【阿部2000安打】教え子だった王貞治以来の逸材…元中大監督が語るアマ時代の慎之助

【阿部2000安打】教え子だった王貞治以来の逸材…元中大監督が語るアマ時代の慎之助

 中大時代に阿部を指導し、早実でも指揮を執った経験がある宮井勝成・元中大監督(91)がアマ時代の慎之助を振り返った。入学直前の阿部を王貞治(現ソフトバンク球団会長)以来の逸材と評価するなど、その魅力を語った。

 慎之助のことを知ったのは、ある中大野球部のOBが「オヤジ、ウチのOB(阿部の父・東司さん)の息子にすごいのがいますよ」と教えてくれたのがきっかけだった。それで、高3の秋ぐらいかな? グラウンドに呼んで、大学生と一緒に練習をさせてみたんだけど、驚いたね。体がしなやかで肩も強い。何よりもバットスイングが速く「久しぶりにいい選手を見た。こりゃあ、王以来の逸材だ」とすぐに思ったよ。

 俺は早実監督時代に王を教え、中大でも末次(利光=巨人)とか、藤波(行雄=中日)とかいいバッターはいたけど、慎之助は別格だった。当然、プロに行く素材とは思っていたが、あいつには「お前はプロに行くだけじゃダメなんだぞ。長嶋、王にならなきゃダメなんだぞ」と常にハッパをかけていた。それほどの選手だと確信していたからね。

 でも、その割には大学では働かなかったなあ(笑い)。だって、下級生の時から日本代表に呼ばれ、東都のリーグ戦がやっている時でも、そっちに行っちまって、チームにいないんだから。当時、中大は2部に低迷していて、アイツが入学してきたら、すぐに1部に昇格する―と期待していたんだけど、結局、3年生の秋まで待たなきゃならなかった。

 ただ、代表に呼ばれたことは慎之助にとっては大きかった。高いレベルの野球を学ぶことで、彼自身がレベルアップできたからね。シドニー五輪だって、プロのキャッチャーじゃなく、慎之助を使っていたら勝っていたと今でも思っている。それくらい捕手として完成していたからね。

 大学を出てのプロ入りで2000安打。なかなかできることじゃない。プロ1年目に長嶋監督が我慢して使い続けてくれたことが大きかったと思う。人間的に明るくて、誰からも好かれる。これからは下の人間に教える機会も増えるけど、慎之助なら大丈夫だろう。年齢的に気持ちが萎えてくるかもしれないが、酒はほどほどにして、少しでも長く現役を続けてほしいね。

 ◆宮井 勝成(みやい・かつなり)1926年4月14日、東京都生まれ。91歳。早実―中大で内、外野手として活躍。家業のすし店を経営しながら54年に早実コーチとなり、翌年、監督就任。56年夏から4季連続で甲子園出場。57年春は王貞治投手を擁して全国制覇した。59年秋から中大監督。63年秋に優勝し、勇退までに計6度、東都リーグを制した。また、全日本大学選手権は67、73、79年と制覇。元巨人の末次利光氏は娘婿にあたる。

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