オバマ大統領最初の100時間、まるで平和的革命のような コラム「東京から見るオバマのアメリカ」(2回目)

ほとんどの人がお祝い疲れと二日酔いからまだ回復しきらない内に、バラク・オバマ米大統領はあれよあれよと仕事を開始し、ブッシュ政権8年間の政策を次々と覆していきました。まるで平和的な革命のよう。「覆すと言うだけなら簡単だ」という指摘ももちろんありますが、「グアンタナモ閉鎖」を政権初日にまずまっさきに明言した、その象徴性に心が晴れ晴れする思いでした。(gooニュース 加藤祐子)

○ 平和的な革命のよう


新大統領夫妻は20日の就任式の後、21日午前2時半ごろまで祝賀の舞踏会に顔を出していたそうです(祝賀舞踏会は約10カ所。その映像を観るにつけ、歴史上の色々な王国や帝国でかつて繰り広げられた戴冠式後の祝賀会というのは、こういう感じだったのかと思う。服装や音楽は違っても、そこに充満している感情の濃密さは同じではないかと)。

さてアメリカでは新大統領がホワイトハウス入りすると、慣例的に最初の100日間をハネムーン期間(蜜月期)と呼びます。マスコミも議会も、新政権が慣れて落ち着くまでその間は攻撃の矛先を緩めてお手並み拝見するというわけです。

しかし今回のオバマ政権については、そんな猶予期間をあたえている余裕はないと、当選直後から言われていました。当のオバマ陣営からも。それほどまでに、経済危機は緊急で深刻だと。

それにオバマ陣営は、「時機」や「勢い(momentum)」というものを実に見事にとらまえてきたからこそ、選挙戦を勝ち抜いたとも言えます。だからかもしれません。(私も含めて)多くの人が寝不足や二日酔いでフラフラしている内から、新大統領は就任初日、立て続けにブッシュ政策を覆す大統領令を発したのです。これを受けて、「最初の100日間どころか、最初の100時間だ」と米メディア。

前政権のやってきたことを直ちにことごとく帳消しにする。まるで革命です。平和的ではあるにせよ(ちなみに、例によってジョン・スチュワートの「The Daily Show」に言及しますが、これはCNNjが24日に放送した国際版のこと。「就任式はあまりに見事だった」と言うのにスチュワートはわざと「It was quite a coup」と。「大事業を見事に達成した」という意味の慣用句ですが、文字どおり訳すと「たいしたクーデターだった」になります。この表現をわざと使ったスチュワートはいたずらっぽい表情で、「あ、いや。今の表現はまずいな。クーデターじゃなかったんです。そこが肝心。タイの皆さん、聞いてますか? 平和的な権力の移譲だったんです」と)

激しく脱線しました。そしてもちろん、今回の政権交代はクーデターでも革命でもなく、ひとつの政治体制の中であらかじめ憲法で定められた手続きにのっとった正常な政権移譲なのは、ジョン・スチュワートも私も分かっているのですが。なんというか、前政権と基本的な世界観とか道徳観があまりにも根本的に異なっているように思えるので、ついつい「平和的革命」と呼びたくなるわけです。

もとい。最初の100時間でオバマ新大統領が矢継ぎ早に着手したこととはたとえば——

・宣誓のやり直し(こちらで書いたように、最高裁長官が本番で語順を間違えたせいです。35語からなる宣誓の語句は連邦憲法できっちり決まっているので、少しでも違った言葉遣いをしたとなるともしかしたら後々で何か言われるかもしれない。その万が一を回避するためだったと言われています。とはいえ、なぜ宣誓やりなおしの場にテレビカメラを入れなかったのはよく分かりませんが。スチル写真と音声しか公表されなかったので)

(以下、大統領令など)
・グアンタナモ収容所を1年以内に閉鎖
・国家安全保障のために拘束するテロ容疑者などの取り扱い方針を見直すため、特別タスクフォースを設置
・取り調べ手段としての拷問を禁止
・在任中の大統領と副大統領に関する記録開示を基本方針とし、例外を作りにくくする
・ホワイトハウス職員に対して、(1)ロビイストからプレゼントの受け取りを禁止 (2)職員や元職員のロビー活動を禁止し、直近までロビイストだった人間が職員になることを禁止
・外国の家族計画や人工妊娠中絶事業(国連人口計画のものなど)を米政府が支援することを禁止した前政権の政策「Mexico City Policy」を撤回

・愛する携帯端末ブラックベリーを使い続けることに

——つまりは全て、いずれも、ブッシュ政権が8年間やってきたことを片端から禁止したり撤回していったわけです(ブラックベリーもある意味、それにあてはまる)。

特に個人的には、「グアンタナモ閉鎖」「拷問禁止」に溜飲が下がる思いがしました。テロ容疑者を拘束することが問題だと言うのではなく、罪状の明示もなく、勾留期限もなく、起訴もなく、裁判を受ける権利すら保証されず、水責めという拷問が「拷問ではない、積極的な取り調べ手法だ」などと言われ、そして勾留中に拘束者が死亡しても闇から闇へと葬られても誰も何もよくわからないままだという、いったいいつの時代のどこの警察国家だ、独裁国家だ、軍事政権国家だと憤っていたので。法治国家として当然しかるべき司法手続きを全くとらない、法の支配をバカにしているとしか思えないやりように、ずっと憤っていたので。

オバマ氏は選挙戦中からずっと「グアンタナモは閉じる」と言い続けていたけれども、大統領になって直ちにそれを指示したことに、本当に胸のすく思いがしました。

もちろん、22日のCNN「ラリー・キング・ライブ」でジョン・マケイン上院議員が指摘していたように「閉じる、と言うだけなら簡単だ。問題はその後」です。現にグアンタナモにいる拘束者たちはどうするのか。出身国が身柄引き受けを拒否する場合は。重警備を必要とする拘束者は米国内のどこの軍施設に収容するのか。具体的な方策を固めて、総合的な政策パッケージを作ってから発表するべきだったというのが、マケイン議員の意見でした。それを聞いて私は、それはいかにもベテラン議員な実務家のマケイン議員らしいと思う一方で、物事のタイミングや勢いをとらまえることにかけてはやはりオバマ氏の方が一枚上手だったのだなと思いを新たにしました。

「グアンタナモ閉鎖」と政権初日に言ってもらって、8年間の深い霧が晴れたような、涼風が吹き抜けたような、そんな感覚を覚えた人間が、少なくともここに1人いたのだから。そういう感覚や感情の演出がこんなにも上手な政治家とそのチーム。今更のように感服します。

さらに言えば、前にも書いたように、オバマとマケインというとても資質の異なるこの2人は、いいコンビになるはずなのにと(この同じインタビューでマケイン議員は「大統領とは、お互いに尊敬し合える関係を作ることができた」と話していて、これもなんだか嬉しかったです)。

○就任演説でのブッシュ否定

そもそも就任演説からして徹頭徹尾、ブッシュ政権の否定でした。「私はブッシュ大統領がこの国のために尽くしてくれたその献身に感謝し、さらにこの移行期を通じて示してくださった思いやりと協力に感謝します」と丁重にあいさつした上で。ブッシュ政権の基本的な世界観や方法論、個別具体的な政策などを次々と否定していったというのは、箇条書きすると例えば——

・「私たちの経済はひどく弱体化してしまった。一部の人の強欲と無責任のせいではあるが、私たちみんなが全体として、新時代に向けて厳しい選択をして国を準備してこなかったせいでもあります」→オバマ氏は選挙戦中ずっと、経済危機は金持ちを優遇し、野放図な市場を規制しようとしないブッシュ経済政策が原因だと批判していた。

・「私たちのエネルギーの使い方は、敵を勢いづけて、この惑星を脅かしている」→ブッシュ政権は京都議定書から離脱し、ずっと長いこと地球温暖化を現実だと受け入れず、石油など化石燃料のせいではないという立場だった。

・「私たちが今日のこの日、ここに集まったのは、恐怖よりも希望を選び、対立と不和よりも、目的を一つにして団結することを選んだから」→ブッシュ政権は、国内における価値観の対立を強調し、かつテロ攻撃の脅威を強調し続けて、支持率を確保していた。

・「私たちの貴重な財産、崇高な理想とは、あらゆる者は平等で、全ての人が自由で、誰もが最大限の幸福を追求する機会を与えられる権利をもっているのだという、あの神から与えられた約束のことです」→ハリケーン・カトリーナ救済において貧しい黒人住民を事実上、無視したと批判されたブッシュ政権が、白人人口と黒人人口を平等視してきたとはなかなか言い難いと思う。

・「けれども、何もせずに済む時代は終わりました。つまらない利益を死守したり、不愉快な決断を先送りしたり、そんなことをしていられる時間は、確実に終わったのです」→これこそまさに、ブッシュ8年間への批判と否定かと。

・「科学を本来のあるべき地位に復権させ、医療の質向上と価格引き下げのために最新技術を駆使していきます。私たちは、自動車を走らせ工場を動かすために、太陽と風と大地のエネルギーを活用していきます」→ブッシュ政権は、胚性幹細胞研究などに消極的で、新エネルギーの開発にも消極的で、地球温暖化に関する科学者の議論になかなか耳を貸そうとしなかった。

・「私たちが問いかけているのは、政府が大きすぎるか小さすぎるかではなく、政府がきちんと機能しているかどうかです。国民がまともな給料の仕事を見つけられるよう、政府が協力しているかどうか。高すぎない医療サービスが提供できているかどうか。尊厳ある引退生活を提供できているかどうか」→これも全て、ブッシュ8年間の無策ぶりの批判かと。

・「富める者しか厚遇しない国は、あまり長いこと繁栄できないのだということも」→高額所得者への減税措置に代表される、ブッシュ経済福祉政策への批判かと。

・「国民の防衛について言えば、安全と理想は両立できないという主張は嘘だと断言し、拒絶します。この国の建国の父たちは、私たちには想像もできないような困難を前に、法の支配と人権を保障する章典を起草しました。そしてその後の世代が血を流して戦って、権利章典の中身を拡大してきました。そこで掲げられた理想はいまだに世界を照らしています。単なる便宜性を理由に、この理想を手放すつもりなど全くない」→国の安全という名目を掲げて基本的な価値観や道徳観を手放した具体例として、アブグレイブ刑務所やグアンタナモ収容所や、愛国者法に基づく盗聴などなど、安全保障を建前にした人権侵害は枚挙にいとまがない。ブッシュ国家安全保障政策の基本理念の否定。

・「いくら自分たちに力があるからといって好き勝手をしていいというものではないとも理解していた。その代わり先達たちは、力というのは賢明に使えばこそ育つものだと理解していました。国の安全は、国の主張の正当性や、規範としての説得力から生まれるものだと、謙遜と自制という穏やかな資質から生まれるものだと」→「単独主義」と呼ばれたブッシュ外交政策や、自国の安全保障を大義名分にした専制攻撃も正当化されるというブッシュ・ドクトリンそのものの否定。

・「腐敗と不正と批判意見の圧殺によって権力を死守する人々に申し上げる。あなたたちは、歴史に断罪される側にいる。しかしもし握っている拳を緩める気持ちがあるのなら、私たちは手を差し伸べるだろう」→これはたとえば北朝鮮への挑戦ともとれるが、目線を変えれば、ブッシュ政権が支援し続けたサウジアラビア政府や、パキスタンのムシャラフ政権のこととも言える。

・「世界は変わったのだから、私たちもそれに合わせて変わっていかなくてはならない」→「世界はアメリカについてこい」というのが、レーガン政権やブッシュ政権の基本姿勢だったが、それとは正反対の姿勢。ちなみに英フィナンシャル・タイムズの編集局長はこの部分が演説全体でいちばん良かったと絶賛。米大統領の発言として「謙虚で画期的」と評価していた。

・「私たちに今求められているのは、新しい責任の時代に入ることです。全てのアメリカ人が、自分たち自身への責任と、国への責任と、世界への責任を認識することが必要です」→アメリカの権利ばかりを主張していたような印象のブッシュ政権と異なり、「責任がある」と強調。しかも、「責任がある、責務がある」と強調するのは「政府になんでも解決してもらおう」といういわゆる悪しき怠惰なリベラル根性に釘を刺す意味もあるだろう。

○にこやかに全否定

けれどもこの就任演説の前、オバマ氏は朝からずっとブッシュ氏とにこやかに肩を叩き合い、談笑し、同じリムジンに乗って就任式会場に向かったのです。演説している間中も、当人はすぐ後ろにいたのです(ジョン・スチュワートはこれについて「何が哀しいって、自分がこきおろされるのを聞きながらブッシュは『うわあ、オバマったらクリントンのことボロクソ言ってるぜ』って喜んでたんじゃないかと思うんだよね」と)。

しかもこの演説をした後も、オバマ夫妻はブッシュ夫妻となごやかに談笑し、並んで立ち、ヘリで飛び去るブッシュ夫妻をにこやかに見送っていました。政治家の笑顔は怖い……と改めて感心した次第です。

こうして就任演説と最初の100時間で、オバマ大統領は私のようにブッシュ8年間を嫌悪してきた人間を喜ばせてくれました。そして24日、初の土曜定例のWeekly Address(日本メディアはこれを伝統的に「ラジオ演説」と呼んできましたが、今後は「ネット演説」と呼ぶようになるのか)で、雇用創出と教育・インフラ・医療の整備について、計画を具体的に語っていました。全文の翻訳はこちらです。

当然のことですが、100日の蜜月期間中にこの改革が実現できるわけでもなければ、成果が期待できるわけもない。しかし100日の蜜月期間が終わったときに、今の支持率68%という数字がどうなっているかを決めるのは、まさに景気・雇用・医療の改革に端緒がついているかだと思います。そこに向けてオバマ大統領は、就任から100時間も立たないうちに、具体策を国民に語り、そのために必要な法案を1カ月以内に成立させると約束しました。

就任直後の追い風に乗って、先手先手で国民に訴えかけていくことがいかに大事か、とことん理解しているオバマ政権。いよいよスタートです。


前回コラム「真のライバルを使いこなすかオバマ新大統領、いよいよ就任式」はこちら。
大統領選中のコラム「大手町から見る米大統領選」はこちら。

<筆者紹介>
加藤祐子(かとう・ゆうこ)
 ウォーターゲート事件や1976年大統領選の頃をニューヨーク の小学校で過ごす。オックスフォード大学国際関係論修士。全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイト「CNN.co.jp」で 2000年と2004年米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。


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