選民思想2.0または少衆主義

おそらく「選民思想」に対する我々の条件反射的嫌悪感は、我々が「大衆」の一員であるのだという「思い込み」に由来するのではないか。備忘録ことのはインフォーマル『民主主義は至上の理想ではない。大衆がすべて賢者にレベルアップしない限り、民主主義・多数決は衆愚である。とか書くと、俺を「大衆蔑視者」「選民思想」呼ばわりする大衆至上主義者が来るんだよな。』「選民思想」というからには、「民」を「選ぶ」必要がある。それでは我々はどんな時に「選ぶ」のか。。(gooソーシャルニュース×404BlogNotFound)

器(vehicle)の大きさが、全員を乗せるのに不十分な時だ。

10人しか乗らない船に100人が乗りたがっていれば、何らかの形で10人を選別しなければならない。平等主義を極めれば、全員船に乗らずに全員溺れるというということにもなるのだが、それを「選ぶ」人はごくわずかだし、いたとしても真っ先に溺れるのでどのみち助からない。

「大衆主義」というのは、結局のところ、誰でも船に乗せる、ということだ。希望者どころか、希望していない人まで同じ船に。結局そのための船は際限なく大きくならざるを得ない。→この記事の続きはこちら


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