将棋の藤井聡太七段(17)の進撃が再び国民的関心事になっている。6月に入って棋聖戦、王位戦の挑戦権を連続で獲得。同時進行となるタイトル戦で渡辺明棋聖(36)=棋王、王将=、木村一基王位(47)のいずれかを破ると史上最年少でのタイトル奪取となる。過酷な日程の中でも強さを見せる藤井将棋における進化の象徴とは何か。藤井流タイムマネジメント術を考える。

 過酷を極める日程の中で大一番を制し続けている藤井は23日夜、王位挑戦権獲得後に言った。「さらに対局が続くことになりますが、どの対局もしっかり臨みたいです。睡眠をしっかり取りたいです」。蓄積した疲労も、摩耗した心も感じさせない表情と声。むしろ、一晩眠ればさらに強くなっていそうな恐ろしささえ抱かせる。

 新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言の影響で4、5月の遠征対局が延期された。対局から遠ざかった藤井だったが、再開後の6月は一転して超過密スケジュールになった。

 特に棋聖戦は準決勝から挑戦者決定戦が中1日、挑決から5番勝負第1局までが中3日。棋史において例のない間隔で重要局が続いたが、気がつくと藤井は佐藤天彦九段(32)、永瀬拓矢2冠(27)、渡辺棋聖という最強クラスの3人を連破していた。第1局の先勝後、日程の厳しさを問われると「ここまで対局が続くのは今までなかったことなので、体調管理に気を付けて休む時は休む、という気持ちでした」とだけ淡々と明かした。「休む時は休む」と言えるくらいの十分な休息を取る時間など、もちろんない。

 通常、棋士の対局は週に1局程度。対局後は次局の相手の棋譜を研究し、最新型の流行を精査し、勝負を仕掛ける「用意の一手」を準備する。ところが、中1日で周到に事前研究を尽くすことなど不可能で、実戦の未知なる局面で導き出す選択こそが勝負のカギを握る。分岐点で正しい選択をするために必要な要素のひとつは、言うまでもなく「時間」である。

 6月に入って以降の藤井将棋の特徴は「中盤での長考」にある。勝負所で惜しみなく時間を投入するスタイルが以前よりも顕著になった。そして、長考の果てに選んだ一手が形勢を損ねた例は、信じ難いことに一度もない。

 【中盤の長考1】

 《4日・棋聖戦挑戦者決定戦》(持ち時間はいずれも各4時間)

 中盤で激しい順に踏み込んだ永瀬2冠に対し、46分の長考をした。一時、持ち時間は永瀬1時間34分、藤井16分という大差になった。長くなりそうな終盤戦を前にして、永瀬を相手に残り16分というのは普通の棋士には選べない道だが、藤井は時間を確保するよりミスをしないためのジャッジをした。その後、逆にペースを握ると、終盤を正確に指し続けて勝利。長考が最善の選択だったことを証明した。

 【中盤の長考2】

 《8日・棋聖戦第1局》

 渡辺棋聖との一進一退の攻防が続いていた中盤。攻めを渋く受ける2手を42分、30分と連続長考。やはり持ち時間は渡辺1時間56分、藤井39分と開いたが、差を付けられずに終盤に持ち込むことが何よりも重要という判断だった。終盤の激闘の末、勝利を拾った。

 【中盤の長考3】

 《23日・王位戦挑戦者決定戦》

 中盤、手持ちの角を打ち込む一手に1時間36分の長考。またも永瀬2冠に持ち時間で常にリードされたまま残り3分まで切迫する展開になったが、形勢を握ってからはノータイムで最善手を指し続けて再び勝利を飾った。

 棋士養成機関「奨励会」時代の持ち時間は各90分(初段〜三段)のため、棋士になった直後の若手は長い持ち時間に慣れていない。1時間以上も余して終局することもある。逆に、長く考えることによって思考が混乱したり、直感で導いていたはずの最善手に対し、疑心暗鬼に陥ってしまうケースもある。

 ところが、わずかデビュー4年目の藤井はあらゆる設定の持ち時間にいずれも対応している。早指し戦でも滅法強いが、長い将棋でのミスの少なさも特徴だろう。超人的な終盤力を誇るため、形勢を握ってから最後に仕留めるために時間を長く残しておくことは、他の棋士より優先順位としては低い。だから、中盤戦の勝負所での長考をいとわない。自分の長所を理解した戦いを実践しているのだ。

 王位挑戦権を得た直後、7番勝負での持ち時間について明確な言葉を残した。「持ち時間8時間は指したことがないので、ゆっくり考えられるのは楽しみです」。過去最長は順位戦の6時間。8時間は未体験の領域となるが、藤井にとってはさらに将棋の底に潜るための至福の時間になるのかもしれない。だから「楽しみ」という言葉が口をついて出る。

 28日、勝てば初タイトルに王手を掛ける棋聖戦第2局に臨む。中2日の7月1日には王位戦が開幕する。藤井は充実しているが、迎え撃つタイトルホルダーも棋界の頂点に君臨する2人だ。渡辺棋聖は平成後期における現代将棋のトレンドを築いた棋士。第2局は先手番でもあり、さらに存分に力を発揮するだろう。木村王位は「千駄ヶ谷の受け師」の異名があるように「受け(守備)」の棋風で、藤井が今月戦ってきた棋士たちとは盤上の個性が異なる。王位が土俵に引きずり込む展開も度々見られるに違いない。

 史上最年少タイトル獲得へと疾走する17歳は、形勢を分ける中盤戦でどのように「時間」を操るのか。そして、選び抜いたのはどのような一手なのか。中継画面にも表示される「時間」は、真夏の連続挑戦を見守る上で明確な指標になるだろう。(北野 新太)