ラ・リーガ1部に最も多くの選手を輩出している、言わば約束された場所であるレアル・マドリーの下部組織。そこでプレーする才能がありながらも、早々に選手生活に見切りをつけた人物がいる。その名は、イバン・サエス。スペイン『マルカ』が元マドリー下部組織出身選手の特異な人生をレポートしている。

I・サエスはまずアトレティコ・マドリーの下部組織でプレーし、その後にマドリーの下部組織に移った。その移籍は、アトレティコとマドリーの関係に亀裂を走らせるものだった。マドリー加入後も、彼はその才能を輝かせ続けた。カデテ(14〜15歳)の年代であったにもかかわらず、3歳上のフベニールの国内カップ戦決勝バルセロナ戦に先発出場。マドリーの新たな真珠ともてはやさされた。I・サエス本人は、当時の状況を次のように振り返る。

「地に足がついていた、という決まり文句を言うのは簡単だけど、本当を言えばそうではなかったんだろう。今になってみれば、あの頃の自分が本来の自分として振る舞っていなかったのだと気づかされる。それと、そうした称賛の声をうまく扱える人もいれば、そうできない人もいるね。そして少しでも気を抜くときがあれば、そうした影響によって自分の手にする成果が落ちてしまうものなんだ」

マドリーの下部組織、さらにはスペイン代表の下部年代で順調に階段を駆け上がっていったI・サエスだが、今は存在しないCチームに在籍し、トップチームの練習にも参加することもあった2014-15シーズンに転機が訪れた。「マドリーとの契約最終年は、Cチームの解体の年と重なった。あの1年は個人的にもチーム的にも良くなかった」。ここでI・サエスは、他クラブに移籍するという至極当然に思える選択をしなかった。当時、20歳のことである。

「フットボールをやめた理由について、明確な理由を説明することはできない。色々なことがあって、どんなオファーにも応じなかったんだ。そのとき、僕が間違いなく必要としていたのは、変化だった。夢を抱けなかったし、どんなオファーからも刺激を受けることがなかったんだよ。まわりの全員が手で頭をおさえていたね。自分が狂っていると言われたし、説得だってされたさ。でも、そうした時間は長く続かなかった。それから数カ月もすれば、そうした大多数の人たちの近況を知ることがなくなった」

I・サエスはその2015年の夏、携帯電話のデータを消去し、SNS上につけいた自身の足跡もすっかり消し去った。将来有望なフットボール選手という肩書きを外したのだった。しかし、この常軌を逸した生活の変化に本人はしっかりと適応したようだ。

「人生における大転換だったけど、適応することができた。自分がしたいことは明確にあったし、プランBのことは考えていたんだ」

I・サエスは現在「ゲット・イット!」というフィットネスクラブの経営者兼トレーナーとして働いている。マドリーの新たな真珠は、また違う分野で輝くことを夢見ている。

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