北朝鮮は10月10日、平壌の金日成(キム・イルソン)広場で深夜の軍事パレードを行った。新型の大陸間弾道弾(ICBM)や潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)に目を奪われたが、その他にも数々の異変が起きていた。いずれも、体制を必死で支えようとする北朝鮮当局の焦りの表れだった。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

パレードで目を引いたのが、将軍たちの姿だった。いずれも胸一杯にきらびやかな勲章を着けていた。パレードを録画放送した朝鮮中央テレビのアナウンサーは、行進する部隊の名前と、部隊を率いる将軍の名前と階級を次々に紹介した。いずれも、これまでの北朝鮮では考えられなかった現象だ。アナウンスのおかげで、核兵器などを扱う戦略軍司令官が金洛兼大将から金ジョンギル上将に代ったこともわかった。

北朝鮮は極端な閉鎖国家で、機密の保護も徹底している。2002年の日朝首脳会談に向け、日本側と接触した柳敬国家安全保衛部(現国家保衛省)第1副部長は「金哲」という偽名を使った。北朝鮮の教育施設の卒業証書には施設の名前はあっても、施設長の名は入らない。

北朝鮮の命運を握る軍事情報とあればなおさらだ。北朝鮮は国際社会のなかで「OB(order of battle)情報」すなわち、戦力組成に関する情報が少ない国家だとされてきた。

北朝鮮では、最高指導者が軍需工場を視察しても、民需施設として紹介される。朝鮮中央通信が19年6月に金正恩朝鮮労働党委員長が視察したと報じた慈江道の江界トラクター総合工場は、戦車の製造施設といった具合だ。

同様に北朝鮮軍人も秘密のベールに包まれていた。金正日総書記時代、日米韓は10人程度しかいない北朝鮮軍の軍団長の名前も把握していなかった。米国が冷戦時代でも、大佐級以上のソ連軍人の名前を把握していた現実に比べても、秘密の保持ぶりは徹底していた。北朝鮮軍人の多くはソ連や中国に留学した。両国の教官らが訪朝しても、教え子との面会は許されなかった。

パレードを通じ、北朝鮮の将軍たちの所属や名前がわかったとしても、実際に接触することは難しい。ただ、自衛隊関係者は「階級がわかれば、その将軍が率いる部隊のおおよその規模はわかる。米軍もかつて、硫黄島の守備隊を率いたのが栗林忠道中将だと知り、守備隊の規模を推計したことがある」と語る。名前も所属も偽名かも知れないが、今後の情報分析で比較検討するデータにはなる。

また、北朝鮮の草創期、パレードに出てくる軍人は勲章を着けなかった。1980年代ころからは、保持する最高の勲章を一つだけ着けるようになった。今回のように、胸いっぱいに飾る真似はしなかった。勲章を分析すれば、その軍人がどの戦闘に参加したかがわかってしまうからだ。

別の関係筋は「勲章を子細に検討すれば、どの戦線に精通しているのか、砲兵なのか歩兵なのかという兵科もわかる」と語る。

10日の軍事パレードで打ち上げられた花火=労働新聞ホームページから。花火を使った演出は金正恩党委員長が始めたとされる。

北朝鮮の、これまでのタブーを破るような行動には、パレードで見せた新型のICBMやSLBMの姿と重なる点がある。対外的には素晴らしい軍人と兵器を誇示して抑止力を獲得する。同時に、対内的には「皆さんに苦労をかけているのは、こんな素晴らしい兵器を作るためだったんです」「市民はみな、軍隊を誇りに思っていますから、軍人の皆さんは苦しい生活ですが、もう少し我慢してください」というメッセージが込められている。

超大型ICBMは軍事的合理性には欠けるが、見た目が派手で、米国を心理的に威圧すると同時に、国内を安心させるにはもってこいの道具になる。

元山葛麻海岸観光地区の建設や災害復旧活動などでこき使われる一方、満足な待遇を受けられない軍人の自尊心をくすぐると同時に、市民にも軍を維持するための一層の負担をお願いする。北朝鮮での情報公開はすべて宣伝扇動だ。必ず北朝鮮当局の意図が隠されている。

実際、金正恩氏は28分間の演説で市民と軍人の苦労に言及し、涙ぐんだ。これも演出に過ぎない。朝日新聞は18年6月、金正恩氏が自らの力不足を悔いて涙する映像を製作し、市民を教育していると報じた。今回の正恩氏の涙も、市民たちを「最高指導者を泣かせてはならない。我々が一層努力しなければならない」という心理状態に持っていくための宣伝工作に過ぎない。

では、実際に、市民たちは感動したのだろうか。朝鮮中央テレビでは演説を聴きながら涙する市民の姿を数多く映し出した。

北朝鮮の検閲作業を甘く見てはいけない。国家保衛省が中心になり、映り込んだ市民1人1人の身元を必ず確認する。市民もそれを知っているから、うかつな態度は示せない。同時に、最高指導者が出席する「1号行事」に参加できるのは、エリート層でもある。現体制を維持することで特権を維持できるため、自然と「演技」にも力が入る。

平壌と連絡を取る元北朝鮮高官は軍事パレードについて「体制を守るためなら何でもやるという姿勢の表れだろう。花火も勲章も涙も新兵器も、みなそのための演出だ」と語る。

朝鮮中央テレビは、金正恩氏が11日、金日成広場でパレードに参加した軍人たちと記念撮影をした時の様子を伝えた。正恩氏はパレードで着用した時と同じ、グレーのスーツ姿だった。これはかつて、田中真紀子外相が実践して話題になった手法だ。田中氏も国会答弁などの場に、1週間のうち何日か、同じ服装で登場した。元高官は「指導者は質素だし、忙しすぎるので、スーツを着替える暇もない、というアピールだろう」と語る。

10日の軍事パレードの際、金正恩氏と握手する北朝鮮軍の将軍たち=労働新聞ホームページから

一方、必死になるあまり、ボロも出る。金正恩氏は広場のバルコニーに登場。眼下に集まった大勢の兵士を満足そうに見下ろした。最初は兵士たちに拍手を送っていたが、そのうち、右手の拳を握りながら親指を上に突き立て、高く掲げた。欧米で広く、賛成や満足を現す表現として使われる「thumbs up」だ。正恩氏は過去にもたびたびサムズアップをしたことある。ただ、米軍と命をかけて戦うと誓う兵士たちに、トランプ米大統領も好むポーズで応えるというのは軽率のそしりを免れない。

正恩氏は8月、水害の被災地を訪れた際、トヨタ自動車の高級車ブランド「レクサス」を運転していた。北朝鮮では日本車を禁じている。元高官は「最高指導者が自ら運転して現場に行けば、人気が出るだろうという安易な計算。焦るあまり、十分な検討を経ずに演出している」と語る。

軍事パレードの派手な演出は、北朝鮮の焦りの裏返しに過ぎない。