新型コロナ 世界からの証言⑧ ベトナムから

新型コロナウイルスは昨年暮れに中国で感染者が初めて確認されて以来、瞬く間に世界に広がった。地域、世代、職業を問わず、世界中でだれもが日々の暮らしに様々な制約や変化を強いられた。人々はどんな変化に直面し、どんな思いを抱き、未来にどんな展望を描いているのか。グローブ編集部の記者が聞いた、統計数字からは見えてこない市井の人々のリアルな声をシリーズでお届けする。
8回目の今回は、ベトナム・ハノイ在住の朝日新聞ハノイ支局助手、ライ・ティ・タイン・ビンさん(47)が、2人の息子たちのオンライン学習を間近で目にして感じたことなどを語った。(構成・鈴木暁子)

ベトナムの感染者数と対策

1月下旬から中国との国境ゲートを封鎖し、濃厚接触者らの隔離を実施するなど水際対策に取り組んだ。2月初旬に学校の休校を決め、4月1〜22日には罰則をもうけて外出や商業活動を制限する「社会隔離」を実施。一方で、失職者らには政府の財政支援のほか、米を無料配給する「ライスATM」など民間の助け合いも広がった。6月6日時点の感染者数は329人、死者はゼロ(米ジョンズ・ホプキンス大の集計から)。

新型コロナの中、世界の人々はどう生き、何を考えたのか。世界各地からの証言です。

<ブラジルから>「保障も支援も理解もない」コロナ感染者急増のブラジルから、最前線の医師の訴え

<米国から>「感染したかも」病院で受けたコロナの検査、相手は防護服 残った複雑な思い

<フランスから>オンラインでは想像力も制約される 新型コロナで実感、何げない対話の価値

<イタリアから>コロナと子供 爆発的な感染拡大のイタリアで、母として保育士として感じたこと

<中国から>SARSの体験があったから自由の制限を我慢できた ある北京市民の実感

<台湾から>「不便」と言えば改善される コロナ対策で世界が注目、台湾は自信を取り戻した

<フィリピンから>検問でID、罰則に腕立て伏せも…地区ごとに細かなルール、フィリピンの感染対策

<ベトナムから>外出制限の暮らしの中で、大人も子供も身につけた知恵がある

<ザンビアから>オンライン教育と言われてもネットがない コロナに見舞われた途上国の苦しみ

<フランスから>働きながら子供2人のオンライン授業を支える母の苦労 でもいいこともあった

 

――新型コロナウイルスの世界的な流行によって、あなたの身の回りの生活はどう変わりましたか。

世界的な死者数の増加や景気後退と失業といった話題に接していると、なかなか明るい気持ちにはなれません。

ただ、人生は必ずしも思うように進まないということを教えられた気がします。また、人々が忘れがちだったこと、例えば家族、子ども、健康がいかに大切かということに気づかされました。

朝日新聞ハノイ支局助手のライ・ティ・タイン・ビンさん

新型コロナの流行後、家族と過ごす時間が増えました。以前はほとんど顔を合わせる時間がありませんでした。子どもの顔を見るのは毎朝わずかな時間で、それぞれ仕事と勉強でくたくたになっている午後8時から9時ごろに、やっとまた顔を合わせるという状態。週末以外は家族で晩ご飯を食べることはできませんでした。食事は家族の絆を深めるとわかってはいても、平日に食事をともにすることは難しかった。

わが家の場合、新型コロナで社会的距離をとる必要が出たことで、家族をより身近に感じられるようになりました。一緒にいる時間を大切にしようと思いながら、好物の料理を一緒に作ったり、映画やテレビのニュースを見たり、勉強や仕事をお互いに助け合ったりしています。夫は私の仕事に必要なインターネットの使い方を教えてくれましたし、私も子どもの勉強に付き合うことができ、子どもは家事を分担してくれました。家族の絆がより強まり、以前よりもより深く理解できるようになったと感じます。

日常がゆっくり進むほど、これまで目にとめることもなかったささやかなことにも感謝できるようになる。新型コロナで愛する人との距離が縮まりました。ロックダウンによって、多くのことを控えざるを得なくなったはずなのですが、これまでに気づかなかったことに感謝することを教えられました。

がらんどうになったハノイ旧市街の一角=3月28日午前

がらんどうになる前の、ハノイ旧市街の同じ一角=1月10日夜

■変わった健康や貯蓄への意識

――パンデミックが終わったとき、私たちの生活はどのように変化すると思いますか。

人々の健康に対する意識が変わると思います。最も価値があるのは心身の健康だということに多くの人が気づいた。人生がいかに壊れやすいかということを目の当たりにして、幸せで健康的な生活を維持するために日常の食生活をどう改善し、免疫力をいかに高めるかということへの関心が高まると思います。

お金に対する意識も多少変化しました。貯蓄がいかに重要か、将来にわたる長期的なライフプランを立てることがいかに必要か、多くの人にとって今回の事態が教訓になりました。

情報技術で多くのことが可能になってきましたが、多くの人はそれに気づかずにいました。それが突然、「在宅勤務」「在宅学習」「在宅での買い物」といった形で、生活や仕事の場で使うことがもはや珍しくなくなりました。これは、社会経済のあらゆる側面における大きな変化です。パンデミックで私たちの世界は劇的に変化しました。変化に次ぐ変化ですが、こんな時こそ、人生の本当に価値あるものを理解し、今あるすべてのものに感謝すべきだと思います。

■新しいスキル、やればできる

――感染症の広がりはライフスタイルや日常業務にどう影響していますか?

特に大きな影響はありません。在宅で仕事をすることで、交通渋滞が減って空気の質も改善されました。私自身も時間を節約することができていると思います。政府から社会的距離をとるよう命じられて以来、出張の予定は延期になりましたが、ハノイでできる仕事に柔軟に切り替えました。

新しいことを知るのはとても面白いです。最近、「teams」や「Zoom」などの遠隔会議アプリを初めて試しました。こうしたツールを使うことは、私も含め多くの人にとって新たな経験で、情報技術のメリットを実感しました。新しい技術はとても習得できないと信じ込んでいた中年世代にとっては、特に新しい体験でした。他に選択肢がないならスキルを学ばなければならないし、やってみればできるものだと実感する機会になったわけです。

民間のアイデアで、首都ハノイの商業施設にできた「0ドンハッピースーパーマーケット」に並ぶ人たち。店内にはコメや卵、調味料などの食料品や洋服、マスクが並ぶ。仕事を失ったり、世帯の収入が減ったりしたことを申告すれば、10万ドン分を無料で持ち帰ることができる

――世界中で経済活動が一時停滞し、多くの人々が自宅にいることで、環境に良い影響を与えていると思いますか?

思います。交通渋滞が減少したことで、ハノイの大気は大幅に改善しました。「AirVisual」という大気汚染の指数を公表するアプリのランキングでは、ハノイは2カ月前のように「世界で最も汚染された都市」ではなくなっています。

――環境問題よりも経済成長を優先すべきだと思いますか?

環境問題よりも経済成長を優先すべきではないと思いますが、ベトナムは依然として地域の他の国々に後れをとっています。一番重要なことは、持続可能な経済開発と環境保護のバランスをどのようにとるかで、考えなければならない非常に難しい問題です。

これまでの30年間、ベトナムの急速な経済成長で生活水準と貧困状態は改善され、飢餓人口は大幅に減りました。一方で環境にも多くの悪影響を残しました。手遅れになる前に、今こそ、経済成長の恩恵と、環境の健全性のありかたを再評価すべきです。最近、ベトナムのいくつかの省では、環境をひどく汚染するかもしれない大規模なプロジェクトを拒否する動きがあります。経済成長と引き換えに環境を悪化させることについて、思いとどまる動きが出ているのです。

■使ったマスク、路上に捨てたら罰則

政府の新型コロナウイルス対策への支持を表明するため、あるマンションでは住民が窓にベトナム国旗を掲げた

――外出は国または自治体によって公式に禁止されていますか?

ベトナム政府は4月1日から22日まで、社会的距離をとるための全国的なキャンペーンを実施しました。食料品や医薬品の買い物、救急医療サービス、休業していない事業所での出勤など、必要に迫られない限り、人々は家にいるように命じられました。外出時には人と人との間に少なくとも2メートルの間隔を保つよう要請され、公共の場所での2人以上の会議や集会は禁止されています。

政府は、こうした社会的距離のガイドラインを無視した人々に対する罰則を設けました。マスクをせずに公共エリアを移動する▽使用済みのマスクを不適切に処分するまたは路上に落とす▽新型コロナウイルス感染の症状があることを自分や他の人に報告しない▽検疫義務を無視する▽感染症の万延する地域から戻った後の検疫・治療の規則に従わない▽大規模な集会を禁止する規制を無視する▽業務の一時停止命令に従わない飲食店

――こうした政府から求められている措置は厳守されていますか?

後悔するよりも、安全なほうを選ぶ。安全が第一です。私は政府の社会的距離の規則に厳密に従っています。自宅で仕事をし、外で友人や家族と予定していた計画や会議もキャンセルしました。週末、いつものように子どもを連れて両親を訪ねることはできませんが、頻繁に電話やビデオ通話で連絡を取り合っています。私がスーパーに買い物に行くのは数週間に1度という状況でした。

■子供たちが編み出した、オンライン授業での知恵

――学校は閉鎖されましたか?いつからどのくらいですか。

幼稚園から高校まで全国の公立および私立の学校は、いずれも2月の初めからコロナウイルスの急速な広がりの中で一時的に閉鎖するよう指示されました。生徒たちは3カ月以上の休校を経て、5月にようやく学校が再開できるようになりました。ベトナムの学生が感染症のために、これほど長い春休みをとらなければならなかったのは史上初めてです。

――家にいる子どもたちはどのように勉強していたのですか?

家にいることは2人の息子たちには大きな負担でした。この年齢は特に友達とコミュニケーションをとることが大事ですから、緊張を和らげるために、家にいる間はソーシャルメディアやその他の方法で友だちとつながることを勧めました。自宅でインターネットを使える時間も規則をつくっていましたが、厳しすぎないよう、緩やかにしました。

子どもたちには、勉強、遊び、リラックスの時間といった、自分用のタイムテーブルを自分で作らせました。親が決めるよりも効果的で、時間をよりうまく管理できると思います。それにしても、好きな食事を作ったり、一緒に新しい料理に挑戦して作ったり、一緒に映画を見て音楽を聴き、とても楽しかった。

技術革命のもう一つの側面は、人々の「恐れ」が急速に広がるということです。誤解を招くような情報を含む、感染症に関するニュースやうわさ話が、フェイスブック、インスタグラム、ツイッターで大量に拡散しました。子どもにとってはストレスになるかもしれません。そこで、両親が子どもと一緒にテレビのニュースを見るようにしました、その後見聞きした内容について話し、実際に何が起こっているのかを振り返りました。この機会に、子どもたちに私たち自身の社会的責任や、思いやり、世界で起きていることに共感することを話すよう心がけました。

子どもたちは、かなり早くからオンラインで勉強を始めました。10代の若者にとってオンライン学習はそれほど難しくありません。見ていてちょっと笑ってしまったのですが、先生から難しい質問が投げかけられた時、彼らはすぐにグーグルで答えを検索したり、チャットで友だちに助けを求めたりできるわけです。助けが得られない時は、「ネットワークの不具合」や「マイクが故障した」といった理由をつけて先生のやりとりを中断させていましたね。

学校にいる時は、友だちと私語をしたらすぐに先生に怒られますが、オンライン学習の時は、同時に一度に多くの友だちとグループでチャットすることもできてしまいます。

私も在宅勤務をしていたため、子どもたちのオンライン授業を直接見ることができました。講師陣のコミュニケーション方法の工夫には驚かされましたし、とてもうれしく思いました。子どもたちはとても興味深くて役に立つ知識を学んでいます。私がその学年の時には学んでいなかった内容です。オンラインで授業を垣間見ることができたこの経験で、私が持っていたベトナムの教育に対する考えはちょっと変わりました。何より、若い世代に対してもっと希望を持てる気がしました。

――子どもたちは学校に行けない状況にどう反応していましたか?

最初の数週間は楽しくて幸せそうでした。音楽、テレビ、スマートフォン、ゲームを持っていますし、遅くまで寝ていました。オンライン授業が始まるわずか5分前に準備すればいいわけですから。その後は、長い間家にいることがつまらなくなってきたようですが、安全のためには仕方のないことでした。

■支援得るべき人、特定は難しい

――ベトナム政府は新型コロナの影響を受けた世帯を支援するための緊急措置として現金を支給していますか?

政府は、感染症の影響で14日以上失職した人には、月額180万ドン(約8145円)の手当が支給されます。失業しても失業手当を受けられずにいるパートタイム労働者には月額100万ドン(約4525円)の手当が支給されます。貧困世帯、およびそれに近い程度の貧しい世帯は月額25万ドン(約1131円)を受け取り、国への功績のある世帯は月額50万ドン(約2262円)を受け取ります。

感染症の大流行のために4月1日から操業を停止しなければならなかった、年間収益が1億ドン未満の自営業者も、月額100万ドンが支援されます。経済的支援は、6月までの少なくとも3カ月にわたって提供されます。62兆ドンのパッケージのうち、約36兆ドンが中央政府および地方行政予算から拠出されます。

こちらも民間のアイデア。南部の最大都市ホーチミンにはボタンを押すとタンクからコメが出る配給機がお目見えし、「ライスATM」の愛称がついた。ハノイでも地元の企業関係者が同様に取り組みを始めた。名前や連絡先を登録すれば、1日1回3キロのコメを無料でもらえる

――政府が世帯に現金を支給することについてどう思いますか?

多くの人が失業し、劇的に収入を劇的に減らす緊急事態下では、危機を乗り越えるために現金を分配する必要があります。特に路面で物を売って生活する露天商などに支援が必要だと思います。ただ、この対策には反対意見もあります。援助を不当に受け取る、乱用するといった悪影響を懸念した意見です。こうした支援金は完全に正確には配分できないかもしれませんが、このうち80%が本当に困っている人々の手に適切に届くならば、それは成功と言って良いと私は思います。しかし情報管理システムが貧弱な国々にとっては、支援を受け取るべき適切な人を特定することはとても難しい。こうした事情から、困っている人たちが援助を受けられないこともあるのではないかと思います。