■40年近くにわたった実験

スタンフォード大の心理学者、ミシェル・ワルタさんの「マシュマロ・テスト」は、子供たちのディレイ・グラフィティケーション(Delayed Gratification)を調べる実験です。

ディレイ・グラフィティケーションとは、「満足を先延ばしできる能力」のことです。

子供達はより多くのマシュマロをもらうために、目の前にあるマシュマロを食べることを15分間我慢するように言われます。

半数の子供達はできました。半数の子供たちは目の前のマシュマロを食べてしまいました。

我慢する方法はいろいろありました。

歌を歌ったり、独り言を話したり、足でタップしたり、ある子供は寝てしまいました。

この実験はどうすれば子供たちが我慢できるのかをテストしましたが、世間を驚かせたのはその後のフォローアップの調査でした。

1972年にこの実験が行われた時に、子供達の平均年齢は4歳半でした。

16年後の1988年に、実験に参加した子供たちについて、親の評価を調査すると、我慢できた子供たちの能力は我慢できない子供たちより高いという結果になったのです。

客観的に見るために、1990年に再調査が行われました。アメリカで行われている大学入試の時に必要な学力一般テスト、SATの点数を較べたのです。

その結果、我慢できた子供たちのSATの点数は、我慢できなかった子供たちより高かったのです。

さらに21年後の2011年、実験に参加した子供たちが中年になった時点で、脳の検査をしました。

我慢できた子供たちの脳では、計画、社会行動の調節に関係する前頭前皮質が、我慢できなかった子供たちより活発に働く事がわかりました。

反対に我慢できなかった子供たちは、快感や満足度などに関係する部位である腹側線条体の活動が我慢できた子供たちより活発でした。

この結果は教育者と親の間で大いに話題になりました。

ご褒美や満足することを、より大きい収穫のために先に延ばすことができることと、学力、その他の能力の高さとの関係が明らかになったのです。

しかも、脳の動きまで影響しています。

■「ただ我慢」ではない、先を見据える力

我慢できたから、脳が変わったのか?

元々脳が違うから、我慢できたのか?

我慢する能力は教育で育てられるのか?

そういう疑問は残ります。

我慢というのは東洋の教育の中で、美徳の一つとして昔から重視されてきました。

でも、この実験では、ただの我慢ではなく、先を見据えて、今の行動を抑える能力を見ました。

ただ、「なんでも我慢しなさい」ではないのです。

無目的で、理由のない我慢は、場合によっては有害だと思います。

言いたい事が言えない、自分の気持ちを殺してしまうような我慢は、精神的に良くありません。

でも、先を見据えて、前向きな判断をした上の我慢は賢い行動です。

そして、そのためにはいろいろな能力が求められます。

まずは想像力が必要です。

目の前にはないご褒美を想像して、もらった時の大きな喜びを想像できる事が我慢のための大きな原動力です。

それを想像できない子供は誘惑に負けて、目の前のお菓子を食べてしまい、もっと大きい収穫を逃してしまうのです。

これは人生の中でたくさん起こるシナリオです。

「勉強は辛いけど、いつかは卒業して、好きな仕事ができる」と考えられる子供と、「つまらない勉強をやるのは嫌、遊ぶ」と今のことしか考えられない子供。

この違いで、大きく将来が左右されてしまいます。

大人が子供たちに未来を想像できるように導くのはとても大切です。

そうでないと、子供は誤った選択をする事になります。

アグネス・チャンさんと3人の息子たち(2012年撮影)=本人提供

次に必要なのは自分を慰める力です。

人間は自分を慰める能力がないと、社会でうまくやっていけません。

世の中は思い通りにならない時が多いからです。

例えば、赤ちゃんはおっぱいが欲しい時に、親がそばにいないと、泣いた後に、仕方なく指をしゃぶります。

これは自分を慰めるための行動です。

あるいは、辛い作業をする時に、人は歌を歌います。

どんな文化の中でも仕事の歌はあるのです。

特に重労働の農業や漁業、林業、子守など、たくさんの歌が残されています。

これも自分を慰める行動です。

我慢する時に、人はそれぞれ気を紛れることをします。

実験の中で子供たちがやっていた行動がその例です。

歌を歌ったり、自分に話をかけたり、足をタップしたり、寝たり……。

自分を慰める方法を持つ人間は思い通りにならない時でも、落ち着いて対応できます。

自分を慰める事ができない子は気に入らない事があると、叫んだり、喚いたり、大怒りしたりします。

食べたい時にすぐに食べたい、遊びたい時にはすぐに遊びたい、欲しいものはすぐに手に入れたい……。

思い通りにならない時の方が多いので、子供は常にイライラしてしまいます。

欲望に囚われない、自分の精神状態を正常に保てられるために、自分を慰める力はとっても大切です。

そして自制力も欠かせないです。

自制力は自分の欲望と向き合える能力です。

望ましい行動と欲望を満たす行動と、どちらが正しいのかを理解できる事が必要です。

ただ、「ママが怒るから、やらない」「監督から怒られるから、やらない」のではなく、自分に一番ふさわしい行動が理解できて、やらないのが本当の自制心です。

例えば、子供はビデオゲームをやりたいです。そばに止める人はいません。

宿題があって、やらないと間に合わない……。

でもゲームをやりたい。誘惑と責任の間で揺れ動きます。

自制力のある子はゲームより宿題を選びます。

自制力がない子はとりあえず誰かにバレるまで、ゲームを選びます。

自制力のないと、すぐに悪い結果にならないと軽くを考え、「とりあえず」の判断をしてしまうのです。

捕まらなければいい、一度だけ、これで最後……。と言い訳をしてしまいます。

子供に自制心を育てるためにはなぜやってはいけないのかを理解させる事が肝心です。

やらないのは自分のためである事をトコトン解ってもらうのが必要です。

人間は常に欲望と理性の間に彷徨います。

前頭前皮質と腹側線条体の戦いです。

この仕組みを子供たちに理解できるように説明をして、

より良い明日を想像できるようにして、自分を慰める方法を教え、自制力、我慢する力を鍛えることはできます。

アグネス・チャンさんの家族写真=本人提供

想像力を鍛える方法は前にも書いた事があります。

目の前にないものを考えて、自分の独自の世界を脳の中で作り上げる訓練です。

それでは、先に期待を寄せる訓練はどうすればいいのでしょうか。

良い訓練は植物を育てる事です。

タネから育てると、毎日の変化が見られます。苗の成長を見て、花が咲いて、実がなるまで見ていると、子供達は「ものは変わる、時間は流れる、毎日のつとめが、いつかは実る」と覚えるのです。

植物の成長を急かすことはできない、季節を早送りする事もできない、

想像しながら、我慢、期待をするのです。

後の喜びが大きいために、我慢することを覚えます。

いつも切り花しか見たことのない子供は、目の前の植物は枯れていくだけ、今しか価値がないと思ってしまいます。

いつもスーパーから買ってくる果物しか見ていない子供は、果物はただの消耗品と思ってしまいます。

■生まれるたびに、木を植えた

ですから、私たち家族はたくさんの植物を育てました。

子供たちが生まれるたびに木を植えました。

長男は夏蜜柑の木。

次男は桃の木。

三男はサクランボの木でした。

息子たちは、実はすぐにならない事を身に染みるほど覚えています。

首を長くして毎年果実を実るのを待つのでした。

でも、彼らは収穫する時の喜び、誇りも経験しています。

待てば、いい事があると教える事ができました。

長男の家のパティオ

今も長男はたくさん実がなる植物を育てています。大好きな料理に使ったりしています。

次男と三男は住まいに植物をいっぱい置いてあります。

引っ越しをするたびに、「引っ越し祝いは植物が良い」と言ってきます。

丁寧に植物の世話をする彼らの姿を見て、嬉しく思います。

料理をする事も我慢を教えられます。

20分かかるクッキーは10分ではできないのです。

良い香りがしても、我慢。

その後の美味しさを想像できるからです。

我が家は中華から、日本料理、西洋料理まで、みんなで料理をするのが大好きです。

「待つ時間がいいですよね」と小さい時によく話していました。

食べたい気持ちを抑えて待っている間に、本を読んだり、歌を歌ったり、遊びをしたり、自分を慰めて気を紛らわす方法を教えました。

「あっという間に時間が過ぎたね。よく待ってくれたね」と料理が出来上がった時に、かならず待ってくれた事を褒めます。

子供たちとの食卓。お嫁さんも一緒です

我が家は基本的に、おもちゃは買いませんでした。

年に2回だけおもちゃが貰えます。1回はそれぞれの誕生日、もう1回はサンタさんがクリスマスの時に持ってきてくれます。

一年中、息子たちは自分たちは何が欲しいのか考えるのです。

もらった時の喜びはすごく大きい!しかも、1年に2回だけなので、私たち親も思い切っての買い物ができます。息子たちはいつも驚いてくれます。

長男が3歳の時に、サンタさんに電車が欲しいと手紙を書きました。

その年のサンタさんは積み木の電車と動く電車を両方持ってきてくれました。

彼が電車を見た時の目の輝きは今も覚えています。

次男がギターに驚いた時も、三男が自転車に驚いた時もはっきり覚えています。

このおかげで、息子たちは店で、「これを買って!」というおねだりはした事がないのです。

先に大きいご褒美が待っているとわかっているからです。

小さな満足を我慢させずに与えるより、満足を先送りできる能力を鍛えた方が、子供の喜びが大きいと、子育てをして実感しました。

自制心の教え方は前回の原稿に詳しく書きました。子供たちがなぜやってはいけないのか、理解するまでじっくり説明すれば、子供たちは、それを自分の考えにします。親がいないところでも、いけないことはやらなくなるのです。愛情と時間を掛けるのが自制心を育てるコツです。

人生の中で何が欲しいのか?

それを実現するために何が必要なのか?

もっといい未来のために、今我慢する事が必要と子供たちが心底から理解できれば、挫折した時も、壁にぶつかったときも、その先の光が見える人間になります。

いつも耐えられずに、すぐに満たされないと慌ててしまう子供だと、満たしてくれる人や状況を失った時に、対応できなくなり、我を見失います。

ユニセフ活動でブータンに行った時に、毎日2時間かけて、娘を背負って幼稚園に連れてくるお父さんに「なぜ、そこまで?」と理由を聞きました。

「娘の未来のために、私は苦労を喜んで受けます」という答えでした。お父さんの頭の中には成長した美しい娘の姿がありました。

次の日に、お母さんが娘を背負ってきました。

実は夫婦で、日替わりで農作業をして、娘を幼稚園に通わせていたのでした。

息切れしているお母さんに話を聞くと、「若い時に苦労すれば、年を取った時にはご褒美が来る。若い時に人生のご褒美を使ってしまうと、年を取った時に何も残らないよ」と言われました。

ブータンの山奥の小さな幼稚園にも、スタンフォード大学の実験室にも、「ご褒美を先送りする」ことの大切さを訴える人々がいました。