【巨人】親御さん必見「第二の阿部慎之助の作り方」

【巨人】親御さん必見「第二の阿部慎之助の作り方」

◆広島4―1巨人(13日・マツダスタジアム)

 巨人・阿部慎之助内野手(38)が13日、広島戦(マツダ)の9回1死の第4打席で右前打を放ち通算2000安打を達成した。プロ野球史上49人目。巨人の生え抜きでは川上、長嶋、王、柴田に次いで5人目の金字塔達成となった。

 幼少時代は決して突出した選手ではなかった慎之助がなぜ2000安打を達成できたのか―。小学校入学前からプロ入り後まで、どんな成長を遂げたのかを解剖。

 第二の阿部慎之助を作りたい親御さん、必見です。

 ▼小学校入学以前

 テレビゲームの類いには興味を示さず、遊び道具はいつもプラスチックのバットと柔らかいボール。外で泥んこになって遊ぶことばかりで、服の汚れ具合がひどければひどいほど、家に帰った時に両親は喜んだ。土日は決まって父・東司さんの草野球を見学。

 ▼小学生時代

 小1から浦小クラブに入団。東司さんの指導方針は「楽しく野球すること」。細かな技術指導はなく、バットに当たれば「すごいな!」「うまい!」などと褒められる。放課後家に帰ると、庭に張られたネットを使ってティー打撃するのが日課。バッティングセンター通いも。

 ▼中学生時代

 母・由紀子さんの「狭い世界ではなく、より広い世界を知ってほしい」という思いから、中学校の軟式野球部ではなく、硬式野球の浦安シニアに入った。東司さんの「褒めて伸ばす」教育にも少しずつ変化が表れる。気持ちの入っていないスイングや全力疾走を怠るなど、基本プレーにおける力の出し惜しみがあった場合には、烈火のごとく厳しく叱責された。

 ▼高校生時代

 東東京・安田学園高に入学。幼少期から続けてきた庭での特訓が成果を発揮し始める。打球が飛びすぎて危険だったため外野後方に防球ネットが増設されたが、それでも足りず、一人だけ木製バットを使用することに。「ショート頭上へのライナー」を意識することで、右足の使い方が徐々に定着。

 ▼大学生時代

 父の母校でもある中大野球部に入部。まず最初に「2000年のシドニー五輪に出る」という壮大な目標を立てる。元々のしなやかな筋肉の質を保つために「筋力は野球の動きの中で鍛えるのが一番効果的」と、過度なウェートトレーニングはしなかった。

 ▼巨人入団後

 1年目のキャンプでは、長嶋監督が、頭のさらに上の高さに上げたボールを打つ練習。バットのヘッドを立ててさばく感覚を養った。大学時代まではシンプルなサインで投手を引っ張ってきたが、緻密なリードができるようにと、各投手のしぐさから性格にいたるまで細かくメモ帳に記すようになる。また、09年の第2回WBCで一緒に戦ったイチローらメジャーリーガーのルーチンを参考に、ストレッチからティー打撃まで一通りの準備を終えてから、グラウンドに出て本格的な練習に入るようになった。

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