『Unsere Welt neu denken(私たちの世界を新たに考える)』の著者マーヤ・ゲーペルは政治経済学者で、ドイツ政府に地球環境について助言する専門家グループの幹事を務め、同時に大学で講義もする。本書のなかで彼女は、技術至上主義と結びついた経済観が、地球環境に過剰な負担を強いてきたことを示す。

資源の再生産と廃棄物の再利用を考慮した地球環境の収容能力を面積に換算すると、1970年代半ばから地球環境は「住民」の負担を支えられず、本当なら地球の方が大きくなるしかない状態だという。

半世紀も前から繰り返される「成長の限界」への警告が無視されるのは、著者によると、私たちの経済の見方と関係がある。

この点を理解するために、著者は欧州で17世紀に始まった自然観の変化を指摘する。自然は、色々な機能をもつ要素の組み合わせと見なされるようになり、人間の都合で部品を省いたり、交換したり、組み合わせを変えたりして改造される機械と同じになった。

こうして森も、人間にとって不必要なものが省かれて単一品種の木ばかりが植えられる「モノカルチャー植林地」に改造された。昆虫も、その効用が不明だと省略。鶏も、最終的にできあがるものをお肉か卵に決めることが強制される。米大手スーパーのウォルマートは近年、ミツバチがいなくなると憂えて人工授粉用ドローンを開発した。

人間のこれらの介入は、自然に対する無知に由来するという。ミツバチの例でいえば、受粉はミツバチが花を訪れて蜜を確保するときに生じる。動力を必要としないし、循環する自然界で「ゴミ」は発生しない。反対に、授粉用ドローンは、開発設計し、資材を費やして組み立て、飛んで受粉が実現するまで、どの段階でもエネルギーが必要で、ゴミが発生する。著者は、読者に厄介なドローンでなく、ミツバチの生存空間の保護を勧める。

面白いのは、新型コロナウイルスについて何も書かれていないのに、多くの読者が何か感じて本書を購入している点だ。今や、少し強い風が吹いただけで倒れるモノカルチャーの早生樹に自分がなった気がしている人が多いのかもしれない。

100年前のスペイン風邪から得る教訓

英国人科学ジャーナリストのローラ・スピニーが著した『1918 - Die Welt im Fieber (1918年―世界中が熱を出す)』は、1918年から20年まで世界中で大流行したスペイン風邪がテーマだ。2年前に出版された本書がベストセラーになったのは、新型コロナウイルスの世界的流行に直面して、昔のインフルエンザに関心を抱く人が増えたからである。

スペイン風邪であるが、第1次世界大戦中の中立国だったスペインがこの病気を自由に報道し、世界に伝わってこの名称になっただけで、スペインで発生した病気ではない。当時は原因不明だったが、かなり後でウイルスの仕業であったことが分かる。

スペイン風邪は、その猛烈な感染力が強調される。著者は、感染の拡大が山火事に似て、「燃えるものがなくなるまで広がった」と書く。5億人が感染したといわれ、これは当時の世界人口18億人の28%に相当する。18年3月4日から20年3月までに5000万から1億人が死亡したという。今から見れば信じられない数の犠牲者が出たのは、当時、衛生状態も食糧事情も医療環境も劣悪であったからである。第1次大戦の末期と終戦直後という混乱も手伝った。第1次大戦は1700万人の死者をもたらしたので、この感染症犠牲者の方が多かったことになり、著者によると、スペイン風邪こそ、中世のペストに匹敵する破壊的疫病だったことになる。

新型コロナウイルスとスペイン風邪の違いは、犠牲者の年齢層にある。新型コロナは高齢者に危険だといわれる。スペイン風邪の方は、著者がいろいろな国の例を挙げて示すように、妊婦を含めて20歳から40歳の若年成人が死んだ。本書には、孤児ばかりになった痛ましい村落が出てくる。一方で、スペイン風邪が猛威をふるってもあまり犠牲者がいなかった所もあった。

著者はスペイン風邪について「足音を立てずに背後から近寄って来る」とか「夜中の泥棒のようだ」と表現する。症状がない人からも感染するからで、新型コロナと似ているかもしれない。

スペイン風邪は、18年春から夏までの第1波、秋からの第2波、翌年春からの第3波といった具合に3度にわたる波状攻撃で猛威をふるった。欧州諸国は今年の春に新型コロナ第1波を迎えて、ロックダウン(都市封鎖)やシャットダウンなど、社会全体を隔離し感染のピークを過ぎたと見なし、今や制限緩和に転じた。でも秋に第2波が来る心配がささやかれるのは、スペイン風邪の例が頭にあるからと思われる。

スペイン風邪は、多数の人が速やかに感染して抗体を持つようになり、事態が長引かず収束したといわれる。こう考えると、新型コロナ感染者が増えないのは解決から遠ざかることになる。だから、新型コロナが広がり始めた当初、感染を蔓延(まんえん)させて集団免疫を獲得させようと考える国もあった。だが、感染者が増え過ぎると医療崩壊につながるので、戦略的な判断が重要になる。

急ぎ開発したワクチンの接種で人々に抗体を持たせることもできるが、ドイツではにわか仕立てのものに対する不信感は強く、開発を待たずに接種の強制に反対運動が起こっている。ドイツには、アジア諸国の例を模範にして住民の大多数を検査し、陽性の人をGPSやスマホで監視したり隔離したりすることを提唱する人々もいる。彼らによれば、感染者に近づく人に対する警告や感染経路の把握も容易になるという。でも陰性の人もいつ何時、感染するか分からない以上、四六時中検査しなければいけないので、これはウイルス相手のいたちごっこになる。このような発想の根底には、感染者を犯罪者扱いし、一網打尽に事態を終息させたいという考え方があるのではないのか。

スペイン風邪の事例を多数知る著者のスピニーは、本書の中で、国家が強制するのでなく、人々の自由意思で疫病に対抗することを勧めている。

言葉のあり方を探し続けて

1960年代に西ドイツに出稼ぎに来たトルコ人の中には、そのままドイツに残った人が少なくない。『Sprache und Sein(言語と存在)』の著者キュブラ・ギュミュシャイはそのようなトルコ人家族の3代目で、ハンブルクと英ロンドンの大学で政治学を学んだ。彼女はジャーナリストになり、新聞にコラムを書くが、主な活動の舞台はネット上で、彼女のブログの人気は高い。そのテーマは移民、イスラム、ジェンダー、人種差別と多岐にわたる。

著者はイスラム教徒で信仰心が深く、ヒジャブ(イスラム教徒の女性がかぶる布)で頭髪を覆っている。彼女は2001年の米同時多発テロの時、13歳だった。事件の2、3日後に地下鉄に乗っていると、乗客の一人からヒジャブをつけていることを問いただされた。周囲の乗客は彼女をいっせいに見る。

このとき初めて、著者はドイツ社会では、自分がムスリムであることを正当化しなければいけないことを知ったという。これ以来、彼女は、差別とは自分が自分であることを、どこにいようとなぜその場にいるのかを周囲に釈明しなければいけないことだと理解した。また、人々の意識の中で、自分とあの米国でのテロ行為が目に見えない糸でつながっているのが感じられた。

当時、著者は、子供心にがんばって説明すれば分かってもらえると思ったそうだ。大人になってからも、テレビ討論会をはじめ機会があるたびに理解してもらおうと努めた。でも議論は演出されたもので、イスラム教について新しい知識を得ることなど聴衆は誰も期待していないと気づいたという。それは言論活動が彼女への「レッテル貼り」になり、人々から、事情次第で自分の見解を変える柔軟性が失われてしまったからである。

著者は13歳の自分が直面したのはコミュニケーションの体裁をとった権力関係であったと思う。こうして彼女は、権力を媒介にしない言語の在り方をさがす。

本書のなかで、彼女は翻訳不可能な単語を様々な言語からいくつか挙げる。日本語からは「komorebi(木漏れ日)」を選んだ。その意味を彼女が本書で説明すると、誰もがこの言葉が表現する体験を理解できる。

「言語と存在」という題名は難解な印象をあたえる。これは哲学の国で生きるトルコ人の著者の冗談めいた「はったり」である。私には読みやすいし、ドイツ社会でのイスラム教徒の立場を少しは理解できた気がした。

 

ドイツのベストセラー(ノンフィクション部門)

5月9日付Der Spiegel誌より

『 』内の書名は邦題(出版社)

 

1 Unsere Welt neu denken

Maja Göpel マーヤ・ゲーペル                                

地球以外に住む場所がないことを分かってもらうために。

2 Jan Fedder-Unsterblich

Tim Pröse ティム・プレーゼ                                                                        

昨年末に亡くなったハンブルク出身の俳優ヤン・フェダーの伝記。

3 Imperium USA

Daniele Ganser ダニエレ・ガンザー

スイスの平和研究家が米国の外交と軍事介入を批判する。

4 Seid ihr noch ganz bei Trost!

Peter Hahne ペーター・ハーネ

保守的なテレビ司会者が今の時代について抱く憤慨をぶちまける。

5 Der Ernährungskompass

Bas Kast  バス・カスト

健康な食事を求めた科学ジャーナリストがその研究成果を発表。

6 Das Buch, von dem du dir wünschst, deine Eltern hätten es gelesen

Philippa Perry フィリッパ・ぺリー

最初の人間関係として重要な親子関係の心理療法。   

7 1918 - Die Welt im Fieber

Laura Spinney ローラ・スピニー

20世紀のパンデミック、スペイン風邪の歴史的記述。

8 Becoming

『マイ・ストーリー』(集英社)

Michelle Obama ミシェル・オバマ

オバマ元米大統領夫人による回想録。

9 Sprache und Sein

Kübra Gümüşay キュブラ・ギュミュシャイ

レッテル貼りに終わらない言語を求めて。

10   Kurze Antworten auf große Fragen

Stephen Hawking スティーブン・ホーキング                       

著名物理学者が神の存在をはじめ10の難問に手際よく回答。