こっそり就任式をやったルカシェンコ

この連載でこのところずっと取り上げているベラルーシでは、大統領選で勝利したと自称しているルカシェンコの6期目の就任式が、9月23日に強行されました。事前には告知されておらず、数百人だけが出席するという異例の式典でした。

しかし、多くのベラルーシ国民が納得していないのはもちろん、アメリカ、カナダ、イギリス、EU(およびその構成国のドイツ、バルト三国、ポーランド等)などは、ルカシェンコをベラルーシの大統領として認めておらず、制裁を発動する構えです。個人的には、日本政府にもぜひ、民主主義陣営と足並みを揃えて毅然とした態度を示してほしいと思っています。

今回のコラムでは、ベラルーシ情勢を読み解く上での一つのヒントとなる原子力発電所の問題について語ってみたいと思います。ベラルーシは、1986年のチェルノブイリ原発事故の被害国であり、これまで国内には原発が立地していませんでしたが、ルカシェンコ大統領(当時)の強い意向により、同国初となる「ベラルーシ原子力発電所」の建設が決まりました。そして、建設作業はすでに完了しており、その稼働開始が、まるでルカシェンコの新たな任期を祝うかのように設定されているのです。

悲願の「エネルギー安全保障」

ルカシェンコが原発を作りたくなった気持ちも、分からないではありません。ベラルーシは、旧ソ連の新興独立諸国の中で、エネルギー自給率が最も低い国です。実は国の南東部で少しだけ石油が採れるのですが、外貨収入の足しにするために、その全量をドイツに輸出しています。

ですので、国内で消費するエネルギーは、ほぼ全面的にロシアからの供給に依存しています。特に、石油と天然ガスはほぼ全量がロシアからの輸入。石油に関しては別の国からスポット的に輸入して多角化を試みたりすることもありますが、結局は経済的に成り立たず、ロシアからの輸入という元の鞘に収まります。石炭も、少量がカザフスタンから入っている程度で、残りはすべてロシアからです。

次に、電力に着目し、ロシア・ウクライナ・ベラルーシという3つの国の発電構造を比べてみましょう。下の図に見るとおり、ある程度バランスのとれているロシア、原発で半分以上を賄っているウクライナと比べ、ベラルーシは火力発電の比率が極端に高くなっていました。これまでは原発がありませんでしたし、ベラルーシは国土が平坦なので(何しろ一番高い山が標高345メートルという国です)水力発電には向かないのです。いきおい、もっぱら火力に頼ることとなり、しかも火力発電の98〜99%はロシアから輸入する天然ガスを熱源としているのです。

ベラルーシはロシアの同盟国として、基本的には優遇的な条件で天然ガスの供給を受けてきました。しかし、価格をめぐる対立もしばしば発生しています。もしもロシアとの対立が抜き差しならないほど深刻化し、天然ガスを止められでもしたら、一大事です。旧ソ連圏では、発電と一体の形で家庭向けの給湯および集中暖房も実施されているので、冬季にそんな事態になったら、凍死者が続出します。

その点、原子力は化石燃料を必要とせず、核燃料の輸入という要因をひとまず度外視すれば、エネルギー自給率を高めてくれる手段ではあります。ルカシェンコ政権ならずとも、ロシアへの過度な依存から脱却するため、原子力の導入を一案として検討したくなるのは自然な成り行きでしょう。

しかし、ベラルーシ国民にはチェルノブイリ原発事故のトラウマがあります。1986年に発生した人類史上最悪のこの事故では、原発自体はウクライナに所在していたものの、風向き等の影響で、放射性物質の7割以上がベラルーシに降り注ぎました。他のどの国よりも放射能汚染に苦しんだベラルーシが、自ら原子力を選択するというのは、容易ならざることです。

それでも、ルカシェンコは2008年、ベラルーシ初となる原発の建設を決定しました。放射能を忌避する国民感情よりも、「エネルギー安全保障」を優先したのです。この場合のエネルギー安全保障とは、ロシアへの依存度を引き下げることと同義です。以前の「チェルノブイリの国ウクライナが原発を使い続ける理由」というコラムで、ウクライナの事例につき考察しましたけれど、ベラルーシもウクライナと同様に原子力を活用して対ロシア依存度を軽減するという方向に舵を切ったことになります。

原発建設の是非に関しては、ベラルーシ科学アカデミー社会学研究所が、国民の意識を定期的に調査しています。2019年4〜5月に実施された調査によれば、建設に賛成が59.8%、反対が26.8%だったということです。しかし、筆者としては、政権の御用機関の調査結果を信用する気にはなれません。むしろ、2017年に「ベラルーシ分析工房」という民間シンクタンクが実施した調査に注目したいと思います。その結果をまとめたのが下のグラフで、「危険なので反対」、「採算がとれないから反対」を合計すると48.6%が反対しており、賛成の26.9%を上回っています。

結局はロシアに従属するという皮肉

ルカシェンコ大統領が原発を建設する計画を最初に明らかにしたのは2006年であり、2008年1月に正式決定しました。しかし、ベラルーシにとって計算外だったのは、世界の主要な業者にプロジェクトへの参加を打診したものの、結局関心を示したのはロシアの原子力公社「ロスアトム」だけだったことです(具体的には外国での原発建設に従事する子会社「アトムストロイエクスポルト」がパートナーに)。原発構想の主眼は、ロシア依存からの脱却にあったわけですが、早くも誤算が生じました。

両国による交渉は難航しましたが、最終的に、グロドノ州オストロベツ郊外を建設地とし、出力1,200MWの発電ユニット(ロシア型加圧水型原子炉VVER-1200)を2基建設することで合意、2011年3月に両国間で建設に関する協定が結ばれました。なお、VVER-1200はすでにロシアのノボボロネジ原発、レニングラード原発でも稼働中の原子炉であり、東京電力福島第一原発の事故を踏まえた最新の安全設計が施されているとされています。建設の費用総額は90億ドルで、それをロシアからのひも付き融資で賄うことになりました。かくして、技術だけでなく、資金面でもロシアに頼ることになってしまったわけです。

ベラルーシ原発の建設工事は、基本的にすでに完了しています。当然のことながら、ルカシェンコ体制側は原発誕生によるメリットを強調しています。合計2,400MWの原発が全面稼働すれば、国内の電力需要の30%を賄い、年間45億立米の天然ガスが節約でき、温室効果ガスの排出量を10%削減でき、2,500人分の新たな雇用も生まれる、としています。

問題は、ベラルーシがもともと、原発の稼働で生じる余剰電力を周辺諸国に輸出し、その収入を建設費の償還に充てようとしていたことです。実は、ベラルーシ原発は対リトアニア国境から30キロメートルほどしか離れておらず、リトアニアは一貫してその建設に反対していました。一方、ベラルーシが主力の電力輸出先として期待をかけていたウクライナは、今日EU寄りのスタンスをとっているため、リトアニアに同調してベラルーシ原発の電力は買わないということをすでに表明済みでした。

そこに発生したのが、ベラルーシ大統領選をめぐる今般の大騒動です。ベラルーシを取り囲むバルト三国、ポーランド、ウクライナは、ルカシェンコによる暴政を批判する急先鋒と化しており、同氏肝いりのプロジェクトであるベラルーシ原発についてもきわめて否定的に捉えています。以前にはバルト三国の中でもベラルーシ原発をめぐって温度差があったのですが、今やラトビアやエストニアも完全にリトアニアと歩調を合わせています。これらの近隣諸国に電力を輸出できる可能性は、絶望的になったと見るべきでしょう。

となると、ベラルーシは余った電力の輸出先としても、ロシアに頼ることになるのでしょうか? ロシアにしても、電力はだぶついているのですが。

そして借金が残った

完成したベラルーシ原発の1号機に、初めて核燃料が注入されたのは、8月7日のことでした。これは、大統領選挙の投票日の2日前のこと。現場では、ルカシェンコの姿こそなかったものの、多くの関係者が歴史的瞬間に立ち会い、祝賀ムードが演出されました。ルカシェンコは、自身が主導した経済発展の成果を誇示し、それを自らへの有権者の支持に繋げようとしたのでしょう。もっとも、上述のとおり、国民の約半数が原発建設に反対していた中で、効果があったかどうかは微妙ですが。

そして先日、ルカシェンコは1号機の運転を11月7日に開始すると表明しました。これは、ソ連時代に「革命記念日」が祝われていた日に他なりません。ソ連崩壊後に、ロシアでは革命記念日が廃止されましたが、実はベラルーシでは今でもそれが残っているのです。そのこと自体が驚きですが、原発の稼働を社会主義ロシア革命の記念日に合わせるとは、発想が完全にソビエト人です。なお、2号機も2021年には稼働すると見られます。

ベラルーシの対外政府債務残高は、2020年初めの時点で171億ドル、対GDP比27.1%であり、規模だけを見ればそれほど深刻なレベルではありません。ただ、上の図に見るとおり、原発の建設が決まって以降、2010年代に急増しています。そして、ベラルーシの対外政府債務残高の約3分の2は、ロシアおよび同国主導のユーラシア安定化発展基金に対するものであり、ベラルーシはロシアに頭が上がらなくなってしまいました。

今後、ルカシェンコが権力の座に居座り続けるにしても、民主派に政権交代するにしても、いずれにしてもこれまでのルカシェンコ投資のツケが重くのしかかることになります。