公共交通が示す「ドアtoドア」の未来 鉄道はMaaSの軸になれるのか

公共交通が示す「ドアtoドア」の未来 鉄道はMaaSの軸になれるのか

 2018年、日本の先進交通分野で頻出した言葉が「MaaS(Mobility as a Service)」だ。報道などを追うと、シェアカーや自動運転など、自動車業界で語られることが多かった。しかし鉄道とも無関係ではない。むしろ鉄道が重要な基軸になると考えられる。

●JR東日本は当初「MaaS」という言葉を使わなかった

 16年11月、JR東日本は「技術革新中長期ビジョン」を策定した。ここでは第一に「安全・安心」を掲げており、さすがと思わせるけれども、2番目に挙げられた項目が「サービス&マーケティング」で、次のように記されている。

バス・タクシーなどの他交通機関、自動運転技術やシェアリングの進展が著しい自動車、気象情報等のさまざまなデータを、リアルタイムで連携することが可能になると考えています。(中略)お客さまにとって“Now 今だけ, Here ここだけ, Me 私だけ”の価値の提供をめざします。(中略)臨機応変な列車運行や、二次交通との高度な連携など、スムーズにDoor to Doorの移動ができるモビリティサービスの提供をめざします。(出典:JR東日本「技術革新中長期ビジョン」の策定)

 この文書には「MaaS」という単語は出てこない。しかしこれこそがMaaSの概念だ。

 MaaSはこの文書が発表される2年前、14年にフィンランドで誕生した。技術庁と運輸通信省が連携して次世代交通サービスの在り方を検討し始めて、ここでMaaSという言葉が出てくる。そして16年にMaaSの具現化として「Whim(ウィム)」という名前でサービスを開始した。定額料金でポイントを購入し、アプリで目的地を指定すると、移動経路が表示され、使用する交通手段によってポイントを消費する。

 現金からポイントへ、という手順が面倒に思えるし、各交通手段の価格が把握しづらいという不安もある。しかし、各社が運賃を臨機応変に変動し、それを反映させるためには、ポイント制の方が混乱しないで済むかもしれない。ポイントバックなどの利用推進策も各社で足並みをそろえられる。

 「Whim」は電車、バスの他、タクシーやレンタサイクルも網羅し、予約手続きも自動的に行う。説明は面倒だけど、使ってみたら便利だよ、というサービスだ。

 日本の既存サービスでイメージすると、乗り換え検索アプリで目的地を指定すれば、電車やバスの乗り換えルートが分かり、駅に着くと予約済みのタクシーが待っている。観光地に着くと、そこで周遊するためのレンタサイクルも確保されている。しかも最初に経路を選択した時点で決済が完了しているため、手続きはスマートフォンのWalletシステムやアプリに表示されたQRコードをかざすだけだ。

 WhimのスタートとJR東日本の「技術革新中長期ビジョン」はともに16年。JR東日本の策定作業開始は13年というから、フィンランドとほぼ同時期である。公共交通を統合し、マイカー以外の方法でドアtoドアを実現しようとした。MaaSという言葉が出てくる1年前だ。そして「技術革新中長期ビジョン」にMaaSという単語は出てこない。MaaSは学術用語のような扱いで、一般に浸透する言葉としては説明が必要だからだ。慎重に扱わないと、「Web2.0」や「ユビキタス」のような死語になってしまう。

●MaaSを意訳すると「利用者主体の移動サービス」

 MaaSは「Mobility as a Service」の略だ。言葉の説明として「サービスとしての移動」が使われている。これではさっぱりさっぱり分からない。今ある交通手段だって全て「サービスとして移動を提供している」からだ。MaaSの仕組みは、やはりJR東日本流が分かりやすい。「マイカーを使わないでドアからドアへ移動を提供しますよ。あらゆる交通機関が連携してね」である。

 そしてJR東日本は自らの鉄道サービスにおいて「臨機応変な列車運行」と定義した。この発想が重要だ。今までは、鉄道会社が旅客動向を想定し、最も客数が多い時間帯に列車ダイヤを設定した。客は列車の時間に合わせて駅に向かった。しかしMaaSにおいては、客が移動したい時に駅に行くと、列車がタイミング良くやってくる。

 もちろん、1人の客のために大きな電車1台を動かすなんて非効率だから、そこまでのオンデマンドサービスにはならないだろう。しかし、複数の客がMaaSアプリで移動経路を指定し、ビッグデータとして把握できれば、最も希望の多い時間帯で臨時列車を運行できる。電車の終点で、さらに先に向かう電車に乗り継ぐという客が大多数だと分かれば、いっそ直通して乗り換えを解消しようという意思決定もできる。現状では車両のやりくりなど難しそうだけど、目指すべき方向としてはそうなる。

 つまり、今までの移動サービスは全て、サービス提供者がダイヤ、運行拠点を用意して、利用者が移動サービスに合わせる必要があった。MaaSでは、利用者が移動したいと思ったときに、最適な移動サービスが提供される。利用者主体である。発想が逆転している。

●公共交通機関の理想「ドアからドアへ」へ向けて

 自動車のメリットは「ドアからドアへ」。これに対して鉄道などの公共交通機関は「クルマより大人数で、クルマより速く、クルマより安全に、クルマより安く」というメリットがあった。逆に言うと、公共交通機関のメリットよりも「ドアからドアへ」を魅力に思う人々がクルマを買っていた。

 では、MaaSによって、公共交通機関に「ドアからドアへ」が実装されるとどうなるか。マイカーを必要としなくなる。運転する労力が不要、クルマの購入費や諸費用も不要。楽に移動でき、経済的で、社会的に見れば排気ガスなどによる負荷も減る。地球に優しい。そこで、クルマ側はどうするかというと、「ドアからドアへ」を楽にするために、シェアカーに取り組んだり、自動運転車を開発したりしている。これは個人所有車としての販売メリットもあるけれど、MaaSの一部になるためでもある。

 最も理想的なMaaSの暮らしをイメージしてみよう。あなたが友人と連絡を取り合い「海辺のペンションに泊まって釣りでも楽しもうぜ。○月○日、午後3時に現地集合で」と、電話やメールで伝え合う。そのメッセージ内容や音声を解析して、MaaSシステムが海辺のペンションを予約し、そこに至るまでの交通手段の経路を示す。利用者が経路を選択すれば、乗り物の指定席の手配も完了する。

 出発の当日、あなたが玄関のドアを開けると、そこには自動運転のレンタカーが待っている。短距離ならこのクルマで現地に行くという選択肢もあるだろう。しかし、よほどクルマ好きではない限り、数時間のクルマ移動は窮屈だ。そして1人を運ぶ手段としてクルマはコストが掛かりすぎる。従って、クルマは最寄りの駅に向かう。

 最寄り駅から近郊電車に乗り、そしてターミナル駅から新幹線や特急電車に乗り継ぐ。到着駅からはバスに乗り、ペンションに近いバス停で降りると、また自動運転のレンタカーが待っていてくれる。天候が良ければレンタサイクルやレンタルオートバイを選べるかもしれない。レンタカーを選んだ場合、別の方向から来た友人と合流できる。

 しかも、この一連の移動の中で、あなたはお財布から現金やクレジットカードを取り出す必要がない。次の乗り物は何時だっけ、運賃はいくらだっけ。そんなことは考えないで、車窓や友人との会話を楽しめば良いし、もちろんお酒を飲んで居眠りしてもいい。

 これがMaaSの理想の姿であり、今すぐは実用化できなくても、一歩ずつ着実に進んでいく「未来の交通」である。この最終目標をイメージしておけば、MaaSに関する個々の取り組みがどの部分に当てはまるか分かる。MaaSのあらゆるニュースが理解できるだろう。例えば、乗り換え検索アプリの片隅に「MaaS」というボタンが現れる。そこを選択すればものすごくラクになる。そんな日が来るだろう。

●鉄道はMaaSの“軸”になれるのか

 あらゆる交通機関がMaaSに取り込まれる。一定の地域内はどんな乗り物を選んでも定額で移動できるというサービスも生まれるかもしれない。それは現在のサービスの延長で始まるだろう。

 例えば東京都は「都営まるごときっぷ(1日乗車券)」を販売している。都営地下鉄と都バス、都電、日暮里舎人ライナーが乗り放題という切符だ。ここに駅や停留所と自宅を結ぶシェアカーサービスを組み込めば「東京都営交通MaaSシステム」が出来上がる。他の交通事業者と連携すれば、同一エリアのMaaS地域連合も出来上がる。東京MaaS、関東MaaS、そして日本MaaSへと拡大する。

 SuicaやPASMOなど交通系ICカードは、改札口をタッチするだけで、都市圏のほとんどのエリアの電車に乗れる。これもMaaSのスタートラインと考えられる。JR東日本のMaaSプランはSuicaシステムがあればこその立案だろう。

 しかし日本では、むしろ交通系ICカードが突出して便利になってしまったために、MaaSの必要性が薄まり、公共交通とマイカー利用の間に溝ができているともいえそうだ。フィンランドはもっと不便だったから「いっそ全て統合してしまえ」とMaaSが始まったとも考えられる。

 さて、MaaSによって最適な移動手段をアプリ(クラウドシステム)が選んでくれる時代に、鉄道はどんな存在でなくてはいけないか。アプリが利用者に示した経路から、鉄道を含むルートを選んでもらうためにはどうしたら良いか。鉄道事業者はいま、ここに取り組んでいる。他の交通手段より速度が速かったり、安価であったり、乗り換えの負担が小さかったり、着席が保証されたりするなどのメリットが必要だ。さらに付加価値としてスマホに充電できたり、Wi-Fiがあったりという機能も必要になるだろう。

 さらに突き詰めれば、他の交通機関より「楽しく過ごせるか」という付加価値も重要だ。景色が良いとか、飲食設備があるとか、夜間に眠ったまま安心して移動できるとか。

 マイカーだけではなく、大きな移動手段の中で競争が始まる。その中で鉄道を選んでもらうために、鉄道会社がどんな取り組みをしているか。その動向を理解するためには、各社がMaaSにおけるサービスの理想をどこに置いているかに注目だ。いや、鉄道会社が積極的に示すべきだ。それが自社の沿線の価値を高めることにつながっていき、沿線人口を増やし、鉄道路線の利益になる。

(杉山淳一)


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