昨年、福岡ソフトバンクホークスから4位指名を受けた小林 珠維(東海大札幌出身)。小林は最速153キロの速球を武器にする速球派右腕だったが、福岡ソフトバンクは野手として小林を指名した。そんな小林について高校の恩師・大脇 英徳監督に伺った。

プロにいける選手だからこそ甘やかすわけにはいかなかった

高校時代の小林 珠維

「最初からプロに行かせたい選手だと思いました」
と大脇監督は小林の素質の高さを絶賛する。札幌新琴似シニア時代に全国出場を経験しており、1年春から137キロ程度投げており、他の同学年の投手と比べても抜けていた。だからこそ、甘えを許さなかった。大脇監督は2年夏にベンチ外を決める。
「普段の練習の取り組みから甘さがあったんです。プロに行ける選手だったからこそ、ここ(東海大札幌)で甘やかすわけにはいかないと思ったんです」

 

 このベンチ外の経験により、2年秋の小林の練習の取り組みは、大脇監督の目からも「変わってきた」と一変。最速146キロを計測し、道内でもトップクラスの投手へ成長。そして支部予選で敗退したことでオフのトレーニングに懸命に取り組み、球速アップ。2019年2月頃の取材で小林は、「絶対に全道大会出場。そしてプロ野球選手になりたいです」と強く意気込んでおり、大脇監督も「俺は将来絶対プロに行くんだという目標が定まってきた。進路への意識がこれまでの取り組みを変えてきています。目標がはっきりしたことが本人が変わりつつある大きな要因です」と小林の心身の成長を認めていた。

 そしてその小林をさらに成長させるエピソードがあった。それが昨年4月に行われた高校日本代表候補による研修合宿だ。小林は道内で唯一選出されていた。この合宿では佐々木 朗希(大船渡-千葉ロッテ)、奥川 恭伸(星稜-東京ヤクルト)など、その後、6人のドラフト1位も登場する豪華な合宿だったが、小林はそうした選手たちを目の当たりにして、改めて自分の実力不足を痛感した。大脇監督は合宿が終わってからの心身の変化をこう語る。

「2年秋から変わってきたのは確か。ただ、こちらから指導をしても『なんだこの野郎』みたいなところはどうしてもありました。しかしこの合宿が終わってから、急に『オレも佐々木たちみたいな選手になる!』と思って帰ってきたんです。やはり自分の未熟さを思ったと思います。本人は佐々木投手の前後で投げていたのもありますし、ますます感じたといいます」

 実際にあの研修合宿にいたスカウトたちは佐々木の剛速球に興奮している様子だった。
 小林も140キロ前後の速球を投げていたが、どうしても物足りなさを感じてしまうのは明らかだった。ここから小林の取り組むレベルはさらにワンランクレベルアップした。

同学年のライバルを見て心身が急成長。そして最後の夏の見逃し三振を糧にして

小林 珠維 

 大脇監督はここまで練習の取り組みが変わるのかと驚いたという。
「1球に対する集中力、執着心を持って行うようになりましたね。たとえばグラウンドでアップする一歩目、ランニング1つも変わりました。走っている時に姿勢を意識したり、投球練習時は体重移動を意識したりしていました。 そういった小林の姿を見て、『こんなに変わるんだ』と思ったくらいです。本当に『心が変われば』と言うのは、このことなんだと思いましたね」

 こうして小林は最速153キロをマークするようになり、その力でも試合に発揮できるようになり、豪快な打撃も発揮しつつあった。しかし最後の夏は南北海道大会準決勝で敗退。甲子園出場はならなかった。特に準決勝の札幌国際情報戦は小林にとって悔しい打席があった。

「9回に回った打席でど真ん中の甘いボールを見逃して三振に倒れたんです。それがあいつの弱さというところで、良いことばかりではなかった高校野球を胸にプロに行けたのは良かったと思います」

 いわゆる詰めの甘さは本人も大脇監督も最大の課題だと捉えていた。
「普段からあいつの課題でしたので、それを克服しようと取り組んできました。
 それまでもホームランを打ったりと、活躍はしましたが最後の場面で真ん中のボールを見逃し三振。プロの舞台では同じ失敗をしないように、忘れて欲しくない三振ですね。
 それこそ真の実力のある選手ならば、真ん中のボールを、ホームランにできています。その1球を逃した高校時代の反省として今後に生かしてほしいですね」

 夏が終わり、小林は投手メインで練習をしていたが、ドラフト会議ではなんと野手として指名だった。これは大脇監督にとっても驚きだった。

「ビックリですね。ソフトバンクのスカウトの方だけ『ウチは野手での評価だ』と言われていたんです。だから公式戦で内野はやったことありますが、本格的にやるのはプロからですね。打者・小林は飛ばす力は凄いものを持っています。

 実はいうと、他球団から投手がだめならば野手でという話があったんです。だから小林は投手で活躍を目指していたと思います。驚いたのは4位で指名されたことですね。5,6位からなと思っていましたし、ソフトバンクさんも良いところをどんどん伸ばせる自信があったと思って野手で指名したと思いますし、凄いなと思いましたね」

 小林は研修合宿など様々な経験を通して、取り組みを変え、プロ入りの道を叶えた。小林の何かを感じて、上達するために、自身の取り組みを工夫するようになったのは、大脇監督が2年夏に行った「ベンチ外」が始まりだったといえる。

 大脇監督の願いは「人として育つこと」。それこそがプロでの大成へつながる第一歩なのだ。

(取材・文=河嶋 宗一)

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