【長谷部誠・原点】高校時代の希望進路は2部の青学大だった 浦和のオファーで一気に変化

【長谷部誠・原点】高校時代の希望進路は2部の青学大だった 浦和のオファーで一気に変化

 サッカーのW杯ロシア大会が日本時間14日、ロシア―サウジアラビア戦で開幕する。大会前最後の親善試合(12日、パラグアイ戦)を勝利で終えた日本代表は、1次リーグH組で19日にコロンビア、24日にセネガル、28日にポーランドと対戦する。スポーツ報知では3大会連続で主将を務める藤枝市出身のMF長谷部誠選手(34)の原点である藤枝東高時代に、恩師らの証言で迫った。(構成・山田 豊)

 プロの道が現実味を帯びた時、藤枝東高3年の長谷部の目の色が変わった。01年6月、高校総体県大会決勝を静岡学園にPK戦の末勝利。実は5月の大型連休明けに当時の服部康雄監督(62)から冬にJ1浦和から獲得の打診があったことを伝えられた。直後、「全国総体の前にぐんと伸びた」(服部氏)。周囲から「やんちゃ」や「チャラかった」と評された男にスイッチが入った。

 同校の1学年下にはU―17日本代表DF大井健太郎(現J1磐田)と同MF成岡翔(現J3相模原)が在籍。「長谷部への期待は大きくなかった。いつ試合に出始めたか記憶にない」と服部氏。実際は高2から出場していたが、目立つ印象はなかった。1学年下の現藤枝東高・小林公平監督(33)が「長谷部さんはミスが少なかった」と話すように、蹴る、止めるの基本プレーの堅実性が評価され、同校OBがスカウトをしていた浦和から打診が届いた。

 だが、服部氏はそのとき「あえて本人には言わなかった」。何も知らない長谷部は進路希望表に青学大と記した。「藤枝東の生徒は国公立や、東京六大学を書くことが多い。(当時)関東大学リーグ2部の青学を書くのは珍しい。女性目当てかなって(笑い)」と服部氏。キャンパスライフに憧れていたようだった。

 藤枝東が3年ぶりに挑んだ全国総体ではトップ下。1学年後輩の成岡がU―17日本代表に招集されていたため、練習試合で右MFからコンバート。服部監督は「あっと驚くプレーができたというのではないが、スルーパスを出せたし、中盤でタメも作れた」。後輩の大井は「長谷部さんにはうまさがあった」。初の大舞台。飛躍を遂げようとしていた。=つづく=

 ◆長谷部 誠(はせべ・まこと)1984年1月18日、藤枝市生まれ。青島東小、青島中を経て藤枝東高入学。02年浦和入りしJ1優勝やACL制覇に貢献。08年に独1部・ヴォルフスブルクへ移籍し08―09シーズンにリーグV。13年ニュルンベルク、14年にフランクフルト加入。日本代表デビューは06年2月の米国戦。南ア、ブラジル、ロシアW杯で代表主将。代表通算110試合2得点。180センチ、72キロ、血液型O。既婚。

スゴ得でもっと読む

スゴ得とは?

関連記事

おすすめ情報

スポーツ報知の他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

スポーツ アクセスランキング

ランキングの続きを見る

スポーツ 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る

記事検索