2017年初場所13日目、右差しからの一気の攻めで寄り切り、幕下Vを決めて新十両昇進を確実にした。それを病床で見届けた翌1月21日、得意の形「右四つ」を授けた富山商高時代の恩師・浦山英樹監督は亡くなった。押し相撲だった石橋広暉(本名)の将来性を見抜き、まわしを取る四つ相撲をたたき込んだ。同校の中村淳一郎コーチ(35)は「一番の基礎を固めたのは監督。一つ武器があれば強くなると、四つ身をびっちりやった」と明かす。

 近大では今年1月に急逝した伊東勝人監督が右四つを磨いてくれた。土台となる四股を連日200回。すり足にも1時間以上を費やした。1日4時間の稽古で下半身を徹底強化した。「1年生の時から愛情のある“ネチネチ指導”をしてくれた」と朝乃山。申し合いでは監督から「右じゃなくて左(上手)が大事だ。まわしを取りにいくんじゃなくて押してつかめ」と極意を学んだ。

 相撲漬けだったが、土俵外では等身大の大学生だった。まわしをガッチリとつかむ豪快さが魅力な朝乃山は、実は手先も器用だ。同期の長内拓磨さんとは当時、稽古後は寮でサッカーゲームに熱中。巧みな手さばきで負け知らずだった。今でも定期的に会う気心の知れた仲の2人。今年2月に朝乃山が帰郷した際は、本人の希望でゲーム機を滞在先のホテルまで持参した。大学4年時のグアム旅行では伊東監督、相撲部員17人でパンケーキ店に行き、スイーツにかぶりついた。

 春場所で優勝し、同じ右四つの横綱・白鵬(宮城野)は「私の後継者」と期待をかけた。「もう一つ上の番付がある。そこを目標にして次は頑張りますと(恩師に)言いたい」。浦山監督が種をまき、伊東監督が育て、高砂部屋で花開いた唯一無二の武器「右四つ」が大関昇進を引き寄せた。(竹内 夏紀)