南海、ヤクルトなどで監督を務め、11日に虚血性心不全のため死去した野村克也さん(享年84)。野球解説に革命を起こしたとされる「野村スコープ」をひらめく一方で、お茶の間に知られたのが「愛妻家」としての一面だ。2017年に亡くなった妻でタレントの野村沙知代さん(享年85)とは固い絆で結ばれ、お別れの会では人目もはばからず涙した。

 自らの野球論を詰め込んで2005年に発売され、野球に携わる人の“バイブル”としてベストセラーとなった「野村ノート」をはじめ、野村さんは数々の書籍を世に送り出した。野球人としては異例ともいえる「多作家」となり得た理由について、09年に共著「再生力」を出版した政治評論家の田原総一朗さん(85)は「『天才』でなかったところが、読者に夢を抱かせてくれたからでは」とみている。

 現役時代、類いまれなる成績を残した野村さんだが「野球エリート」ではなく、高校時代は甲子園出場どころか最高で2回戦進出、南海へもテスト生として入団したことは、よく知られている。「長嶋(茂雄)さんや王(貞治)さんもすばらしい選手でしたが、彼らは最初から期待のスターだった。一方で野村さんは、苦労の末に花開いた。だから、2人とは違って過程の話や考え方などが、いくらもあったんですね」

 野村さんに野球の才能があったことは間違いないが、一般の読者にとっては「自分たちの立場に近く、頑張ればもしかしたら自分も…」と思わせる存在だった。「よく『グラウンドで練習するのは当たり前。外に出てからが勝負』と話していました。至極当然のことを言っているようですが、他の人ではなく野村さんの言葉だからこそ納得できました」。指導者としても多くの選手を育てていることから、田原さんは「唯一無二の説得力を持つ方だったと思います」としのんだ。