今年の健大高崎のエース・下 慎之介。長身から繰り出す140キロ前後のストレート、切れのあるスライダー、チェンジアップを武器に全国的な活躍を見せる大型左腕である。多くの好投手が集まる健大高崎だが、中学時代からエリートというわけではなく、同学年の投手では下からのスタートだった。

投球フォームで試行錯誤したが、2年春で自分にあう投球フォームを見つける

下慎之介(健大高崎)

 2月中旬の取材日。
 下のピッチングはエースを感じさせるものだった。強く踏み出してから、130キロ前半のストレートを投げ込む。シート打撃でマウンドに登れば、切れのあるストレート、スライダーで打者を翻弄する投球は見事だった。

 そんな下の歩みを振り返ると、小学校2年生から野球をはじめ、佐野スラッガーズに入団。小学校時代は投手として活躍し、高崎ボーイズに入団するが、エースとして活躍したわけではなく、最速139キロ右腕・大塚玲生(健大高崎)のほうが実力は上だったと振り返る。健大高崎に進んだのも、高崎ボーイズの先輩がいたからだった。

 入学当初は126キロ。同じ学年には侍ジャパンを経験した朝井 優太などがいて、「自分はベンチ入りできるかなと思いまして、この学年で、左腕は僕だけなので、そこを生かして辛うじてはいれるのかなと思っていました」

 同期に追いつくために球速アップを課題に掲げ、トレーニングやフォーム改造に取り組むが、なかなか球速が速くならない時期が続いたが、2年生になって、ようやくヒントが見つかる。投球フォームの発想を変えたのだった。

 「それまではスムーズな体重移動を意識して、足を上げたらすぐに下して、投げる癖がありました。そうではなくて、しっかりと右足を一本足で立ってから投げるように意識しました」

 このように意識したのは、フォームについて考えているうちに1つ1つの動作を細分化しながら考えるようになった。足上げ、テークバック、リリース、フィニッシュ。その中で、最も大事になったのが、最初の足上げ。ここで右足をバランスよく上げてから投げることで、これまでにない感覚を得た下は一気にスピードアップ。
 「2月夏までの練習試合は投げていくことに球速が上がっていく感じがありました」

 2年夏の大会前の練習試合では最速138キロを計測。好投が認められ、2年夏はベンチ入りを果たす。
 しかし初戦の高崎商大附戦でリリーフ登板したものの、相手打線の勢いを止めることができず、初戦敗退となった。

 「この試合は、投げていた時は三塁側から相手のスタンドの応援の圧がすごくて、頭が真っ白な状態で投げていました。試合が終わったときは何かよくわからないままで、そしてベンチに戻った瞬間に泣いた記憶があります」

 新チームはグラウンドが戻った後に始動。二度とこんなところで負けない気持ちを新たにスタートを切ったのであった。

球数制限は自分の投球レベルを大きく高めるきっかけになった

明治神宮大会、白樺学園戦で先発した下慎之介

 新チームではエースを奪うために、練習試合から懸命にアピールを続けた。また、2年生になってから1週間に球数100球以内というルールが設けられた。このルールは下の投球術のレベルを高め、全国レベルの左腕へ昇華させるきっかけとなった。投球練習の向き合い方が実戦を意識したものとなった。

 「中学の時は調子が良ければ、20球ぐらいで済ませていました。調子が悪いとしっくりいくまで100球以上投げていました。今振り返れば漠然とした投球練習だったと思います。今では3球1セット、5球1セット。そしてカウントを設定して投げます。このカウントから初球はカーブから入ろう。ストレートから入ろうとか、実戦で投げるイメージです」

 そうすると好不調に関わらず、いつでも自分の実力を発揮できるようになったという。
 「以前は調子の良し悪しで内容が変わる感じでしたが、今では調子が悪くてもコースで投げられますし、試合を作れるようになりました」

 試行錯誤を重ねながら関東大会まで勝ち抜き、そして関東大会の1回戦の常総学院戦では思うような投球はできなかったが、試合後、青柳博文監督から「闘争心を持って投球をしなさない」とアドバイスを受け、西武台戦では10安打浴びながらも2失点完投勝利。そして準決勝の東海大相模と対戦。
 下は「全国トップレベルの強力打線。打たれて当たり前だと思ったので、思い切って攻めようと思いました」と開き直って、打者の懐へストレート、スライダーを投げ込んだ結果、6安打2失点完投勝利。明治神宮大会でも3試合に登板して、防御率0.90の好投を見せ、評価を上げた。

 だが、神宮大会のピッチングについては「まだよくないです。結構たたきつけるボールも多く、内容は良くないと思っています」と振り返る。

 神宮大会の好投を機に、ドラフト候補として注目され、本人も小さいときから夢として描いていたプロ野球選手。その目標実現のために、この冬は球速アップを課題に掲げ、取り組んできた。

 「ストレートは最速145キロ、常時140キロは投げたいと思っています。スピードはすべてではないですけど、最速を高めていけば、平均球速は速くなっていくと思うので、それを目指していきたいです」

 この選抜では自身の野球人生をかけた大会だった。それは潰えてしまったが、まだ夏は続く。来る春の県大会、そして県大会を勝ち進めば関東大会。そして夏。与えられた試合で、全力で自分の成長をアピールするのみだ。

(記事=河嶋 宗一)

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