コロナ危機で、世界の国々が「鎖国」に動いた。「日本に食べ物が入ってこなくなる可能性もあり得た。食料安全保障の問題を真剣に考える必要がある」と宇宙での食料生産研究の重要性を訴えるのが、一般社団法人スペースフードスフィア代表の小正瑞季さん(37)だ。宇宙と地球の課題に「食」という観点から考えてきた立場から、今回のコロナ危機でどんなことが見えてきたのか、話を聞いた。(聞き手・目黒隆行)

スペースフードスフィア

宇宙航空研究開発機構(JAXA)やベンチャーキャピタルのリアルテックホールディングスなどが2020年4月に設立した一般社団法人。「持続可能な未来社会の実現に貢献する」ことをめざし、食品やロボティクスの関連企業や研究者、シェフなど40超の組織と連携し、極限の環境と言える宇宙での食料生産技術などを確立することで、宇宙と地球双方の課題解決を図る。「2040年代に月面基地1000人居住」「2100年にテラフォーミング技術確立と系外惑星への旅立ち」といった野心的な目標を掲げている。

■燃え上がりかけた食料安全保障

――コロナ危機で家にいる時間が増え、最も身近な「食」について改めて見つめ直した人が多かったと思います。外に自由に出られないけど、一日3回食べないといけない。スーパーにも行かないといけないと。宇宙のような極限環境での食を考えてきた立場から、今回のコロナ危機をどう見ていますか。

災害やパンデミックが起きたときには地球上でも閉鎖環境ができるということは想定していましたが、「私たちが議論してきた課題がこんなにも大規模に顕在化してしまうとは」とまず思いました。閉鎖的な環境ではQOL(生活の質)が低下して様々な問題が生じやすくなりますが、食の楽しみ、喜びというのはすごく大きいので、QOL向上のカギになります。調理が自動化されてすごくおいしいものが出てきても、それでQOLが向上するかといったら、必ずしもそうではない。食はコミュニケーションの中心にあるもの。食卓がまさにそうですよね。コロナを経て、腹を満たすためだけではない食の役割をより強く実感された方も多かったのではないでしょうか。

また、パンデミックが拡大する過程で、一時期、食料を自国で確保するという論調がいろんな国で出てきましたよね。パンデミックがもっと深刻化していたら、日本に食料が入ってこなくなる可能性もあり得ました。まさに食料安全保障の問題が大きく燃え上がりかけました。こういった課題の対応策についても私たちは議論を重ねています。

■SFではないコンセプトイラスト

SPACE FOODSPHERE代表の小正瑞季さん

――具体的にどんなことをめざして活動しているのですか。

「地球と宇宙に共通する食の課題を解決する」といっても、何だ?という話になるので、コンセプトイラストを作りました。単なるSFではなく、技術的な裏付けも各分野のプロフェッショナルを交えて数カ月かけて議論して。宇宙で百人、千人規模が住む基地全体の現実的なアイデアがどこにもないので、まずは基地のデザインから始めました。南極の昭和基地での越冬や、火星を想定した環境での居住実験に参加したこともある、スペースフードスフィア理事で極地建築家の村上(祐資・NPO法人フィールドアシスタント代表)が中心に設計を行いました。

南極・昭和基地の写真。村上さんは2008年に越冬隊員として参加した=本人提供

――宇宙で暮らすために、技術的にどんな課題があるのでしょうか。

基地は非常に狭い空間で、資源が限られているので、効率的に食料を生産する必要があります。資源再生の効率も高めないといけません。その一方で、人手は最小限にしないと消費する食料も多く必要になってしまいます。

また、閉鎖環境ですので、人の心の問題や、人間関係の問題も生じやすい。そうした問題に対処するためにQOLをどう向上するかという点も非常に重要です。

月面基地で日常的に利用する食堂のイメージイラスト。クルーの健康状態は2人のシェフが見られるモニター上に表示され、食事をアレンジする。すべてを機械による自動調理にしないのは、「人の手が入ることによって、シェフの聖域を確保することが大事。閉鎖環境では、決まり切ったメニューでも人の差配によって食のバリエーションが広がる」と村上さん=©SPACE FOODSPHERE

こういった問題は、必ずしも宇宙だけのものではありません。地球温暖化や森林伐採、砂漠化、生物多様性の減少など、地球は厳しい状況になっています。限界が差し迫っている。人口はどんどん増えて食料危機も起きていますし、パンデミックも発生して、人類に対して厳しい状況が訪れています。

このように宇宙と地球では似たような課題があり、宇宙という厳しい環境での暮らしの課題を解決するための技術や知見は、地球上の課題解決を加速させられるものになると思っています。

■日本のフードテックは粒ぞろい

――食という切り口から宇宙開発に関わりを持ったのには、どんなきっかけがあったのでしょうか。

もともと生命の起源に興味を持っていて、大学院の時は遺伝子工学の研究を行っていました。地球上だけで突き詰めても結論は出なさそうで、地球外の生命体と比較することで答えに近づけると考え、そうなると自分自身が宇宙に出て生命探査や研究をしたいと。

人が宇宙に行く時代に足りないものを考えると、「暮らすためのテクノロジー」がまだない。このままだと安心して家族を連れて行けないなと。また、私自身グルメというわけではないのですが食べるのが好きで、自分が宇宙に行ったときに補給が途絶えたらどうしよう、新鮮なものやおいしいものも食べたい、などと考えたときに、「宇宙の食」ってきちんとやらないといけない分野だな、と腹落ちしました。

単位面積あたりの生産効率を追求した「バイオ食料リアクター」のイメージイラスト。中央の装置で生産する微細藻類は、様々な飲食物と組み合わせて使うことにより高い栄養価を得られる。左は再生医療技術を応用して培養肉を生産する装置=©SPACE FOODSPHERE

私はベンチャー投資が本業で様々な技術領域を見ていますが、SDGsなどを背景に世界的にフードテックが大きな盛り上がりを見せています。日本のフードテックは粒ぞろいで、ユーグレナや植物工場、培養肉など世界的に見ても強い技術がいくつもあります。これらの技術を掛け合わせたらものすごいビジネスになり得るし、世界的にリードできるかもしれない。そして宇宙で暮らすためのキーテクノロジーでもあり、これはやるしかないと。宇宙における食分野はビジネス的にもブルーオーシャンなので、圧倒的に勝てる可能性のある領域だと思っています。

■月面基地で持続的に暮らすためのインフラを担う

月面に複数の基地が完成したあと、基地間を移動するローバー内の食のイメージイラスト。孤独と閉塞感を感じるのを避けるため、併走する他のローバーとモニターでつないでコミュニケーションを取りながら食事をする。外で活動する際は、後部備え付けのアバターロボットを遠隔操作する=©SPACE FOODSPHERE

――今後考えている具体的な計画はどんなことでしょう。

描いたイラストをリアルに実現するために、さまざまな企業や研究機関から参画してもらっているが、宇宙をめざすにも地球で活用するにも、まずは技術として飛躍的に発展させながら統合させる必要があります。そのための研究所として、いわゆるバイオスフィア(宇宙を模擬した閉鎖型の人工生態系実験施設)を作る必要がまずあります。

もう一つは、閉鎖環境が個人やコミュニティーに与える影響をサイエンスして、解決策を探る。そんな人間工学研究所を立ち上げたいと思っています。

その次のステップとして、地球上の閉鎖的な場、離島とか特区とかで食料生産、資源循環の技術などをフィールドで確かめて、パッケージ化することで、最終的には世界的に展開していきたい。私たちは本気で宇宙をめざしているので、月面に食料生産モジュールを持って行って確かめることもやっていきたい。いざ月面に基地ができたときに、持続的に暮らすためのインフラの中核を我々が担う、というシナリオを考えています。