントン・ポスト紙との仕事を多く手掛ける。ところが、「感染症現場を取材するのは今回が初めて。紛争地ではどこから弾が飛んでくるのか感覚的に分かるようになったが、感染症は防護服を着ていても防げるか分からず不安だ」と話す。

内戦状態にあって、メディアでも入国が難しいイエメンで撮影した一連の写真で昨年のピュリツァー賞を受賞したロレンツォ・トゥニョリ。写真はそのうちの1枚。最前線で監視任務にあたる武装民兵 ©Lorenzo Tugnoli/Contrasto for The Washington Post

内戦状態にあって、メディアでも入国が難しいイエメンで撮影した一連の写真で昨年のピュリツァー賞を受賞したロレンツォ・トゥニョリ。写真はそのうちの1枚。医療体制に限りがある施設で、心臓疾患の治療を受ける少女。撮影した数日後に死亡した ©Lorenzo Tugnoli/Contrasto for The Washington Post

取材拠点としているレバノンで婚約者と一緒に暮らしている。感染症対策でレバノンでも出入国が困難となり、医療崩壊した母国イタリアの惨状に心を痛める日々が続いた。同国北部にある故郷ボローニャにいる親や友人に感染者が出ていないことだけが安心材料だ。

これからレバノン国内で新型コロナウイルスの取材にあたるというが、その結果、一緒に暮らす婚約者を感染させてしまうことにならないか不安がある。「戦場では自分の命を守ることを考えていればいいが、コロナは一緒に暮らす人まで危険にさらす可能性がある」と心配していた。

ロレンツォ・トゥニョリ(本人提供)

それでも報道する意義を強く感じている。「不安は尽きないが、ネットでデマや間違った情報が簡単に出回る時代だからこそ、現場取材で正確な情報を発信できる世界の従来型メディアが役割を果たす時だとも思っている」。ライフワークとしている紛争地と同様、困難に苦しむ人がいる限り、感染の危険を認識しながらも、現場取材はやめられないと強調した。それ以上に、何が起きているのか知りたいという強い好奇心が自分自身をじっとさせてくれないのだという。

■ひとけが消えたローマの街で

トゥニョリの母国イタリアの首都ローマでは、米国人でドキュメンタリー写真家のナディア・シラ・コーヘン(42)が、急速に広がった新型コロナウイルスの状況を追いかけてきた。昨年のWPPコンテストでは、メキシコの養蜂家らを取り巻く問題や生活風景を撮影した一連の写真が、「環境部門」で2位に輝いた。ドキュメンタリーの柱である密着取材を得意とするコーヘンは今、08年から暮らすローマで起きている、これまでに見たことのない光景の変化を目の当たりにしている。

2019年の世界報道写真コンテスト「環境」の部で入賞したナディア・シラ・コーヘンの写真。メキシコの南東部カンペチェ州で大規模な大豆栽培が行われ、古代から続く養蜂業が脅かされている現状をおさめた ©Nadia Shira Cohen

いつもは観光客でいっぱいの街から聞こえてくるのは、路面電車の車輪が線路をこする音、そして、救急車のサイレンが鳴り響く音だけだ。

コンテ首相は1月、新型コロナウイルス感染者の爆発的増加を受け、「国家非常事態宣言」を発令した。外出は制限され、違反者が罰金の対象となったことを受け、街から人が消えた。

「永遠の都は深い沈黙の中にある。空っぽのローマをみて、いかに深刻な状況に陥っているか感じてほしい」。コーヘンはそう話す。

ナディア・シラ・コーヘン(本人提供)

撮影するときはマスクを着用し、消毒液を欠かさず持ち歩く。取材には自家用車を使うが、撮影と撮影の間には手だけでなく、車内も消毒している。人との接触をなるべく避け、撮影も極力短時間で済ませる。普段より望遠レンズを多用して、人との距離を維持している。新型コロナウイルスに感染して救急車で病院に搬送される患者たちを撮影したときは、約20メートル離れた場所からだった。

ひとけのない古代ローマ帝国の円形闘技場「コロッセオ」や休業中のカフェ、自宅のバルコニーでバイオリンを弾く少女……。「人々はバルコニーで生活を送り、家のない人は支援を求めて街をさまよっている」とコーヘン。空虚感が漂う中でも、バルコニーから住民たちが顔を出して歌ったり、国旗を掲げたりする姿を目撃した。高齢者に食料を届ける若者もいた。

「ここまで生活を制限し、誰もが気をつけているようでも感染症は蔓延する。どうか家で過ごして、というメッセージも込めて写真を撮り続けたい」

感染の危険と向かい合いながらも現場に赴いてカメラを構え続けるコーヘンの写真に託した思いだ。