あの早慶6連戦から60年。私にとっても非常に光栄だし、感慨深いものがある。早慶6連戦自体が評価されたようにも感じられるし、恩師の石井さんだけじゃなく、恩人である前田さんも同時に殿堂入りを果たしたのだから。

 なぜ前田さんが恩人なのか。私は早慶6連戦の3戦目に、足を上げた危険なスライディングをしてしまった。その裏に三塁の守備に就くと、慶大応援席から柿、みかん、空き缶が次々に投げ込まれ、試合が中断してしまった。罵声もひどかった。第2の「リンゴ事件(1933年)」になるかも、というところで前田さんがとっさに三塁コーチスボックスに出て、学生たちを静めてくれたんだ。あれがなければ、早慶6連戦自体がなかったかもしれないし、私は早慶戦を汚してしまっていたかもしれない。何か声をかけてもらったというわけではないけど、本当に救ってもらった。感謝しても感謝しきれない。

 石井さんは厳しいけど、人情味があった。父を早く亡くした私にとっては、オヤジのような存在だった。監督と主将として早慶6連戦を制した間柄は、ちょっと言葉では説明できない。今は母校でコーチをしているが、石井さんの教えは今も変わらない。情熱を持って、一球入魂の精神を後輩たちに教え込みたい。(早大1960年度卒)

 ◆リンゴ事件

 1933年に早大応援団がグラウンドにリンゴの芯を投げ込み、慶大の三塁手・水原がバックトスのようにスタンドへ投げ返した。慶大がサヨナラ勝ちすると、早大応援団が慶大ベンチ、応援席になだれ込んで大乱闘。これを機に早慶戦のベンチ・応援席は早大が一塁、慶大が三塁に固定された。

 ◆徳武 定祐(とくたけ・さだゆき)旧名は定之。1938年6月9日、東京都豊島区出身。81歳。早実3年夏に2年後輩の王貞治らと甲子園出場。早大を経て61年に国鉄(現ヤクルト)入団。通算打率2割5分9厘、91本塁打、396打点。70年に中日で現役引退後は中日、ロッテでヘッドコーチなどを歴任。99年から早大コーチ(15〜18年を除く)。次女・利奈さんは郷ひろみ夫人。