政治色ないアカデミー賞に見るオバマ政権の影響 コラム「東京から見るオバマのアメリカ」(6回目)
○白ドレスだらけのアカデミー賞
興味のない人にとってはこれほど興味のない大騒ぎもなく、興味のある人にとっては実に楽しい年中行事。それがアカデミー賞授賞式(以下、主にエンタメな話題にいちいち敬称をつけるのは鬱陶しいので、敬称略です)。
私はとても映画や演劇が好きだし、米英のポピュラー・カルチャーにも興味があるので、毎年のこのお祭り騒ぎを楽しみにしている。ただ今年は、大統領選中からこのコラムでは何度も紹介してきたジョン・スチュワートが司会ではなかったので、その分だけ自分の中ではちょっと盛り下がっていたのだけれど、それでも面白かった。ミュージカル・レビューみたいな演出も、注目していた俳優の受賞も。
そしてジョン・スチュワートはいない代わりに、やはり大統領選中からこのコラムでは何度も紹介してきたコメディアン、ティナ・フェイがプレゼンターとして登場。「私はティナ・フェイです」と名乗ったとき会場で湧き上がった大歓声に、私もテレビの前で参加していた。ほとんど9割方が民主党支持者で社会的リベラルの集まりだと思う客席は、おそらく大きな感謝をこめてティナ・フェイを称えたのではないかと、勝手に想像した。
ティナ・フェイは大統領選中、共和党の副大統領候補となったサラ・ペイリンをパロディで演じて、その「すごく変な感じ」をとことん浮き彫りにした。こてんぱんに、と言ってもいいくらい。あれは風刺という名の政治行動だったと言ってもいいくらい。ティナ・フェイ演じる「サラ・ペイリン」があったからこそ、ペイリン知事に対する世間の評価はあれだけ短期間にあれだけくっきり固まったのだと思う。そんなティナ・フェイに対して「ありがとう!」という思いを、米映画芸術科学アカデミーの会員たちは歓声で表明したのではないだろうか……と、私はつい想像力をたくましくした。
授賞式に垣間見えた政治性とは、これくらいで(しかも、かなり強引な解釈とも言える)。あとは司会のヒュー・ジャックマンが冒頭で「不況で予算がないから」と手作り感あふれるセットで歌い踊ったり、式典中程で「ホワイトハウスにもチェンジがあったのと同様、このアカデミーの上層部にもチェンジがあります」とアカデミー会長の交代に言及したくらい。
そんな中でなによりもはっきり感じられた「政治性」というか「政治関連なこと」は、ミシェル・オバマ大統領夫人の影響力だった。もっと言えば、そのファッションセンス。つまりは、就任式当日の夜に舞踏会で披露したあの真白なドレス姿。ウェディングドレスみたいとも、お姫様ルックとも、高校のプロム(ダンスパーティ)ドレスみたいとも言われた、あれ。あのドレス姿の影響力を、今回のアカデミー賞授賞式でひしひしと感じたのだ。
どの女優も「ミシェルをまねした」とは口が裂けても言わないだろうが、あのドレス姿が今年1月20日に世界中に発信され、あちこちで話題になったのは事実。そしてドレスをどうするか考えてる女優たちがテレビを見ながら「……白ね……なるほどね」と思ったとしても、それはそんなに荒唐無稽な話ではない……と、言いたくなるくらい、今年の授賞式では白いドレス、あるいは白いお姫様ドレスが目立った。
たとえばこちらやこちらやこちらという具合に、もうあちこちで特集している。「白だらけ」と。
助演女優賞をとったペネロペ・クルスのドレスを筆頭に。プレゼンターだったサラ・ジェシカ・パーカーとか(実際は純白というより薄いミントグリーンだったそうですが)。助演女優賞候補だったマリサ・トメイとか。たっぷりフルスカートではなくストンとしたラインのマーメイドドレスでも、実に白いドレスが多かった(前述のティナ・フェイも)。
さらに言うなら、奇跡のようなカムバックで主演男優賞候補になったミッキー・ロークまでもが、生まれ変わったかのような真白に身を包み……(ジャンポール・ゴルティエのデザインだそうです)。
なんですかこの、「花嫁だらけ」な今年のオスカーは。自らファッション・アイコンであるはずのハリウッド女優たちが、(意識的にか無意識にかは別にして)時のファーストレディの真似をする。これは実に、(ジャッキー・ケネディ以来の?)久々のことだろうなあと思う。今をときめく美人女優たちが、ローラ・ブッシュやバーバラ・ブッシュやヒラリー・クリントンのドレスをヒントにする光景は……あんまりうまく想像できないし。
○アカデミーに政治色はもう要らない?
それにしてもこの、実質的な意味での政治色のなさは、ここ数年の授賞式との何という違いか。オバマ政権になって嬉しくて、もはや政治的なメッセージは不要だということか。03年3月、イラク戦争開始3日後の式典で、『ボウリング・フォー・コロンバイン』で受賞したマイケル・ムーアが壇上から「ミスター・ブッシュ、恥を知りなさい」と政権を痛烈批判したような、ああいう光景は、もう当分は見られなくなるということか。
たとえば一昨年の授賞式は、司会者からしてエレン・デジェネレス。女性で、同性愛者だと公表しているコメディアンだ。アメリカの政治文脈では、その存在自体、あるいは人選自体が「政治的」と言われても仕方がない人。そしてその時の式典では、アル・ゴア元米副大統領(当時はまだ「前米副大統領」だった)の『不都合な真実』がノミネートされていたこともあり、レオナルド・ディカプリオがゴア氏に「この場で何か重大な発表はありませんか?」と問いかける、こんなやりとりがあった。
2年前のこの記事を読み返して「そうだこのころはまだ、そんなこともまことしやかに言われていたなあ…」とつい遠い目に……。ちなみにこの頃はまだ、オバマ氏が2週間ほどまえにようやく正式出馬表明をしたばかりで、民主党候補はヒラリー・クリントン上院議員(当時)で決まりだと誰もが思っていた。
そして昨年はまさに大統領選イヤー。そのせいだからか何なのか、司会者は(このコラムでは)おなじみジョン・スチュワート。よって、政治ジョークが出ないはずもなく。
「夫のことを忘れてしまった妻」を描いた映画にひっかけて、「ヒラリー・クリントンいわく、今年一番の癒し系映画だって」とクリントン夫妻をからかい。アカデミー賞80周年にひっかけて「オスカーは80歳だ。つまり共和党大統領候補の最有力というわけ」とジョン・マケイン氏をからかい。さらに、「民主党は今年、歴史的な大統領レースを展開している。大統領がアフリカ系か女性ということは、小惑星がもうすぐ自由の女神に衝突するはずだ」とからかい。ジョン・スチュワートの真骨頂だった。
録画しておいたこの昨年の式典を昨夜、1年ぶりに見直してみたのだけれども、なんだかもう隔世の感があった。客席の顔ぶれがごっそり変わっているのは当然にしても(けれども今年は、大御所ジャック・ニコルソンがなぜか客席に不在。トム・ハンクスもいなかった。そしてジョージ・クルーニーがいないと思っていたら、実はホワイトハウスでオバマ大統領と会談していたそうな)。このときは本当にまだ、誰が次の大統領になるのか本当にわかっていなかったんだよなあ、クリントンやマケイン両氏がネタにされているなあ……と。
○ブッシュ8年間に選ばれた作品賞は
そして今年。前述のように、ほとんどといっていいほど政治性がなく。この違いは何なんだろうと考えるにあたって、アカデミー賞とアメリカ政治の関係性を詳述したフィナンシャル・タイムズのこの記事はとても示唆的だった。どういう大統領がホワイトハウスにいるかによって、どういう映画が作品賞に選ばれるかがこれほど違っているとは、改めて言われるまで気づかなかった。
政治とオスカーの比較をこの記事は「グラディエーター」が作品賞に選ばれた2001年2月で終えているけれども、さらにその後、「9/11〜アフガン侵攻〜イラン戦争」と続いたブッシュ時代の作品賞を並べてみる。2002年2月に発表された2001年作品の作品賞は『ビューティフル・マインド』。02年の作品賞は『シカゴ』。03年は『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』。04年は『ミリオンダラー・ベイビー』。05年は『クラッシュ』。06年『ディパーテッド』。そして昨年2月に発表された07年の作品賞は『ノー・カントリー』。
この作品の羅列から、どういう時代性を読み取ることができるだろう。たとえばこんな解釈、こんな物語はどうだろうか——。
「映画芸術科学アカデミーは、ブッシュ大統領の誕生を古代ローマの勇者『グラディエーター』でもって称えたのだが、9/11直後には苦悩する天才の物語を選んだ。そして9/11の悲劇とアフガン侵攻にひたすら苦しんだ後の2002年には、苦しみから逃避するかのように、明るく華やかだけれども実は皮肉に暗いミュージカルを選んだ。
「イラク戦争が始まった年の作品から選ばれたのは、『ロード・オブ・ザ・リング』。現実から逃避するかの如くファンタジー映画を選んだとも言えるし、あるいは別の見方をするなら、世界中の善なる軍勢が絶対悪と死闘を繰り広げて大勝利を収めるという、勧善懲悪的な物語に示唆と救いを求めたとも言える。
「けれども敢然と世界の悪に立ち向かうのも、これが限界。史上最多受賞の『ロード・オブ・ザ・リング』を頂点に、ブッシュ政権の再選を経て、アカデミーはどんどん意気消沈していく。外交も内政も混迷し、アメリカの世界的評価がどんどん低下していくなか、アカデミーが選ぶ作品も再び内向きに、懐疑的になっていく。普通の市井の人々が苦しみ戦い、分断を乗り越えようとする姿を描いた作品が、2年続けて作品賞に選ばれる。続く06年の作品賞も(もとは香港映画だったが)アメリカ国内を舞台に人々の裏切りと対立と犯罪を描いたもの。さらに言えば作品のテーマもさることながら、『無冠の巨匠』を今のうちに戴冠しておかなくてはという焦りすら感じられた。
「そして昨年、いよいよブッシュ政権があと1年で終わるという年。暗い苦しみや流血の物語ばかりがノミネートされたこの年、アカデミーは悲惨で虚しい殺人の物語を選んだ。荒廃していく世の中にあって無力を噛み締める男の物語。そして荒涼たる乾いた土地を血で濡らしながら、男たちがさ迷い、お互い狩り狩られる物語。これはある意味で過去8年間のアメリカそのものだった。しかし何よりも示唆的なのはこの苦しい物語が最後に、寒い暗い闇の中で『暖かな火をともし、家族を待つ』というイメージを提示して終わったことだ。『月のような色をした火』を父が息子のために必ず灯してくれる、と。長いこと血にまみれ荒れ地をさまよったアメリカが、ついに暗闇の中でほのかな希望の光を見いだしたのだ。そうやって終わった『ノー・カントリー』を選んだアカデミーは、そしてアメリカは、それから半年余り、じっと『オバマ大統領』の誕生を待ったのだった」
<このコラムのバックナンバー>
オバマ大統領、初の大記者会見はちょっと辟易とした大学の先生のようで(2009年2月10日)
「ヘマをした」と認めるオバマ大統領の潔さ(2009年2月5日)
オバマ氏が勝ち取った「バラクベリー」の気苦労(2009年1月30日)
「オバマ大統領最初の100時間、まるで平和的革命のような」(2009年1月26日)
「真のライバルを使いこなすかオバマ新大統領、いよいよ就任式」(2009年1月19日)
大統領選中のコラム「大手町から見る米大統領選」はこちら。
<オバマ大統領の土曜定例ネット演説>
<筆者紹介>
加藤祐子(かとう・ゆうこ) ウォーターゲート事件や1976年大統領選の頃をニューヨーク の小学校で過ごす。オックスフォード大学国際関係論修士。全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイト「CNN.co.jp」で 2000年と2004年米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。
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