令和最初の野球殿堂入りが14日、東京・文京区の野球殿堂博物館で発表された。エキスパート表彰では、強打の捕手として阪神、西武で歴代11位の通算474本塁打を放った田淵幸一氏(73)が選ばれた。アマ球界などが対象の特別表彰では、元慶大監督の故・前田祐吉氏(享年85)と元早大監督の故・石井連蔵氏(享年83)を選出。プレーヤー表彰は該当者なしだった。殿堂入りは競技者表彰(プレーヤー表彰、エキスパート表彰)98人、特別表彰109人で計207人となった。

 殿堂入りの知らせを聞いた田淵氏は、心の中でつぶやいた。「仙ちゃん、俺ももらったよ」。東京六大学のライバルで、苦楽をともにした故・星野仙一氏(享年70)の選出から3年。穏やかな笑みをたたえ、天国の友に報告した。

 「野球人として感無量です。指導者に恵まれ、同級生も後押ししてくれた。仙ちゃんも『そうか、お前もやっぱりもらったか』と言ってくれると思う」

 法大時代はリーグ新(当時)の22本塁打。山本浩二氏、富田勝氏と「法政三羽ガラス」と呼ばれ、明大のエースだった星野氏としのぎを削った。阪神入団後は「打倒・巨人」の思いを胸に、強打の捕手として本塁打を量産。滞空時間の長い美しい弾道から「ホームランアーチスト」と称され、75年には王貞治(現ソフトバンク球団会長)の14年連続キングを阻止した。

 「もう時効だけど、本当は巨人に行きたかった。阪神と聞いた時は頭をかち割られたような感覚だったけど、“王さん、長嶋さんの前で絶対に打ってやる”という闘志も湧いてきた。(中日の)星野から『巨人戦は絶対打てよ』と言われ、こっちも『絶対抑えろよ』とね」

 時代のヒーローに挑み、乗り越えようとする気概が田淵氏を希代のスラッガーへと導いた。ONの存在が原動力―。黄金バッテリーを組んだ江夏氏とは、今もそう意見が合致するという。

 「山が大きすぎて無我夢中だった。ONの前でホームランを打つことが一番の喜びだった。打つと(一塁の)王さんは目を合わせてくれない。(三塁の)長嶋さんは『田淵くん、よう打ったねぇ』って(笑い)。2人の前で野球ができたことは誇りです」

 歴代11位の474本塁打。トレードで移籍した西武では2年連続日本一の立役者になった。引退後はダイエー監督を経て、阪神、北京五輪、楽天で三たび、コーチとして星野監督を支えた。闘将の誘いは決まって「オイ、ブチ、やるぞ」だけだった。下半身の力を打球に伝える「うねり打法」を説き、03年には星野阪神を18年ぶり優勝に導いた。

 「大親友であり、一蓮托生(いちれんたくしょう)。男が男に惚(ほ)れた。今でも夢に出て来るんだよ。“ブチ、キャッチボールしようや”って」

 17年12月、星野氏の「野球殿堂入りを祝う会」。パーティーの直後、こう言われたという。「ブチ、お前もいずれ(殿堂に)入るだろう。そうしたら、浩二と3人で祝勝会をしような」。約束の1か月後、盟友は逝った。会見後の野球殿堂博物館。田淵氏は惚れた男のレリーフに、そっと手をやった。

 ◆田淵氏に聞く

 ―恩師の存在。

 「イロハのイを教えてくれたのは(法政一高の)松永怜一監督。甲子園に行くぞと入部したが、ボールにも触れない。中学まで外野手だったが、硬球に触るため、汚いマスクをかぶり立ったり座ったりで誰もやりたがらない打撃捕手をやった。そこで『ミットの使い方がうまい』と言われてね。人がやりたくない場所に宝は落ちていると思った」

 ―盟友の山本氏、星野氏に続いて殿堂入り。

 「浩二から『ブチ、おめでとう』と。東尾、掛布、江夏からもね」

 ―広岡西武で82、83年日本一。83年には正力賞。

 「広岡さんが監督になって『終わった』と思いました(笑い)。冷酷冷徹と言われていたが、その通りだった。でも(優勝という)結果が出ると『ありがとうございました』と(いう気持ちに)なるんだよね」

 ―指導者としては苦しい時期もあった。

 「苦しかったよ。(阪神、日本代表、楽天では)監督を胴上げするためにナンバー2をやろうと。北京五輪でメダルをとれなかったことが一番の悔いだね」

 ―家族には。

 「妻に『とったよ』と。孫は『じいじと(殿堂レリーフが飾られる)博物館に行きたい』って(笑い)」

 ◆対象者と選出方法

 【競技者表彰】

 ▽プレーヤー表彰 対象は引退から5年以上の元プロ選手で今回は21人。候補者でいられるのは15年間。選考は野球報道に関して15年以上の経験を持つ委員が務め、7人以内の連記で投票する。

 ▽エキスパート表彰 プロのコーチ、監督でユニホームを脱いで6か月以上が経過しているか、引退から21年以上のプロ選手が対象。今回は16人。選考は既に殿堂入りした人、競技者表彰委員会幹事と野球報道30年以上の経験を持つ委員が5人以内の連記で投票する。

 【特別表彰】

 対象は〈1〉アマの競技者で選手は引退から5年以上、コーチと監督は引退後6か月以上〈2〉プロ、アマの審判員で引退後6か月以上〈3〉プロ、アマの組織などの発展に貢献〈4〉日本の野球の普及、発展に貢献―の項目に該当する人。選考はプロ、アマの役員や野球関係の学識経験者が投票する。