倒産寸前の町工場がタオルで大逆転! ヒットの秘密は「糸」と「伝え方」

倒産寸前の町工場がタオルで大逆転! ヒットの秘密は「糸」と「伝え方」

 「つぶれる。もうだめだ」

 周囲の誰もがそう思い、事業継続を諦めかけていた。10年ほど前、そんな危機的状況に陥っていた町工場が今、大躍進を遂げている。

 その企業は、岐阜県安八町に本社を構える浅野撚糸だ。起死回生の商品開発で生み出したタオル「エアーかおる」は累計680万枚(2019年1月時点)を販売。売れ筋商品で1枚1800円(税別)という価格にもかかわらず、飛ぶように売れている。この商品を発売した07年ごろ、2億円強に落ち込んでいた年商は、13億5000万円(18年)にまで跳ね上がった。

 どのように浅野撚糸はどん底からはい上がったのか。商品を生み出し、ブランドが羽ばたくまでの軌跡を追った。

●繊維産業「海外シフト」で仕事が激減

 「撚糸(ねんし)」とは、糸に撚り(より)をかける、つまり、ねじり合わせること。繊維から糸をつくる紡績業の工程だ。「腕によりをかける」といった言葉もここから生まれている。社名の通り、浅野撚糸の本業だ。

 繊維産業が盛んだった岐阜県内には、かつて400社の撚糸工場があったという。しかし、今では30社にまで減っている。衰退の大きな要因は「海外シフト」だ。

 浅野撚糸はストレッチ素材向けの糸などの開発や加工を手掛け、1990年代までは大手商社やメーカーと活発な取引をしていた。ところが、2000年代に入ると状況は一変する。撚糸の加工技術やノウハウが中国などに流出。海外工場の技術が急速に高度化し、繊維産業の工程は丸ごと海外にシフトしてしまった。

 残った仕事をほそぼそと続けていたが、それも長くは続かない――。そんなときに巡ってきたのが、「新しい糸」の開発だった。

 きっかけは、繊維商社から「水に溶ける糸を何かに使えないか」と、用途開発を持ちかけられたこと。その糸は細く、そのまま使うとすぐに切れてしまうため、通常の綿糸に加える形で「補強材」として使うことにした。

 4年にも及ぶ試行錯誤の結果、できたのは“膨らむ糸”だ。すでに撚りがかかっている通常の綿糸を、まずは反対方向にひねることで繊維の状態に戻す。その状態から水溶性の糸を撚り合わせていく。出来上がった糸を熱湯に入れ、水溶性の糸だけ溶かすとどうなるか。繊維の間に隙間ができる。そして、撚りを戻そうとする力が働いて、さらに糸が膨張する。

 このように加工した糸は、繊維の間に空洞があるため、伸び縮みしやすい。一般的な綿糸の約1.6倍のボリュームになる。この糸を「スーパーゼロ」と名付け、特許も取得した。

 スーパーゼロを使った生地は、水を通しやすい、柔らかい、乾きが早いなどといった特徴がある。それを生かして、有名ブランドの「洗えるスーツ」などに採用された。しかし、取引先の状況に左右されやすいビジネスモデルのままでは、長期的、安定的に利益を生むことは見込めない。

 「スーパーゼロを自分たちの手で売ることが必要だったのです」。常務執行役員の河合達也氏はそう振り返る。

●タオルとの“運命の出会い”

 さまざまな企業を訪問し、新しい糸の売り方を模索していたころ、浅野撚糸に“運命の出会い”があった。地元金融機関のビジネスマッチングを通じて紹介されたタオルメーカー、おぼろタオル(三重県津市)だ。

 おぼろタオルも浅野撚糸と同様に、縮小していく国内繊維産業で踏ん張ってきた。共通の経験や思いがある両社は意気投合。すぐに「スーパーゼロを使ってタオルを作ってみよう」という話になった。浅野撚糸としては、「ストレッチ性のある糸を生かしたタオルができるかもしれない」と期待し、試作を依頼した。

 ところが、出来上がったタオルは、予想とは大きく異なるものだった。

 タオルの生地は、縦糸と横糸で織った下地に、ループ状に糸を織り込む「パイル地」のものが一般的。浅野撚糸としては、下地となる縦糸と横糸にスーパーゼロを使ってもらうつもりでいた。しかし、おぼろタオルは“間違えて”、パイル部分に新しい糸を使っていた。

 「すごいタオルができました!」

 そう言われて見せられたのは、驚くほどふんわりとした柔らかいタオルだった。「タオルメーカーにとっては、パイルを工夫するのが自然な発想だったのでしょう。行き違いによって、偶然、柔らかいタオルができたのです」(河合氏)

 「これはすごい。これなら商品になる!」と盛り上がった。ところが、いざ量産化しようとすると、いくつもの壁が立ちはだかった。

 その一つが、撚りをかけた糸にスチームアイロンをかける工程にあった。なぜその工程があるかというと、撚りが戻って糸が縮れることを防ぐため、蒸気を当てて真っすぐにする必要があるからだ。

 だが、スーパーゼロをスチームアイロンの機械に入れると、織り込まれている水溶性の糸が蒸気によって溶けてしまい、糸と糸がくっついてしまうのだ。その状態のままタオルを織ろうとすると、糸が切れてしまう。

 糸が溶けないように、蒸気を当てる長さや温度などの調整を繰り返した。問題解決の糸口となったのは「機械への入れ方」だ。従来は糸を台車に載せて、そのままスチームアイロンに入れて蒸気を当てていた。だから蒸気が強く当たりすぎていたのだ。「段ボール箱に糸を入れて、箱に小さな穴を開けてから機械に入れてみると、糸が溶けだすのを防ぐことができました。社外の人からは『アナログなんですね』と驚かれます」(河合氏)

 そのような問題を一つ一つ解決して、タオル「エアーかおる」の発売にまでこぎつけたのは07年。スーパーゼロの開発から2年が経過していた。

 このころ、会社の業績はまさにどん底。会計士からは「3年後につぶれます」と宣告された。従業員を3分の1に、下請け先を半分に減らすリストラもやった。まさに背水の陣だった。

●「バスタオルの半分サイズ」が女性の心をつかむ

 しかし、苦労して生み出したエアーかおるも、当初は売れなかった。高級なタオルといえば、かつては贈答用が一般的で、自分のために買うことはあまりなかった。有名ブランドでなく、柄もついていないタオルが高く売れるわけがないと、タオル商社からはほとんど見向きもされない。

 「最初に販売された名古屋の大型雑貨店や百貨店には、従業員とその家族で自ら買いに行っていました。売れないと置いてもらえなくなるので……」(河合氏)。売れたのは月2500枚程度。赤字から抜け出せずにいた。

 そんな状況が3年続いた後、ついに転機が訪れる。新商品として、バスタオルの半分の大きさの「エニータイム」をラインアップに加えた。これが大ヒットしたのだ。

 なぜ、そんな中途半端な大きさの商品が売れたのか。商品自体を変えたわけではない。実はそれ以前にも、同じサイズの商品はあったが、月に数十枚しか売れていなかった。

 変えたのは、商品の「伝え方」だ。従来の打ち出し方は、「柔らかい」「吸水性が高い」という“機能”が中心だった。ただ、それでは実際にどのような場面でどのように使えば便利なのか、イメージしにくい。

 そこで、「バスタオルの半分のサイズなのに、髪の毛まで含めて全身をしっかりふける」ことを最大の売りにした。さらに、バスタオルよりも干すスペースが小さくて済むため、洗濯に大きな負担がかからないことも訴求ポイント。女性、特に主婦層に向けてメッセージを発信した。「バスタオルからの切り替え」という新しいニーズの掘り起こしを狙った。

 この新しい使い方を量販店やテレビ通販などを通じて提案し、女性の心をつかんだ。販売枚数は一気に月2万枚以上に。さらに、その後は全国ネットのテレビ番組で次々と取り上げられたことが追い風となり、売り上げはどんどん増えていった。

 殺到する注文に対応するために生産体制を整え、今では月20万枚を出荷するほどになった。

●目指すのは「世界一の撚糸工場」

 タオルの大ヒットが会社を救ったものの、前述のように、浅野撚糸の事業は「糸」が軸だ。スーパーゼロを使って、タオル以外の商品開発も進めている。すでに高級パジャマなどへの採用実績もある。今後は、和紙とスーパーゼロを組み合わせたストレッチ素材の開発などにも挑んでいくという。

 V字回復の原動力について、河合氏は「社長のパワーが周りを引っ張ってきたのだと思います」と振り返る。2代目社長の浅野雅己氏は倒産寸前になっても諦めず、冷静にものづくりに向き合い続けた。

 そんな浅野氏がよく口にするのが「世界一の撚糸工場」という目標だ。タオルが売れても、本来の役割を決して忘れない。「エアーかおるがヒットして浅野撚糸の名前が広まったことで、“撚糸”の地位が上がっていくとうれしいですね」(河合氏)

 19年は設立50周年の節目となる。タオルで得た発信力を足掛かりに、将来を見据えた飛躍を目指す。


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