【あの人・セカンドステージ】美人すぎる市議、佐野美和 年商5億円社長になっていた〈その1〉

【あの人・セカンドステージ】美人すぎる市議、佐野美和 年商5億円社長になっていた〈その1〉

 かつて「美人過ぎる市議」として注目を集めた元東京・八王子市議の佐野美和さん(50)は、年商5億円の会社社長に華麗なる転身を遂げていた。一方で、政治キャスターとしても精力的に活動。全力で駆け抜けた市議時代、都議選落選で途方に暮れた日々など自身の半生と充実した現在を語った。

 東京・赤坂に事務所を構える年商5億円の広告代理店を率いる一方、YouTubeなどで配信する「会いに行ける国会議員 みわちゃんねる 突撃永田町!」キャスターとして政治家の素顔を引き出す佐野さん。これまでにインタビューした人数は500を超える。

 「議員を辞めてからの目標がビジネスとキャスターでした。国会議員にインタビューするにあたって、引け目を感じないように(国会議員の)歳費(当時約2400万円)より多く稼ぐのが目標でしたが、結構早くかないました。皆さん印象的ですね。“それぞれ”が“それぞれ”なので」

 短大在学中にフジテレビ系深夜番組「オールナイトフジ」にオールナイターズとしてレギュラー出演。その後、ラジオ番組の放送作家などを経て25歳から広告代理業を始めた。92年ミス日本に選ばれた後、もともと関心のあった政界への挑戦を真剣に考え始める。28歳の時、八王子市議選に無所属で出馬し、当選。「美人過ぎる〜」の元祖となった。

 「みんな忘れてて、誰も言ってくれないんですよ(笑い)。あの頃は地下鉄サリン事件があって、一番スポーツ紙が売れていた時期。スポーツ紙に出ることが政治活動の一環でした。影響力もあった。私には組織がなくて浮動票しかなかったので、スポーツ紙に2期当選させていただいたと思っています」

 上西小百合氏や秘書に暴言を浴びせたとされる豊田真由子氏。世間を騒がせる女性衆院議員を、どう見ているのか。

 「上西さん? これからタレントさんとして生きていくならアリなやり方かなと思います。落選するとビックリするぐらい(周りから)人が去っていきますから。(議員)バッジを付けると自分は特別だって意識がつい出ちゃうんですよね。有権者も『キレイね』『若いわね』と褒めたりするわけで。女性議員のお騒がせは全部勘違いから。バッジを付けてる期間より外してる期間の方が人生長いので、人間として恥ずかしくないように生きてほしいと思いますね。バッジを付けてるから特別だ、とか、こういう主張をする、とかはやめた方がいい。私が恥ずかしいことをしてきましたから(笑い)」

 キャスター業について。

 「楽しくてしょうがないですね。おかげさまで皆さんよく私に会って下さいます。『笑っていいとも』みたいに紹介でやるので(キャスティングは)偏らない。昨年は共産党さんがずっと続きました。政策ではなく、横顔的なことを聞くようにしていますね。昔、“床屋談議”と言われてましたが、それを目指しています。ずっと共産党さんと公明党さんは出てくれなかったので『みわちゃんねる』が認められてきたのかなと」

 市議出馬当時、地方政治に関わる若い女性は皆無に近かった。

 「いても革新系だったり特定政党。そこに風穴を開けたな、と思っています。若くて政治をやりたいけど、どうしていいか分からないって人は潜在的にいっぱいいたと思うんです。そういう人たちが手を挙げられる道は作ったかな、と。1人で飛び込んでいって、体制派と戦ったと自負しています。『命短し、恋せよ乙女』じゃないですけど、全力投球しようと思っていたので、朝5時に起きてお化粧するのが楽しかったですね。今日も駅に立って何枚チラシを配って…と。今、八王子の方に『あの頃の議事録を見ましたよ』って言われることがあってうれしいですね。センテンスを短く、どうしたら市民に受け入れられるかと考えて(議会で)質問もしていたので」

 先輩市議との“バトル”もあった。

 「当時はあえてケンカしていくのもスタイルでした。文句を言われれば言われるほど『やってやる』と。バトルしてスポーツ紙に取り上げていただいたりしましたが、問題提起みたいな気持ちでやってました。今思えば若いというか。地方政治は市民と“ベタ”に付き合っていかないと票は入らないので、やっていたことはすごく“ベタ”。毎朝駅に立ったり…。政党に入ってなかったので、会合も人より少なかった。その分、有権者と会おうというのがポリシーでした。堂々としていた? そうじゃないと潰されるので(笑い)。バッジを付ける期間は、きっと長くないって分かってたんですよ。初めは駅に立つのも恥ずかしかった。恥ずかしさとの戦いでした」

 90年前後には社会党・土井たか子委員長を中心とした女性の政治参画“マドンナブーム”が起こったが、疑問に思うことも。

 「マドンナブーム…。私はちょっとおかしいんじゃないかな、と思ってました。それはなぜかと言うと、党の操り人形で、マドンナと言っても党首の駒の1つに過ぎない。私はそれは面白くないと常々思ってたんです。当時の女性議員は、男性に支配されている女性が多かった。自分の好きな人が右寄りなら右翼になってしまう人とか、左寄りなら左翼になってしまう人とか。非常に女性は男性に従順だな、と思って。私はそうじゃないと。自立している日本の若い女性として無所属で出馬して、ちょうど無党派層と相まって当選させていただきました」

 2期6年市議を務め、都政を目指して2001年の都議選に立候補。しかし、自民党総裁に就任した“小泉(純一郎元首相)旋風”は想像以上だった。

 「小泉さんの言ってることは自分たち(の主張)と全く同じだなと思ってました。それこそ、スポーツ新聞をうまく取り入れていたし。でも当時は“自民党じゃなければ人じゃない”っていう風潮。潮目を読めなかったのは敗因でしたが、こんなにメディアによって人の考えが変わっていくのか、と。もう私に政治はできない、選挙に出るのは無理だなと思いましたね」(続く)

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