幕末維新期の福井藩の海防政策を越前松平家の史料から探る企画展が7月14日まで、福井県福井市立郷土歴史博物館で開かれている。西洋諸国の海からの進出を水際で防ぐため砲台を建設するなど西洋軍事技術の導入を進め、軍事力を背景に政局で発言力を高めていったことを明らかにしている。

 西洋諸国の船が日本近海に来航するようになる中、1838年に10歳で福井藩主となった松平春嶽は越前初入国を前に43年、徳川御三家の一つ水戸藩主徳川斉昭から「外には異民族や悪(あ)しき賊へと備えておくことが最も重要」と説かれ、強い影響を受けた。春嶽の質問に対する斉昭の回答書が残る。

 福井藩は春嶽入国後の47年から西洋軍事技術の導入を本格的に進め、異国船を追い払うため49年、西洋砲術の理論に基づいた砲台(台場)を三国の篝(かがり)山(現坂井市)に建設。春嶽は翌50年に現地を訪れ、砲台の南に設けた試射場で大砲の試射を視察した。視察の旅程を記した絵図が残る。

 53年の黒船来航を機にさらに軍事力を高め、銃砲製造工場や火薬製造工場、造船所などを次々と整備、西洋式の部隊訓練も導入した。春嶽は54年、天皇が住む京都の警護を福井藩に任せるよう幕府の老中に申し入れ「今よりも警備が手厚くなり、天下の為(ため)にもふさわしい」と嘆願書に記した。高めた軍事力への自負がうかがえる。

 担当学芸員は「幕末の福井藩が危機を乗り越えようとした姿を、展示を通じて感じてもらえれば」と話している。

 企画展「福井藩の幕末維新−海防」は資料22点を展示。観覧料220円。
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