毎年、茨城県内でもトップレベルの好投手を育成する常総学院。その中でも最速150キロを誇る速球派右腕・菊地 竜雅に多大な注目を浴びている。甲子園中止が決まり、甲子園デビューはなくなったが、それでも独自大会での投球に注目が集まる。

 中学時代から130キロ後半の速球を投げる才能を持っていた菊地にとって常総学院の3年間は投手としての基礎を身に着ける重要な期間だった。そんな菊地の歩みを振り返っていく。

ストイックな先輩投手に影響を受けて、取り組みを変える

菊地竜雅(常総学院)

 菊地にこれまでの取り組みを聞くと、投手というポジションが大好きで、その上達のために、貪欲で探求心豊かな選手ということが実感させられた。これまでの歩みを振り返ると、1つ1つの出来事をしっかりと受け取って、次に生かす行動力を持っている。

 小学校1年生の時、野球好きだった父の影響で、野球をはじめ、投手人生は小学校3年からスタートした。その時から常総学院に対しての憧れは持っており、2013年のエース・飯田 晴海(東洋大-新日鉄住金鹿島)は投手としての理想像だ。

 「投球術だけではなくて、牽制技術も抜群に上手くて、本当に憧れました」

 そして守谷中に進むと、茨城の中学硬式の名門・取手シニアに入団した。そこでは卒業後、加藤 公翔(中央学院)、渡辺貴斗(関東一)、明石龍之介(横浜)など強豪校でプレーする仲間に揉まれながら、メキメキと頭角を現していき、中学3年には130キロ後半の速球を投げられるまでに成長。憧れだった常総学院にも声をかけられ、進学を決めた。

 1年から140キロ近い速球を投げられ、同期の中でも抜きんでた実力を持っていた菊地。それでも先輩投手の投手のレベルの高さを実感していた。その中でも最も衝撃を受けたのが塙 雄裕(法政大)だった。

 「確か関東大会後の練習試合だったと思うんですけど、その時の塙さんのストレートの切れが本当に凄くて。人生で見てきた中で一番すごいストレートだったと思っています。150キロを超えるストレートがなくてもあれほどの切れのあるストレートを投げることができれば抑えられるんだなと」

 また菊地は塙から取り組み面でも影響を受けていた。塙は長く肩の故障で苦しんでいた時期があった。復帰するためにリハビリに励む塙の姿を見て菊地は「本当にストイックな方だなと思いました。自分が決められたメニューを1つずつこなしていく。自分は走ることが苦手でしたが、復帰のために走っている塙さんを見て、自分もやらないといけないと思いました」

 そして1年夏には最速140キロ、1年秋には最速144キロと順調にステップアップをしていた。

二度の関東大会敗戦を力に変えて

菊地竜雅(常総学院) 

 登板機会も増えた1年秋、さらに成長のきっかけとなった試合が訪れた。それが秋季関東大会の桐蔭学園戦だ。7回裏からマウンドに登り、1回を無失点に抑えるものの、8回裏、先頭打者に四球を与えたところで降板。その後、後続の中妻 翔が抑えて記録上は無失点だったものの、もう少ししっかりと投げていれば逆転負けはなかったという悔いは残った。そして同時に現在の投球スタイルの未熟さを実感した。

 「力任せで投げていましたし、上半身だけで投げている投球フォームでした。そこからフォームの見直しを行い、腕が遅れすぎず、開き始めるのが遅いフォームを追求してきました」

 冬のトレーニングや、フォームづくりが実り、2年夏には最速150キロに到達。菊地は「コントロールの改善、フォーム改善がメインだったので、コントロール重視で思いのほか、球速が出ていて驚きました。1年秋の関東大会のピッチングは悔しかったんですけど、逆にそれがなければ課題が見つからないまま夏を迎えていたので、良かったと思います」と失敗を前向きに取り組んだ結果が夏の活躍につながった。

 そして自分が中心投手となった2年秋。獅子奮迅の活躍を見せて、センバツ甲子園出場を果たす思いでスタートしたが、調整がうまくいかず、思うように投げられない日々が続いた。

 昨秋の関東大会・健大高崎戦でも登板することなく、敗退が決まった。菊地は自分の準備不足を悔やんだ。
 「夏の大会が終わった後にケアをしっかりと行わず、投げられない部分がありました。投げられないまま終わってしまったことについて、自分の未熟さを感じた試合でした。冬場では、投球練習をする機会があれば、より入念にケアを心掛けるようになりましたし、トレーニングについても走ることや1つ1つのメニューをもっと丁寧にこなしていこうと思いました」

 冬の練習では打撃投手もかなりこなし、実戦感覚も養ってきた。充実した内容で春に入ったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、活動が自粛に。自宅に戻っては短距離、長距離のランメニュー、取手シニアのグラウンドで帰省してきた仲間たちとともに練習を行い、ある日はゲーム形式の練習を行い、菊地がマウンドに登って投げるなど、調整を続けてきた。

 また、山本 由伸(都城出身)のジャべリックスローの映像を見て帰省中に器具を購入。このトレーニングでで肩甲骨回り、胸郭の柔軟性を鍛えてきた。そして自粛が明けると、元プロで、同校OBの島田直也コーチの指導で順調な調整を進めてきた。島田コーチからは投球術、クイック、変化球などあらゆることを教わっているが、調整法として、無理に投げない日を設けるようにしている。

 「少し投げないほうがいいなと思う日は申告して、その日はトレーニングをするようにしています。その前からずっと話をして、投球練習がする日もしない日も決まっており、しない日は自分の調整のためにトレーニングに集中できるので、だいぶ調整がしやすくなりました」

 その結果、練習試合でも登板を重ね、順調に調子を上げてきている。また、7月5日の水戸葵陵戦では5回2安打7奪三振無失点の好投を見せたが、やはり今までの菊地と比べると成長した姿が見えた。強い雨が降っていたため、全力投球はせず、コントロール重視の投球。そのため最速は140キロ程度だったが、持ち球のスライダーを内角、外角へしっかりと投げ分けをしながら打者を抑えていた。

 また千賀 滉大のキックバック投法も参考にしている菊地はその動きを実践。力任せで投げていた時と比べると、格段に実戦力の高い投手へ成長していた。

 7月18日の初戦へ向けて、調整する日々が続く菊地。独自大会へ向けて、こう意気込んだ。
 「甲子園がないのは悔しいですけど、大会があることだけでも嬉しいので、2年半のすべてをぶつけられればと思います」

 これまであった悔しい経験をしっかりと糧にして自身の取り組みを改めながら、剛速球以外のスキルを高めていった菊地。その集大成をこの茨城独自大会でぶつける。

(取材=河嶋 宗一)


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