今月上旬、高知の森木大智投手(1年)を取材するため、同校グラウンドを訪れた。じっくり話を聞くのは初めてだったが、43歳のおっさん記者が、自分の言葉で語る16歳の青年に引き込まれた。

 森木は高知中時代に軟式史上最速とされる最速150キロをたたき出した。公式戦デビューとなった昨年5月の春季四国大会1回戦・高松商(香川)戦では最速147キロをマーク。昨夏の高知大会準々決勝・高知東戦では公式戦最速148キロを計測した。3試合で計17回を3失点に抑えたが、決勝で明徳義塾に1―4で敗れ、甲子園出場を逃した。

 8月中旬に右肘の違和感を訴え、1か月間はノースロー調整が続いた。昨秋は高知大会準々決勝の高知中央戦で打者1人に投げただけ。0―10の6回コールド負けで、今春センバツ出場もかなわなかった。「高校野球の厳しさ、難しさを思い知らされた。『甲子園に行けるんじゃないか』という余裕が自分やチームにあった。自分自身に厳しくできなかった。『これぐらいでいいやろ』というのがあった」と、自戒を込めてルーキーイヤーを振り返った。

 昨秋は精神的に不安定な状態に陥った。「怪物1年生」「ネクスト佐々木朗希」などと報じたメディアにではなく、チームメートからの視線に悩んだ。「1年生から試合に出させてもらっている立場なので、2年生や試合に出ていない人たちから『自分がどう見られているのか』を考えたりした。周りの目ばかりを気にして、自分を見失った」。仲間からは「もっとやれるやろ」と、厳しい言葉をぶつけられた。「認めればいいけど、図に乗っているところがあった。強がって、反発した。幼かった」

 「このままでいいや」。投げやりになり始めた頃、悩みを相談していた母・仁美さんから、ある自己啓発本を渡された。「読み始めてから気持ちが楽になった。昨年の夏から秋は自分を高めることが欠けていた」。10月6日に早々と公式戦が終った分、自分を見つめ直すことができた。中学時代からバッテリーを組む吉岡七斗(1年)らに相談に乗ってもらい、愛情のある指摘を受けた。

 精神面だけではなく、技術的にも進歩した。「この冬で力を抜くことを学んだ。以前は力ずくで投げていた。7、8割の力の方が、安定していいフォームで楽に投げられる。7、8割なら、僕は他の人の10割ぐらいは出せる。春で150キロは出ると思う」と、自己最速更新に向けて手応えをつかんでいる。

 浜口佳久監督(44)のスマートフォンには、森木らの投球フォームを撮影した膨大な量の動画が保存されている。LINEなどでやりとりし、アドバイスを送っている。「『自分がどういうタイプの投手なのか』という悩みがあったが、理想とする投手像がだいぶ確立されてきている。踏み出す左足を伸ばした方が合っている。下半身が強くなって、膝が曲がらなくなった。タイミングを合わせれば、角度ができるし、球の勢いも増してくる。それほど力んでなくても、常時140キロは超えていく。胸骨が広がってくれば、球速は150キロを超えてくる」と、太鼓判を押す。

 中学時代から指導しているだけに、森木の一番の理解者でもある。「不器用なところもあるけど、一番の良さは習得の速さ。持ち味は打者に向かっていく気持ち、精神的な強さ。どんなに良くても、あいつは満足しないと思う。聞く耳を持つ素直さがあるし、理解する力はある」。

 森木は高卒でのプロ入りを目指しており、今季の結果次第では来年ドラフトの目玉になる可能性がある。「160キロは投げたい。打撃は苦手ではないので、(高校通算)30本塁打ぐらい打ちたい」と、高校生活を終えるまでの目標を掲げた。

 3月8日から対外試合が解禁になり、2年目のシーズンが幕を開ける。「チームとしては甲子園で勝つことが目標。3月から試合が始まりますけど、負けないぐらいでやりたい。負けたくない」と、練習の成果を発揮する意気込みを示した。

 取材の日は、黒田茉白マネジャー(1年)の誕生日だった。浜口監督が用意したバースデーケーキを食べさせてあげるという恥ずかしい写真のリクエストにも、森木はちゃめっ気たっぷりに応じてくれた。投球はもちろん、人間味あふれる性格も「怪物級」。この1年で、どんな成長曲線を描くのか楽しみでならない。(記者コラム・伊井 亮一)

 ◆森木 大智(もりき・だいち)2003年4月17日、高知・土佐市生まれ。16歳。蓮池小3年時に軟式の「高岡第二イーグルス」で野球を始め、高知中では3年時に春夏の全国大会で優勝。最速は150キロ。変化球はカーブ、縦と横のスライダー、スプリット、チェンジアップ、ツーシーム。184センチ、86キロ。右投右打。目標の選手は大谷翔平(エンゼルス)。家族は両親と姉。