ホリエモン的“多動力”の逆張りで生きよう えらいてんちょうの“ショボい”キャリア論

ホリエモン的“多動力”の逆張りで生きよう えらいてんちょうの“ショボい”キャリア論

●編集部からのお知らせ:

本記事は、書籍『静止力 地元の名士になりなさい』(著・えらいてんちょう(矢内東紀)、KKベストセラーズ)の中から一部抜粋し、転載したものです。著述家やユーチューバーとしても活動する、えらいてんちょう氏の独自のキャリア論をお楽しみください。

 少子高齢化が叫ばれて久しい我が国ですが、2030年には65歳以上の高齢者の割合が30%を突破するといわれています。一方、労働力の中心を担う人口(1〜64歳の人口)は減り続けるばかりで、2010年代に60%オーバーだった割合は、2030年には約55%に減少。2060年には50%を下回ると予測されています。

 もちろん、こうした問題を前に、日本政府も手をこまねいていたわけではありません。政府は1994年から少子化対策に取り組み(エンゼルプラン)、以降も子ども・子育て応援プラン(2004年)、少子化危機突破のための緊急対策(2013年)、子ども・子育て本部の設置(2015年)、ニッポン一億総活躍プランの策定(2016年)など、仕事と子育ての両立支援を目標に、子どもを生み育てやすい環境づくりに向けてのさまざまな施策を打ち出してきました。とはいえ、一定の努力は見受けられるものの、現状では焼け石に水といったところでしょう。

 そこで「日本人の労働者が足りないなら、海外から呼べばいいじゃない!」と言わんばかりに、近年増加しているのが外国人労働者です。2011年に約69万人だった外国人労働者の数は、2017年には約128万人に増加。さらに政府は、2025年までに50万人超の受け入れを目指すと発表しています。

 そういえば、今年の新宿区の成人式では、約45%の新成人が外国人だったと報じられて話題になりましたよね。彼らの多くは大学や日本語学校に通う留学生とのことですが、日本が留学生の受け入れを拡大している目的の1つとして、高度外国人材の確保による経済成長戦略があるわけです。

●「多動」な生き方に憧れる日本の若者

 とまぁ、ざっくりと日本が直面している労働力の現状について説明しましたが、本題はここからです。労働力不足や外国人就労者が話題となっている中、果たしてネイティブ・ジャパニーズの若者は、どのような働き方をしているのでしょうか。

 私が見る限り、彼ら日本の若者たちは、意欲的な人ほど多動性の潮流に乗ろうとしているように感じます。

「俺は何でもできる!」

「ひとつの仕事になんか縛られたくない!」

「自分の可能性を試すんだ!」

 これらの考えは、決して悪いとは思いません。ひと昔前までなら「会社に入ったら3年は我慢しろ!」なんて言われたけれど、入った会社がブラックだったら早々に辞めるべきだし、一般の大手企業でも終身雇用で会社に守られる時代なんてとっくに終わりました。さまざまな分野の仕事ができる能力は評価されてしかるべきです。

「自分の天職を見つけるまで、転職を繰り返すんだ!」

 気持ちは分かります。

「だから地元を出て、都市部に行って可能性を試したい!」

 うん、その気持ちもよく分かる。

 でもね、そんな彼らに向けて、私は声を大にして言いたい。

“多動できるのは、青年時代のごく限られた期間だけなんですよ”と。

 いまの若者たちのそういった風潮を後押しているのは、おそらくバブル経済崩壊以降に登場した新時代のリーダーたちではないでしょうか。

 旧態依然の経営方針にうんざりする中、新たなビジネスモデルや思想を掲げて頭角を現したカリスマ経営者。この人たちなら、長引く不況や閉塞的な社会を打ち破ってくれるのではないか。期待とともに憧れを抱き、いつしか自分も同じように成功したいと願うようになったのは、自然なことといえるかもしれません。

●強い影響与えるホリエモンの「多動力」

 そんな新時代のリーダーの中でも、意欲的な若者たちに影響を与えている代表的人物は、ホリエモンこと堀江貴文氏ではないかと思っています。というのも、先ほど「多動性の潮流」と表現しましたが、自分の可能性を追い求めてあらゆる行動を取る彼らの姿は、まさにホリエモンが提唱する「多動力」そのものだからです。

 2017年5月に刊行されたホリエモンの著書『多動力』(幻冬舎)は、発売から重版が続き、いまや30万部を突破しているビジネス書のベストセラーです。

 その中で堀江氏は、多動力とは《いくつもの異なることを同時にこなす力》であるとし、同書カバーの袖には、まえがきから抜粋された次のような文章が記されています。

《IoTという言葉を最近ニュースでもよく耳にすると思う。これは、ありとあらゆる「モノ」がインターネットにつながっていくことを意味する。すべての産業が「水平分業型モデル」となり、結果“タテの壁”が溶けていく。このかつてない時代に求められるのは、各業界を軽やかに越えていく「越境者」だ。そして、「越境者」に最も必要な能力が、次から次に自分が好きなことをハシゴしまくる「多動力」なのだ。》

 このような導入ののち、ホリエモンは「三つの肩書を持てばあなたの価値は1万倍になる」「見切り発車は成功のもと」「99%の会議はいらない」など、多動力を身に付けるための31のアイデアを提言しています。私も同書を読みましたが、賛同する部分が多く、とても勉強になりました。

●無駄を極端に敬遠する若者……それでいい?

 でも、ちょっと待ってほしいんですよ。

 多動性を重視し、合理的に動こうとする若者が増えた結果、過剰なほどに無駄を敬遠するケースが目立つようになっていませんか?

 例えば、ホリエモンの「飽きっぽい人ほど成長する」を曲解し、自分に合わない職場だと感じたら、ロクにスキルを身に付けることもなく、入社からわずか数カ月で辞めてしまう人。同様に、彼の「電話をかけてくる人間とは仕事するな」を都合よく解釈し、直接会っての対話や電話連絡が常識とされる重要な報告においても、一方的なメールで済ましてしまう人。揚げ句の果てには、退社時にはこの合わせ技で、ただメールで「辞めます」とだけ送り、いなくなってしまう人も増えているようです。

 ほかにも、会社の飲み会も良い例です。歓迎会や送別会だけでなく、仕事終わりの飲みの誘いを「給料も出ないのに、職場の人と付き合うメリットはないから」と断ったり、上司からちょっとしたおつかいを頼まれたときにも「それって俺の仕事ですか?」と口答えしてしまったり……。

 彼ら若者は、こうした行動を悪いとも思わず、むしろ誇らしいとさえ思っている節があります。実際、TwitterなどのSNSには、そんな書き込みがあふれてるでしょ? 上司を老害扱いし、旧態依然とした会社の仕組みや人間関係を過剰にたたき、異を唱えるツイートには賛辞を送るような風潮が漂っています。

 まるで、無駄を省いて自分の利だけを追求した先に、自身の成功が待っている。彼らがそう信じて疑っていないような気がしてなりません。

 しかし私は、こうした若者の言動は「多動力の悪影響」だと思っています。

●ホリエモンは「永遠の3歳児」

 極端な話ですが、もしもホリエモンの提唱する「多動力」を国民全員が実践したら、間違いなく日本はメチャメチャになっちゃうと思うんです。

 彼は「すべての仕事はスマホでできる」と豪語しますが、私からすれば「じゃあ、ゴミ収集は誰がやっているの?」という話です。私たちが生活する社会は、あらゆるインフラを支える多くの労働者によって成り立っています。ところが、彼の言う「すべての仕事」に、そうした人々の仕事は含まれていないのです。

 もちろん、すべての人が公務員になっても国はメチャメチャになります。しかし、価値観の変化というものはとても大きなものです。徹底した合理主義によって、ホリエモンが成功者というポジションを築き上げたのは紛れもない事実ですが、時に我を通して進み続け、社会を支える労働者を軽視したり、日本人が受け継いできた歴史や伝統をないがしろにしたりする言動には賛成できません。

 だから、私はホリエモンにこう言いたい。「堀江さん、あなたの考えは子どものワガママのようなものですよ」と。きっと彼は気にも留めないでしょう。なぜなら、彼自身が「永遠の3歳児たれ」と提唱し、意識的に3歳児たる好奇心とワガママを貫こうとしているからです。彼が行動する目的は極めてシンプルで「楽しい」や「面白い」なんです。

 これはある著名な方がトークショーでおっしゃっていたことですが、日本ではイチローや大坂なおみなど、何かを成し遂げた人たちが褒められる。けれど彼らはそれを「好き」でやってきた結果であり、好きなことをして褒められているだけなんですよね。

 一方で、ゴミ収集や下水道関係など社会的に必要だけど敬遠されがちな仕事をしている人、すなわち「人が嫌がる仕事をやっている人」たちには感謝の言葉もなく、目も向けられないこともある。ここに強い違和感があるんです……と。

●「多動力に踊らされるな」

 もちろん「好き」を貫いたところで、誰もがスーパースターになれるわけでもなく、単純にイチローや大坂なおみがスゴイのは理解しています。でも、もう少し、実社会を見渡して考えてみてもいいんじゃないかと思うんですよね。

 話が逸れました。

 でも、このようなホリエイズムの象徴たる多動力が、世の中の趨勢(すうせい)になったら困るじゃないですか。1億総ホリエモン社会とか、想像したくもないですよね? とどのつまり、彼が言うところの「バカ真面目な大人たち」がたくさんいるからこそ、社会の維持が可能なわけであって、ホリエモン自身が3歳児でいることは一向に構わないけど、私たちは多動力に踊らされてはいけないんですよ。

●ホリエモンは「必ず後処理をしている」

 もちろん、多動力を実践することで成功する人もいるでしょう。ただし、成功できるのはごく一部、本当に限られた人のみです。おそらく成功者の足元には、『多動力』に感銘を受けて行動したものの、成功できずに終わってしまう“多動難民”が、無数に転がっているはずなのです。

 多動力を実践する上で大切なのは、「必ず後処理をすること」です。自らの意思で選んだ仕事であっても、途中で飽きてしまったり、ほかにやりたいことを思い付いたりして、別の仕事に移ることもあるでしょう。それは仕方ないことだと思います。ただし、辞める際には、しっかりと仕事の後処理をしておかなくてはいけません。

 というのも、もしも多動を諦めたとき、自分が帰る場所がなくなってしまう恐れがあるからです。「この仕事はオレには合わない」「思っていた仕事と違うから辞める」などとロクに後処理もせず、次から次へと職を変え、ブラブラし続けている。そんな人に対する世間の評価は、当然ながら低く、信用されません。彼らを待ち受けているのは、居場所を求めてさまよう多動難民という結末なのです。

 なんだかんだいって、ホリエモンのスゴイところは、一度約束した仕事は必ず後処理しているだろうという点です。たとえば、AbemaTVの『ドラゴン堀江』は半年スパンの仕事で、多忙な彼がこの仕事だけに注力するのは難しかったはずです。それでも彼は、立派に番組として成立するレベルまで持っていったわけじゃないですか。

 彼はイヤだと思っても、引き受けた以上は必ず何らかの片を付けます。服役中も、メルマガを一度だって休むことなく配信していました。これは純粋にスゴイと思います。ただ単に何でもかんでも多動するのではなく、多動に伴う責任をまっとうしている。ちゃんと人から信用を得られるような行動をしているんです。

●多動力は「健康な独身成人」にしか無理

 じゃあ、ホリエモンのように必ず後処理をすれば、多動でもいいじゃないか。そう思う人もいるでしょう。でも多動できるのは、青年時代のごく限られた期間だけなんですよ?

 そもそも多動力とは、健康な独身成人だけに許される、極めて特殊な思想です。次から次へと自分が好きなモノを求めて行動するためには、肉体的にも、精神的にも、金銭的にも、ありとあらゆる余裕が不可欠なんですから。

 私には妻と子どもがいますが、家庭を持ってからというもの、気軽にフラフラできなくなりました。海外はもちろん、地方への旅行すら行きづらい。これが1人だったら簡単なんです。思い立ったその日に家を出て、時刻表も調べず電車に乗ってもいいし、宿にしても目的地に着いてから探したっていい。

 しかし、家族連れの旅行となると、そういうわけにはいきません。ましてや幼い子どもがいるならなおのことです。長時間の電車移動は子どもがぐずって泣き出すかもしれないから、車にした方がいいだろうか。回りたい観光名所がたくさんあるけど、体力的に子どもじゃキツイかな……といった具合に、考えるべきことが多く発生します。ややもすれば「大変そうだから、やっぱり旅行は中止!」なんて結論にもなりかねません。

 このように、現在28歳の私ですら妻と子どもを持っただけで多動性が制限されてしまうのです。さらには、老齢の家族がいるから掛かりつけの病院に送迎しなくてはいけない、養うべき家庭があるから転職を躊た め躇ら ってしまうなど、家族が増えれば増えるほど多動性は制限されていきます。

 つまり、多動力を発揮して成功するという思想は、多動可能な人間だけを中心にしたもので、極めて視野の狭い未熟な思想なのです。そこで、先ほどよりももっと大きな声で、皆さんに次の言葉を贈りたいと思います。

“いま本当に必要なのは、多動力ではなく「静止力」である”

●静止力を発揮して、目指せ「地元の名士」

「静止力」とは、自分がここだと決めた場所を終生の拠点に設定し、その拠点を中心に活動しながら、成功を収めていくための能力です。そして、この静止力における成功こそが、ズバリ、本書副題でもある「地元の名士」になることです。

 前置きが長くなりましたが、静止力を発揮し、いかにして地元の名士の座につけばいいのか。その方法を、誰もが実践可能なものとして紹介していくのが本書のメインテーマです。

 とはいえ、ここまで多動力を中心に話を進めてきたので、急に静止力だの地元の名士だのといわれても、ピンと来ない人もいるでしょう。そこで、まずは改めて多動力のデメリットを列挙しますので、その上でなぜ私が静止力を提唱するのかを理解していただきたいと思います。

(1)多動を発揮できる期間は、人生においてあまりにも短い

(2)多動力を主体とした人たちが増えると、社会が機能しなくなる

(3)多動を実践した後に挫折すると、居場所を失う恐れがある

(4)多動の人には重要な仕事を任せにくい

(5)多動の人が増えると、地方の荒廃が加速する

(1)から(3)はすでに述べた内容なので、(4)と(5)について補足します。

 (4)は、多動を繰り返す人は、周囲に「いつ、いなくなってしまうか分からない」という不安を抱かせ、長く働いている人に比べて信用されにくくなります。「コイツに任せて大丈夫だろうか? やっぱり心配だから簡単な仕事でもやらせておくか」といった具合に、長期的な仕事や重要な仕事を任されるチャンスを逃してしまうのです。その結果、実績を重ねるまでに時間がかかり、社会的信用を得ることからも遠ざかってしまいます。

(5)は、仕事にしても娯楽にしても、あらゆる好きなモノを追い求めると、必然的に選択肢の多い都市部に落ち着くという傾向が現れます。つまり、多動力の人が増えると、その分だけ地方から労働者が離れることとなり、地方の荒廃が進んでしまうわけです。

 さて、以上を踏まえた上で、静止力のメリットをご覧ください。

 多動する若者が増える中、静止する人の貴重性・重要性が高まる

 これだけです。「本当かよ、もっとあんだろ!」と思った人もいるかもしれませんが、これが静止力における最大かつ最強の武器です。早い話が、これだけで多動力のデメリットすべてをカバーできているんです。

 それだけではありません。静止する人の貴重性・重要性は、自身の拠点においても有効です。つまり、拠点周辺での自らの存在感を高めることで、地元の名士になるための距離がグッと近づくのです。

 今後、少子高齢化や多動性の潮流を受けて、我が国の人手不足・後継者不足は、よりいっそう深刻化していきます。顕著なのは地方ですが、都市部でも必ずや後継者不足が深刻化すると断言できます。

 インターネットが台頭し、遠く離れた人とも簡単につながることができる現在、プライベートでもビジネスでも、ネットを介したコミュニケーションを重視する傾向が強まっています。この結果、リアルの交流がおろそかになり、かつては当たり前だった地域内でのリアルな交流も失われつつあります。

 実際、平成29年度版の総務省『情報通信白書』のグラフを見ていただければはっきりと分かります。1日あたりのモバイルからのインターネット利用時間は、各年代を合わせた全体平均で2012年の38分から、2016年には61分と1・6倍にもなりました。その利用内訳は「SNS」や「メールの読み書き」「ブログ・Webサイトの読み書き」で大半を占めています。

 一方のビジネスシーンを見ても、一部のIT企業ではリモートワークを取り入れており、中でもソニックガーデンという会社は本社家屋を撤廃して、全社員リモートワークが主体となっています。

 参考までに、主なSNSの年代別利用率もグラフ化しましたが、このようなネットコミュニケーションが主体となった現在、私は逆に大きなチャンスを感じています。リアルな人間関係が希薄になりがちないまだからこそ、自分の周りに住んでいる「自分の地域」の住民との交流を大切にし、老若男女から信頼関係を築いていくことができれば、新参者が一代にしてその土地の名士の座をつかむことも夢ではありません。

 事実、すでに私は行動に移していますし、よりレベルを上げた「複数の地元で名士になる」や「赤の他人の墓守になる」を目指しているところです。


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