丸刈りにおひげが印象的な矢富選手。10歳下の弟も同じクラブに所属していて、兄弟でトップラガーマンだ。地元のラジオでDJをするなど豊かな語彙力の持ち主で、ラグビー以外での才能も発揮している。年の離れた後輩や外国人の選手とうまくコミュニケーションをとる方法や、35歳の今もなおラグビーを続けられている秘訣(ひけつ)をわかりやすく語ってくれた。

―今年でラグビー歴23年!続けられた理由
ラグビーそのものが楽しいから!ボールを持って自分の力で人を抜いていく、その快感が最初に感じた魅力でした。自分の能力を発揮すればトライまで持っていける気持ちよさは本当に衝撃でした。それは今もずっと残ってます。その後に15人でのチームプレイをすることの大事さや試合に勝つことの楽しさを知りました。それからポジションも変わってきたので、それぞれの役割を全うする楽しみなどを少しずつ知っていくうえで、ラグビーのとりこになりました。

中学でラグビーを始める前は、小学校でサッカークラブに入ったこともありましたが、あきっぽい性格なのですぐにやめてしまいました。陸上もやってましたけど、長距離が嫌いでやめました(笑)。

―ラグビーをやるうえで役に立ったスキルは
コミュニケーション力と観察力。ラグビーはフィールド上の人数が一番多いチームスポーツなので、選手同士のコミュニケーションが大切。自分以外の14人をひとりひとり観察して、特徴をしっかりとつかんで話さないといけないシーンが結構あるんです。なので、ラグビーをしていると、自然とコミュニケーション力は上がると思います。

ただ、人と打ち解けるにはまず観察することが大事だと思ってます。本当にいろんな選手がいるんですよね。普段から黙々と練習などをこなす人もいれば、僕みたいにしゃべり続ける人もいる(笑)。チームの前監督の清宮(克幸)さんに「お前は、お母さんになれよ」と言われたことがあるんです。母親が子どもをよく見て面倒を見るように、チーム全員のことをよく観察してダメなプレーをしていたら注意し、いいところはほめる、そういう風になれと。なので観察する意識がついて、みんなが気付かないような細かいプレーのことを話したり、その人に合ったコミュニケーションをとるようにしました。

外国人選手などはシャイな人が多いんですけど、さらに言葉の壁もあるのでなかなか自分から話しかけることは難しいと思うんです。だから僕から握手してスキンシップをしたり、片言でも英語でしゃべりかけて日本の面白い言葉を教えたりと、なるべく近い距離でいようと心掛けてます。

―チームメイトなどから、よく「意外だ」と思われるのは
若い選手たちからは見た目で「怖い!」と思われがちですが、実際1対1になると「優しい人ですね」とビックリされます。大勢というか、チームで行動をしてるときは一番年上だぞっと先輩の特権を使ったり、あえて後輩をいじったり、怖いフリをしてるんです(笑)。あまりにも距離が近すぎると、先輩としての威厳というか影響力が変わったりすると思うので。あと、みんなの前で優しくするのが苦手なんです…。でも後輩とふたりでいるときは相談をちゃんと聞いたり、笑顔で優しく接したりしようと意識しているので驚かれます。

―年齢の離れたチームメイトとの接し方は
年が離れている後輩に対しても無理したり見栄を張らずに、わからないことは教えてもらったり、話についていけるようにいろいろ調べたりして自分から寄せていけるようにしてます。同じチームに10歳下の弟もいるので、そういう風に考えることに慣れているのかもしれません。ただ、僕は気持ちはずっと20歳くらいだと思ってるんです!だからあまり年の差を感じないようにしてます。気持ちは若く持って年上ぶらない、そう心がけてます。

―地元でラジオのDJをされていて、人気者だとも聞きました
ちょっとした番組を持たせてもらっていました。週1回なのですが、ラグビー部の選手をゲストに呼んで、僕がDJをして紹介しながら普段見ることのできないような選手の一面を出せるように話したり、ラグビーの魅力を一緒に話したりしました。声だけなので、どう話したらリスナーのみなさんにわかりやすいかなどは自分なりに考えながらやっていたので、その経験もコミュニケーション力のアップにつながっているのかもしれません。

ファンの方やリスナーさんから「選手のことをたくさん知れた」などの声が届いたので、手応えは感じてました。昨年はワールドカップの影響もあって、結構たくさんの人に聴いてもらっていてうれしかったです。今年の1月まで番組をやらせていただいていたのですが、今はいったん終了しています。シーズンが終わったら、また何かしらやらせていただくことがあるかもしれません。というか、ぜひやりたいです!(笑)

―今までで苦労したことは
何度か経験したけがとの向き合い方です。とくに、2011年に1年半くらいラグビーができない時期は精神的にも肉体的にきつくて、苦しい日々でした。

右ひざの前十字靭帯をけがして手術したあと、リハビリを頑張って復帰しました。でも、またすぐ今度は左ひざの前十字靭帯をけがしてしまって…。そのときは本当に絶望を感じて「ラグビーから離れたい」と思いました。チームにお願いをして、了承を得てから実際に2カ月ほど離れました。

その間は、自分の好きなように過ごしてました。でも途中から「やっぱりラグビーしたいな」と思ってきたり、ラグビーに関することを考えたりするようになって、気持ちが変化してきたんです。試合を見ていても「なんで自分が出てへんのやろう」と悔しい気持ちになって、「絶対あの場所に戻ろう」とリハビリに励むようになりました。

だから落ち込んだときは、いったん離れることも必要だと思います。その方が気持ちをリセットできる。僕の場合は、暴飲暴食をしてすごく太りました。ポジションを間違えられそうなくらい(笑)。映画を観たり大好きなマンガを読みながら、炭酸ジュースやジャンクフードを食べたりお酒を飲んだり、夜更かししたり昼間などの好きな時間に眠ったり…と自由気ままに過ごすことを飽きるまでしていたので、それで気分転換ができたのだと思います。

自分がそういう切り替えをできることを知ったので、その後何度もけがをしてもうまく切り替えられるようになったんだと思います。自由に過ごしてるとラグビーが恋しくなって、リハビリに励む気力がわいてくる。そして目標を立ててまたパワーアップする。それがけがをしたときの自分なりのルーティーンなのかもしれません。

―35歳。これからどう進化していきたいか
これからもずっとラグビーがうまくなっていきたい!年を取ったら取ったなりの上手さがあると思うので、「矢富って常にうまいな〜」とファンの方から一目置かれる存在になりたいです。

矢富勇毅(やとみ・ゆうき)1985年2月16日生まれ、京都府出身。ポジション:スクラムハーフ(SH)、176cm/82kg。父親と2歳上の兄がラグビーをしていた影響で中学入学時に始める。京都成章高校では2年生の時に高校ラグビーの聖地・花園(全国高校ラグビー大会)、3年生の時に国民体育大会に出場。早稲田大卒業後の2007年よりヤマハ発動機ジュビロに所属。入部8年の2014年度日本選手権で初優勝。U-23日本代表、日本A代表、日本代表、サンウルブズに選出経験あり。