ヒト、モノ、カネが国境を越えて移動するグローバル社会。その深化の歩みが今、止まっています。コロナ危機による「鎖国」を経て、世界はどこに向かうか。近現代の政治外交・経済史に詳しい秋田茂・大阪大学教授に聞きました。

――新型コロナウイルスが現代の「鎖国」を引き起こしています。世界史のなかでは、どう位置づけられますか。

今のように頻繁に人が国境を越えて動けるようになったのは、1980年代から。石油危機を経て経済のグローバル化が急速に進み、冷戦崩壊や航空網の発達もそれを後押ししました。

ただ歴史を見ると、その前にもかなり自由に人が動いていた時代がありました。19世紀のいわゆる「帝国の時代」です。代表格の大英帝国は、帝国の内部で人が自由に動けることをプラスの意義として掲げていました。それが第2次世界大戦を経て、多くの植民地で「脱植民地化」「政治的独立」の時代を迎えます。アジア、アフリカ諸国が相次いで独立し、移動は国家がパスポートで管理するという「国境の壁が高い」時代になったのです。

グローバル化によってその壁が低くなってきたのが、ここ30年、40年の話です。誰でも自由に動ける時代に向かっていたところに、今ブレーキがかかっていますが、この流れは止まらないと思います。庶民でも若者でも簡単に国境を越えてどこにでも行けるという、人類史上例がないレベルにグローバル化が到達しているからです。

――19世紀に人の移動が多かったとは意外です。どんな人が動いたのですか。

19世紀は「移民の世紀」と言われています。主に19世紀後半、欧州の白人が南北アメリカ大陸、オーストラリア、ニュージーランドに大量に移住しましたが、アジアでも中国系(華僑)、インド系(印僑)の大勢の人たちが移動しています。1840年ごろから1940年ごろまでの約100年で、新大陸に移民した欧州の白人は約5000万人。それに匹敵するぐらいの中国系、インド系の人たちがアジア域内だけでなく、遠くはカリブ海や南アフリカに契約移民労働者や商人として渡りました。

その移動を支えたのが、蒸気船や鉄道の発達です。さらに移民受け入れの枠組みとして、最も大きい大英帝国を中心にいくつもの植民地帝国が併存し、それを自由に越えていけるような緩やかな世界になっていました。

――「国境の壁」が高かった時代、移動を制限して問題はなかったのですか。

新たに独立した国は、自国の経済発展に力を入れていました。国民としてのまとまりを作っていく時代でもあります。そういう時代ではむしろ、国境を越える人の移動を規制し、内部でコントロールを高めながら、国民意識の形成と経済的な豊かさを追求していくのが、ふさわしかったのだと思います。

――しかし、今はグローバル化が進んだ時代です。それが反転すると、どんな悪影響が考えられますか。

生活スタイルを変えざるを得なくなるかもしれません。大量消費社会の基盤が揺らいでくるからです。

今の生産体制やサプライ・チェーン(部品供給網)は国境を越えた経済を前提にしています。スマホ一つをとっても、部品を台湾でつくって中国やベトナムなどで組み立てるわけですが、ソフトは主にアメリカのシリコンバレーで考案されています。これすべてを日本国内に切り替えるとなると、べらぼうに値段が高くなります。そうなれば、最先端のものを安く使う生活は維持できなくなります。

アップルのiPhoneの主要製造委託先である台湾・鴻海精密工業グループの工場前。工員たちが携帯電話を片手に工場から出てきていた=2019年3月9日、河南省鄭州市、竹花徹朗撮影

日本で言えば1970年代以前の、経済的な相互依存があまり進んでいなかった時代に戻ることになりますが、今の若い世代は外とつながっていない世界は想定できないでしょう。

格差も広がることになります。日本では長期のデフレ状況になっていますが、ここで物価が2〜3割も上がったら、ものが高くて買えないという状況が生じかねません。さらに経済がしぼんで給料も上がらない。収入が少ない人ほど打撃は大きくなるでしょう。

――日本以外にもあてはまりますか。

米国はその典型です。庶民の生活は、中国のほか、メキシコを始めとする中南米などから入ってくる安価な消費物資や食料品に支えられています。こうしたものが入ってこなくなれば、格差社会の米国では、生活の維持自体が厳しくなる人も多いはずです。

集団で米国を目指す「キャラバン」の移民。道中、大型トレーラーと交渉が成立。助け合って乗り込んだ=2019年2月、メキシコ中部アバソロ、村山祐介撮影

――新型コロナの流行を受けて、社会はどのように変わると考えていますか。

現実的には、ここまで進んだグローバル化が今回の事態で急速にしぼんでしまうというのは、考えにくいと思います。今まで説明したように、後戻りできないぐらい経済の相互依存が進んでいます。

変わるとすれば、中国を中心とする物流を含めた生産ネットワークの補正でしょう。中国一極集中の弊害は、鉱物資源のレアアースについてもたびたび語られてきました。中国一国が突出した依存関係から、インドを含めた他のアジア諸国などに二つか三つ、オルタナティブ(代替)を持ちながら、マネジメントするような、多角的な依存関係に変わっていくと思います。

秋田茂・大阪大教授

――グローバル化の制約は、政治や外交にも影響を与えますか。

ウイルスを抑えこむために国際協力を進めてほしいところですが、今回の事態を機に中国への批判を強める米トランプ政権を見ていると、従来の対立構造が強調される側面もあるのではないかと思います。

またEUのような地域統合にある脆弱性が、表面化したのではないかとも思います。EUは国境を越えた相互協力を強調していますが、今回のような緊急事態ではナショナル(国家的)な対応に戻ってしまいました。どこも自分の国を守るのが精いっぱいで、本来、シェンゲン協定で移動の自由があるはずなのに、国境を閉じる動きが進みました。地域統合は、国民国家に代わる理想的な姿のように語られてきましたが、国民国家の価値が見直される機会になるかもしれません。

経済的な事情からも、一国中心主義的な発想が強まるのは間違いないと思います。右派的なポピュリストを勢いづかせることもあるでしょう。

――市民同士の交流が減ることも考えられます。国際関係にどんな影響がありますか。

心配なのは、外国の人の生活を理解した上で共存していくあり方を考える、多文化共生の心持ちが反転する可能性があることです。自分の国のことだけを考えて他国への関心が薄れると、異なる多様な文化に共感を持てないというメンタリティーが定着しかねません。

――オンラインの交流はできますが、それだけではダメですか。

確かに、人の移動が止まってもさまざまなツールを使って情報を交換することはできます。そのなかで市民同士、大学同士、企業同士といったネットワークは強化、拡充される側面もあると思います。

ただ、フェイス・トゥ・フェイスの対面交流のほうが、互いの本音を伝えて心底から理解し合える効果は大きいのではないでしょうか。今のように人の移動が止まった状態が長期化するなら、オンラインだけだと限界があると思います。両方をうまく使い分けることが大事です。

あきた・しげる 1958年生まれ。大阪外国語大学助教授、ロンドン大学政治経済学院客員教授などを経て現職。専門はイギリス帝国史、グローバルヒストリー。近著に『グローバル化の世界史』。