「早慶6連戦」に選手として出場していた者として、お二人の同時殿堂入りは大変うれしく思います。前田監督は、私が慶大3年のときに就任された。選手の意思を尊重する自由なアメリカンスタイル。同じ青年監督でも、過酷な練習で選手を追い込む精神野球の石井監督とは気質が対照的だったと記憶しています。

 当時の早慶戦は、プロ野球に勝るとも劣らない人気を誇り、外野席が芝生だった神宮で、連日熱狂的な5万人超のファンが集まったほど。思い出すのは勝てば慶応Vとなる“早慶6連戦”の第3戦で起きた乱闘騒ぎです。監督が三塁コーチに入ることなどない時代で、スマートな状況判断と、三塁コーチスボックスへ向かう背中が格好良かったことを今も鮮明に覚えています。

 慶応有利の下馬評を覆した石井監督ですが、使用するバットの重さまで指示されたと聞いたことがあります。「258匁(もんめ=約967・5グラム)を使え」は、重いバットでボールをはじき飛ばすという狙いだったそうです。早慶の野球を盛り上げた伝説の両監督。お二人ともご健在のときに殿堂入りの知らせが届いてほしかった。(スポーツ報知評論家、慶大1961年度卒)

 ◆安藤 統男(あんどう・もとお)1939年4月8日、茨城・土浦出身。80歳。土浦一高で遊撃手として3年夏の甲子園出場。慶大でベストナイン2度、4年時に主将。62年阪神入団。70年に二塁手でベストナイン。73年限りで現役引退。通算打率2割2分1厘、33本塁打、138打点。82年から3年間、監督を務めた。