絶景と露天風呂、そして手抜きの宿/日沖 博道

その地は大きな湾が特徴的だ。遠くに半島がぼんやり見え、近くに複数の島が海上に浮かぶ風景を湯舟からも眺められることで人気の、伝統的な観光地だ。しかしバブル崩壊に抗うように進められた開発の一環で、湾のど真ん中の海浜を埋め立てて建設された人工的な大型リゾート施設を皮切りに、リゾートマンションや商業施設の建設が進んでしまったせいで、今や湾沿いの中心地域は容貌を変え、本来の情緒はまったく無くなってしまっている。

そこにある温泉の一つは湾の近くではなく山の上にあって、前述のような「海と湯舟が一体化している」ような感覚は得られないが、露天風呂や夜景などの評判がよいので、出張のついでに小生も足を延ばして泊まってみた。

そのホテルは山頂近くにあり、鬱蒼とした森を越えたはるか眼下に町全体と湾と半島を見下ろす、素晴らしい眺望の地にある。送迎バスに揺られながら想像した光景が、デッキから観ると本当に目の前に広がるのだから、わざわざ来た甲斐があったと感じたものだ。そして部屋に入ってみても窓からはやはり素晴らしい緑と青の対比を臨めた。

値段に比べて部屋の作りのしょぼさは確かに少し気になった。調べてみるとなるほど元々は「Kの宿」ということで、部屋は狭くはないが古臭い構造デザインだ。民間会社が買い取って、畳や天井、壁紙など目立つところだけ改装したのだろう。

例えば部屋付きの便所にはシャワートイレが設置されてはいたが、洗面所に掛けてあるタオルはゴワゴワで、しかもハンガーの位置が低いため、だらしなく手前に垂れている状態だ。きっと「Kの宿」時代から同じなのだろう。

最も残念なのは、柱や木の調度についた無数の傷をそのままにしているため、表面が少々白けて余計に安っぽく見えることだ。ステインやワックスなどの塗料を塗るだけでコストの割に一挙に高級感が出せるのに、と残念に感じた。

しかしホテル自慢の露天風呂は別格だった。建物の屋上に加設されたもので、山頂からの景色を湯舟から眺めることができる造りになっており、絶景と野趣が入り混じった感動を与えてくれる(ちなみに寒風吹きすさぶ冬には背の高い人には肩が寒いかも知れない)。夕方になって一人風呂の際に小生も堪能させてもらった。

その日は夜になると曇ってしまったので目にすることはできなかったが、晴れた夜には眼下にある街の夜景と対比された満天の星空を堪能することができるそうで、これが同ホテルの人気の秘密だ。小生は行っていないが大浴場からもガラス越しによい眺めが得られるようだ。

しかし風呂の後の食事からがいけない。

レストランではいかにもバイトのお兄ちゃんが暗記丸出しの説明をしてくれたのだが、品書きの順とは違い、鍋物より先に天ぷらを出すことを薦める。多分、早く片づけたいのだろう。既に火にかけ始めた鍋物が天ぷらと「同時上映」にならないか心配した小生が確かめると、大丈夫という。じゃあということでお薦め通りをお願いしたのだが、結局見事にバッテイングした。冷めないよう天ぷら4種を焦って食べ、火が消えた鍋物を一挙に口にした後にお造りが出てくるという、いかにもちぐはぐな食事順となってしまった。

しかもご飯とお味噌汁(つまり「締め」)をいただいた後に、しばらくしてからやや濃い味付けの煮物が登場した。お兄ちゃんには「ご飯とお味噌汁の前に出して欲しかったね」とだけ言って、一口かじって終わりにした。これは品書きの通りの順だったので料理長の判断によるのだろうが、締めのご飯とお味噌汁の後に間を空けて煮物を出す感覚がよく分からない。

食事の後に残っている仕事を仕上げていると、ビールを飲みたくなった。入館時に渡された施設説明を見ると、別フロアに自販機コーナーがある。しかし行ってみると、そのフロアは薄暗い。自販機コーナーまでようやく辿り着いたが、電源が入っている様子はなく、辺りはほぼ真っ暗だ。びっくりしてフロントの若い衆に尋ねると、「本日はそのフロアは閉鎖でして、自販機は地下1階にございます」と涼しい顔で言われた。ホテル到着時にそうした説明はしてくれよと呆れてしまったが、せっかくの温泉旅行なのでこちらもなるべく気にしないようにした。

さすがに山の中、夜が更けると寒く感じたので、部屋のエアコンの温度設定を少し上げ、風量も中から強にした。食事から戻った時にオンにしたのだが、あまり効いていなかったためだ。それから1時間半ほどで仕事を片付け、寝床についた。

夜半になって喉の渇きに目が覚め、気づくとセントラルヒーティング方式?のエアコンが猛烈な音を立てており、寝苦しい暑さだ。どうやら寝入ってからエアコンが本格的に作動したようだ。慌てて温度と風量を下げたが、しばらく待っても大した違いは感じられない。1時間半以上も作動しないスイッチとは困ったものだ。

翌早朝、クリアな風景を楽しみたくて再度露天風呂をいただいた。今度は女湯と場所が入れ替わっていた。他に誰もおらず、やはり素晴らしい眺望とお湯だ。小生が風呂から上がると入れ替わりに中国人か台湾人の男性3人が入ってきて、浴場はほぼ満員になった。しかし帰り際にエレベータ横に設置された繁閑状況を示すディスプレイを見ると、男性露天風呂は「空き」のままだった。この表示は全く当てにならない。

目立つところにはそれなりのコストを掛けているのだろうが、基本的な部分で手を抜き過ぎていると小生には思えるので、リピートする気にはならない。宿泊客は表面的なことしか気にしないと軽んじているホテルはいつか客離れに泣くことになろう。

(営業妨害はしたくないので個別名称は避けていますが、そのホテルの当事者ならピンとくるでしょう)

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