なぜ日産は「技術」をアピールして、「ぶっ壊せ」と言えないのか

なぜ日産は「技術」をアピールして、「ぶっ壊せ」と言えないのか

 日産の業績が悪化している。

 2019年3月期の連結純利益は前期比57%減の3191億円、20年3月期も1700億円と10年ぶりの低水準に沈む見通しだというのだ。

 この厳しい結果について西川廣人社長は、「昨年いきなり事件が起き、ルノーとの関係を含めて事業に集中できなかった」「(問題の)多くは元の体制から受け継いだ負の遺産だ」と釈明し、低迷もゴーン前会長のせいだと言わんばかりである。

 歴史は「勝者」がつくるものなので、西川氏が何をどう語ろうがそれはいいとしても、個人的には今回の惨状を招いたのは、「ゴーン体制」だけではないと考えている。日産を長く取材してきたジャーナリストの井上久男氏が指摘するように、日産は20年周期で権力闘争を繰り返してきた組織である。

 独裁者があらわれてクーデター、そこで権力を握った者もしばらくすると、側近から寝首をかかれるなんて感じで、足の引っ張り合いをする組織に構造改革などできるわけがない。つまり、今回の業績低迷の要因は、ゴーン体制以前から続く、日産の伝統ともいうべき「内向きな組織風土」にあるのだ。

 だからこそルノーと手を切って、新しい日産へと生まれ変わるのだと西川氏の肩を持つ方も多いが、残念ながらこの組織風土はゴーン追放後も1ミリたりとも変化していない。シビアな決算の3日後からオンエアされているCMがそれを雄弁に語っている。

 この秋からスカイラインに搭載される、世界初の運転支援システム「プロパイロット2.0」を扱ったこのCMでは、ブランドアンバサダーの矢沢永吉さんが手放し運転をしているのだが、問題はCMの最後に矢沢さんに言わせている、あの「キャッチコピー」だ。

 「ぶっちぎれ、技術の日産」

●先進技術の日産グループ

 日産の業績は確かに悪いけれど、電気自動車や優れた自動運転技術があるのは事実なんだから別にそれくらい言わせてやれよと思うかもしれない。だが、実はこのコピー、そういう先端技術は関係ないのだ。

 ドラマ『西部警察』で大門さんが操るフェアレディZやスカイラインに胸を躍らせていた世代なら、1980年代の日産がCMでこのようにうたっていたことがうっすらと記憶に残っているはずだ。

 「先進技術の日産グループ」

 つまり、日産というのは「やっちゃえ」「ぶっちぎれ」と今っぽいイケイケ感を打ち出しているものの、実は30年以上前からアピールすることをほとんど変えていない、というコテコテの「昭和の企業」なのだ。

 「技術の日産」というスローガンがいかに前近代的かということは、GAFAを見ればよく分かる。これらの企業のCMや広告で、「技術のApple」とか「Amazonの技術は世界一」なんてキャッチコピーを目にしたことがないように、現代のテクノロジー企業は「技術自慢」などしない。世の中に訴えるべきは、テクノロジーの優位性ではなく、テクノロジーを用いて、この世界をどう変革していくのか、だと考えいているからだ。

 そのような先端テクノロジー企業と対照的に、いまだ「技術自慢」を継続する「昭和の企業」が業績低迷と聞いても、申し訳ないが妙に説得力があるのだ。というと、「変わらぬ技術力があるということだろ! それをうたって何が悪い!」と怒りのあまり発狂する日産ファンも多いだろうが、「技術」が悪いと言っているわけではない。「技術自慢」を長く続けることが、「悪い」と申し上げているのだ。

 なぜかというと、「技術の」という枕詞がつくような企業や、「ウチの技術は世界一」と何十年ものけぞっている組織ほど、ガバナンスが崩壊して破滅の道へ突き進みがち、という「不都合な真実」があるからだ。

 その代表的なケースが、東芝である。

●明日をつくる技術の東芝

 国民的アニメ『サザエさん』のスポンサーを長く続けてきた同社は30年以上前からCMや広告で「明日をつくる技術の東芝」とうたい、日産どころではないほどの「技術自慢」をしていたが、フラッシュメモリーの発明で知られ、技術力に定評のある東芝メモリを売却し、PC事業からも撤退するなどして、今や自慢できるのは、リチウム電池などに限られている。

 要するに、「技術の東芝」なんて感じでふんぞり返っているうちに、時代の変化に取り残されて、社員に利益のかさ上げを無理強いするほど、落ちぶれてしまったのである。

 神戸製鋼も分かりやすい。Webサイトでいまだに『実は世界一・日本一を誇るものがいくつもある、KOBELCOの技術・製品。』とアピールしていることからも分かるように、同社もやはり30年以上、「技術の神戸製鋼」をうたってきた。

 しかし、そのような勇ましいかけ声の横で、十数年前から現場ではせっせっと検査データの不正が続けれていたのはご存じの通りだ。また、神戸製鋼同様、世界に「日本の技術力」を知らしめてきたIHIも然りである。

 「技術をもって社会の発展に貢献する」という経営理念を抱く同社は、Webサイトにも「進化を続ける世界一の技術」とうたっていた。が、残念ながら5月、過去10年で国内航空会社向けに整備したエンジンの75%にあたる34台で検査不正が見つかったと発表した。

 ほかにも、三菱マテリアル、東レ、KYB、スバル、三菱自動車など例を出したらキリがない。「オレってすごいでしょ」と周囲に触れ回る勘違い男が手痛いしっぺ返しを食らうように、「技術自慢」を長年続けてきた企業でドミノ倒しのように「不正」や「改ざん」が明らかになっているのだ。

 もちろん、このような「技術自慢企業の自滅」という現象は、日本だけに限った現象ではない。

 例えば、日本同様に「ものづくり大国」という評価があるドイツを代表するフォルクス・ワーゲン社も、「技術」には絶対的な自信を持つ。それを象徴するのが、以下のキャッチコピーだ。

 「Volkswagen. Das Auto」 (フォルクスワーゲン、これが真の車です)

●ガバナンス不全に陥るリスク

 そのような「技術自慢」を続けているうち、排出ガス規制の不正が明らかになってしまったのは周知の事実だ。それは、同じグループで昨年、ルぺルト・シュタートラー会長が逮捕されたアウディも同様である。

 「Advancement Through Technology」(技術による先進)を掲げていた同社だったが、実は車の検査時のみ排ガスを抑える機能を稼働させる違法なエンジン制御ソフトを使っていた疑いが持たれている。

 日本だけではなく、海外でも同様の現象が確認されるということは、「技術自慢」を長く続けることは、ガバナンス不全に陥って「不正」や「改ざん」を引き起こす恐れがあるということである。「そんなのは強引なこじつけだ!」とどうにかしてこの2つを切り離したい方たちも多いだろうが、ちょっと冷静になって考えれば、そのようなリスクが生じるのは当然なのだ。

 「技術」というのは、あくまで製品やサービスを生み出すための「手段」に過ぎない。要するに、アウトプットのためのインプットだ。どんなに優れていようとも、どんなに革新的であってもそれ以上でもそれ以下でもない。しかし、「技術自慢」を何年も続けていると、いつの間にやらそれを忘れて、「手段」こそが守らなくてはいけないものだと従業員たちは刷り込まれていく。この強迫観念のような「勘違い」が「不正」や「改ざん」のトリガーになってしまうのである。

 本来、企業とは製品やサービスというアウトプットで、顧客を満足させて、社会をよりよくさせていくものだ。だから、健全な企業というのは、アウトプットを重視する。顧客の嗜好(しこう)や社会の変化に合わせて、製品やサービスの質を高めていくのだ。しかし、「技術自慢企業」はその当たり前のことができなくなってしまう。

 製品やサービスというアウトプットよりも、「技術」というインプットを重視しているため、顧客の嗜好や社会の変化についていけない。かといって、現場の人間はそれを認めることもできない。何をおいても守らなくてはいけない「技術」を全否定することでもあるからだ。

●帳尻合わせ

 そこでどうするのかというと、「帳尻合わせ」である。「技術」を守るためには、多少のインチキやルール無視もいたしかたなし、というモラルハザートが広がり、そこに異を唱えることさえも許さない「同調圧力」もまん延する。これが昨今続く、データ不正や改ざんの本質である。

 実際、IHIの不正で、第三者検証委員会が調査をしたところ、工場内では「おかしなことをおかしいと指摘する」「できないことをできないと言う」のが困難だったという証言が寄せられている。

 だが、このような「同調圧力」が当たり前になった組織が本当に恐ろしいのは、「内向き」になりすぎて、もはや誰のために「ものづくり」をしているのかさえも分からなくなるほど、自分を見失ってしまうことにある。

 今の東芝が、まさにその真っ只中である。

 約1000人の早期退職を含め、連結従業員の5%に相当する7000人規模の人員削減にも踏み切るこの会社は、復活のためにと昨年、「東芝Nextプラン」なるものをぶちまけた。そこには、「世界有数のCPSテクノロジー企業を目指す」とこの期に及んで、まだ「技術」に固執していることにも驚くが、それよりも衝撃的なのは、資料の冒頭で以下のようなスローガンがデカデカと掲げられていたことだ。

 「2人の創業者のベンチャースピリッツを蘇らせる」

 日本では、山で道に迷った時にとにかくスタート地点に戻れみたいなノリで、「原点回帰」をすれば何事もうまくいくとされているが、こういうビジョンを掲げる世界的企業はほとんどいない。苦しくなると創業者を引っ張り出すのは、戦争に負けそうになると「神風」とか騒ぎ出すように、自分を見失った者が最後にすがる「精神論」だからだ。

●技術の日産を、ぶっ壊せ

 そんな精神論を掲げる東芝と、同じにおいが日産からも漂い始めている。

 先日の決算会見で、西川社長は「『技術の日産』というDNAは健在だ」などと「技術自慢」を繰り返した。これがどういう結末を招くかは、これまで見てきた通りだ。そして、さらに危ういのは、「3年で元の日産に戻す」と高らかに宣言をしたことだ。

 顧客の嗜好や社会のニーズがこれだけ劇的に変わっていく中で、自動車会社が生き残るには、これまでとまったく異なる新しい姿へと変わっていくしかないのは明白だ。にもかかわらず、3年かけて「原点回帰」するという。残念ながら東芝同様、「自分」を見失っているとしか思えない。

 今、日産が掲げるべきキャッチコピーは、「ぶっちぎれ、技術の日産」などではなく、「技術の日産」を「ぶっ壊せ」ではないのか。

(窪田順生)


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