【阿部2000安打】プロ若手のスイングよりも大学時代の阿部が上 清水達也中央大監督

【阿部2000安打】プロ若手のスイングよりも大学時代の阿部が上 清水達也中央大監督

 巨人・阿部慎之助内野手(38)は13日の広島20回戦(マツダスタジアム)で安打を放ち、プロ通算2000安打を達成した。史上49人目で、巨人生え抜きでは川上哲治、長嶋茂雄、王貞治、柴田勲に次ぐ37年ぶり5人目の偉業となった。阿部は安田学園高から中大を経て2000年にドラフト1位で巨人に捕手として入団。1年目から主力として活躍し、足かけ17年で到達となった。

 巨人・阿部の中大3、4年時の監督で、現在も同大学の指揮を執っている清水達也氏(53)が、当時の慎之助を振り返った。向上心があり、攻守でレベルが高かったという。

ル 私は中大卒業後、社会人野球(河合楽器)でプレーしていたので、大学時代の阿部について、どんな選手かは知っていました。練習しているのを見ることもありましたが、当時は打撃よりも肩、フットワークなど、守りの面で「素晴らしい選手だな」と思って見ていました。

 阿部が3年生になる時、私は中大の監督を引き受けたのですが、やはり彼の守りは大きかったですね。相手の盗塁を防いだり、バント処理なども本当に見事で、監督として安心して見ていられました。4年生になり、彼をキャプテンに指名しましたが、その時に言ったのは「今までやってきたことを、これからもしっかりやってほしい」ということでした。

 彼は攻守交代時、ベンチから守備位置まで全速力で走って行きました。恐らく小さい頃から父・東司さんにそう教えられていたのだと思いますが、何をするにも常に先頭で動いていたんです。それを主将になっても続けてほしいと言いました。文字通り、チームを背中で引っ張っていってほしいということです。

 代表チームに招集されると、そこで学んできたことをチームにフィードバックしてくれましたが、残念ながら、そのレベルの高い話を他の選手が理解できなかった(笑い)。阿部自身に向上心があるから、周囲にも高いレベルを求めたのだと思います。ただ、そのことで「阿部さんの言っていることができるようになろう」とチームにも向上心が芽生えるきっかけになったことは間違いありません。

 たまに神宮球場の室内練習場を借りて練習することがあるんですが、我々の前にプロのチームが使っていることがあります。阿部が在学時、中日だったかな、ちょうど若手の選手が打撃練習しているのを外から見る機会があったのですが、「彼らのスイングよりも阿部の方が上だな」と感じたことを思い出します。

 今、ウチの選手たちにとって、阿部先輩は雲の上の存在です。そして、彼の活躍が励みにもなっています。年齢を重ね、心身ともにしんどい時もあるとは思いますが、一日でも長く現役を続けて、一本でも多くのヒットを打ってほしいと思っています。

 ◆清水 達也(しみず・たつや)1964年6月10日、埼玉県生まれ。53歳。上尾高時代は内野手としてプレーし、82年春の甲子園に出場。中大では主将を務めた。卒業後、社会人の河合楽器に入社。都市対抗に11年連続(4度の補強選手を含む)で出場、日本選手権にも5度出場した。99年2月に中大監督に就任。同年春の東都リーグ2部で優勝、専大との入れ替え戦にも勝って1部に昇格。04年秋のリーグ戦では25年ぶりの優勝を果たす。その後、08年4月から中大のコーチに転身し、今年2月、2度目の監督となった。

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