レクサスインターナショナルの澤プレジデントが語る「ブランドにひもづいたデザイン」戦略

レクサスインターナショナルの澤プレジデントが語る「ブランドにひもづいたデザイン」戦略

 イノベーションは必ずしも技術によって生み出されるわけではなく、デザインが生み出すものだ。

 例えば、iPodは決して世界初のデジタル音楽プレーヤーではなかったが、人々の生活を変え、心躍らせるビジョンを、うまく既存技術を組み合わせることで形に変え成功した。その後に続いたiPhoneも、決して世界初のスマートフォンでもなければ、世界初のタッチパネル式携帯電話でもないが、その技術に支えられた優れたデザインで世界を征した。同様に掃除機でおなじみのダイソンも、掃除機やドライヤーなどの既存製品が抱えていた課題を解決する「デザインエンジニアリング」で成功している。

 しかし、日本は世界に誇れる優秀な工業デザイナーが大勢いるにもかかわらず、いまだに技術だけで勝負をしている企業が多い。

 一定評価を築いたソニーを除くと、なかなかデザインを戦略の中心に据えた企業が出てこないのが現状に見える。だが、実は日本にも技術に裏打ちされたデザインに注力して大きな成果を出しているブランドがある。自動車ブランドの「LEXUS」だ。

●躍進をつづけるLEXUS、その背後にはデザイン重視の戦略

 レクサスインターナショナルが7月に発表した2019年上半期の欧州新車販売の総台数は4万450台。前年同期比は5%増と、不振の自動車業界にあって2年連続で前年実績を上回っている。18年、それまで好調だった自動車消費市場はマイナス成長に入り、19年はさらに悪化。5月時点での販売台数を前年同期と比べると16.4%も減少している(中国自動車工業協会調べ)。しかし、同じ18年と19年5月の販売台位数比較で、150%増と販売台数を大幅に伸ばしているのがレクサスだ。

 18年の国内登録台数は5万5000台。メルセデスベンツの6万8000台には及ばないが、BMWの5万1000台は抜いており、同年累積出荷台数でも50万台を超えている。実際に街を歩いていてもLEXUSの姿をよく見かけるようになった。昨今の日本では軽自動車など価格重視の車が人気の中、海外市場を見てデザインされた(ほとんど値引きのない)高級車をこれだけ販売しているのは驚きだ。

 この成功の背景には、数々のスポーツイベントやアートイベントのスポンサー、表参道のINTERSECT BY LEXUS、東京ミッドタウン日比谷のLEXUS meets...といったカフェやショップの展開、それらの場で日本の上質な匠の技をキュレーションし、販売するレクサスの試みがある。全国の地方で突然開かれる食事会「DINING OUT」を展開したかと思ったら、東京ミッドタウン六本木の広場でグランピング体験を展開したりと、現代のライフスタイルを提案するさまざまなイベントを通して、すっかりブランドとしても親しみが持てるようになったことも大きい。

 だが、それだけでは製品を所有しようという思いまでには至らない。やはり、何と言っても大きいのは細部までこだわり抜いた製品のデザインだろう。

 12年、LEXUSはそれまでとは大きく方向転換し、車の顔ともいえる正面に、存在感の強い「スピンドルグリル」と呼ばれるデザインを採用して衝撃を与えた。

 当初は、あまりに個性の強い“顔”に拒否反応を示す人や酷評する人も多かった。しかし、今ではこれがすっかりおなじみとなり、スピンドルグリルを街で見かける頻度から、LEXUSが増えているのを実感しているのではないだろうか。iPodが大成功したときに、白いヘッドフォンを身に着ける人が急速に増えるのを見ながら、その勢いを実感したのと同じように。

 製品発表時に違和感の声があがるのはLEXUSだけではない。例えば、iPhoneも形状変更があるたび、あるいはAirPodsなどの新製品が出るたびに、その見た目の意外性からネット上で「違和感」の声があがる。しかし、市場ではすぐに市民権を得て、それが当たり前になる。シンプルなようで、実際には立体的で非常に複雑な形状をしたスピンドルグリルにも、そこに通じるものがあるのかもしれない。

 このスピンドルグリルのLEXUSが開発されていたときに、LEXUSのグローバルデザイン統括部部長に就いていたのが澤良宏氏、現在のレクサスインターナショナルのプレジデントである(トヨタの執行役員も兼任)。そう、レクサスではデザイン畑出身の人物がトップに立ち、この大成功をけん引してきたのだ。

 現代はテクノロジーの時代といわれる。裏を返せば、新興の会社であろうとも、同じようなテクノロジーを用いた同じような製品を簡単に作ることができる時代でもある。しかし、こと製造業においては、テクノロジー以上に、デザインの力を持つブランドが成功している。Appleやダイソンはその代表例だが、LEXUSもそうしたブランドの1つとして数えていいのではないだろうか。

●ブランド価値と結びついたデザインシンキング

 そんなレクサスインターナショナルの澤氏にインタビューする機会を得た。スピンドルグリルの話をすると「あれは時間がかかりましたが、リスクを取りました」と笑う澤氏。

 レクサスが属するトヨタ自動車も含め、自動車メーカーならどこでも「個々の製品のデザインをしっかりやるのは当たり前だが、(LEXUSは)ブランドバリューと結び付く形でデザインを行っているのが、特徴的なところ」だという。

 この考え方は、親会社であるトヨタ自動車にも最初のうちはなかなか理解されなかったという。「1つ1つの商品を個別に見てしまうと、なぜ、ここがこんな風になっているのか、と見えてしまう部分があるが、後からそうした商品が増えていくことで、それらがつながって見えてくるのがブランド価値と結びついたデザインシンキング」と澤氏は話す。

 確かに、最初にスピンドルグリルが登場したときは、2012年真っ先にこれを採用した「Lexus GS」そのものが批判を受けた。しかし、今の私たちにはこれがLEXUSブランドを象徴する全車種の顔であることが分かる。

 そんな澤氏が、現在、テクノロジーとデザインについてどんな考えを持っているのか。

 「最近では自動運転とか、コネクテッドカーなど、車の世界でもいろいろなテクノロジーが登場しています。ただ、そうした議論では、ついテクノロジーばかりが先行し、ヒューマンというファクターが忘れらてしまう。そんな中で、今、レクサスは外の人たちにはもちろん、社内の人にも向けても、改めてHuman-Centered(人間中心)ということを強くうたっている」(澤氏)

 そう聞くと、19年6月に発表された「Lexus RX」の改良型モデルから採用している世界初のブレードスキャン式アダプティブハイビームシステム(AHS)という技術は、まさにこのことを感じさせる技術の1つといえる。

 光源となる12個のLEDの光をそのまま照射するのではなく、高速回転するブレードミラー経由で照射し、300個のLEDと同等の配光を実現した技術だが、これは単に少ない光源でより広い範囲を照らせるというだけではない。前にいる車や対向車、歩いている人を認識すると、そこにいる人がまぶしくならないように、その部分だけ光が当たらないように照らすことができるのだ。

●LEXUS流のテクノロジーの見せ方

 実はLEXUSは、この技術を採用するのに先立ち、毎年4月にミラノで開催される世界最大のデザインイベント、「ミラノデザインウィーク」(俗称:ミラノサローネ)で、その予告編ともいえる展示を行っていた(先の澤氏のインタビューもそこで行った)。

 ミラノデザインウィークといえば、19年は世界181カ国から、登録している人だけでも38万人が参加したイベントだ(また、登録しなくても見られる展示が多いため、実際にはこれよりもはるかに多くの人が見ている)。テクノロジー系のイベントであるCESが11万人、IFAが25万人という数と比べても圧倒的に規模が大きいイベントであることが分かるだろう。

 LEXUSがそのミラノデザインウィークで展示をしていたのは、人気の高いトルトーナ地区にあるSuper Studioの入口前大ホール。毎年、一番目立つ展示会場の1つだ。その会場でLEXUSは「LEADING WITH LIGHT」という展示を行っていた。

 そこでは自動車そのものの展示が一切行われておらず、全てはLEXUSがキュレーションしたクリエイターらによるインスタレーション作品(コミッションワーク)の展示だった。

 メインの展示は、ライゾマティックスの真鍋大度氏/石橋素氏のチームが手掛けたダンスパフォーマンス。ライゾマティックスはPerfumeのステージ演出や、リオオリンピックの閉会式で行われたフラグハンドオーバーセレモニーでのAR演出にかかわったことでも知られる、日本を代表するデジタル演出集団だ。

 左右の壁から放たれる無数の光の中で、ダンサーの動きをモーションキャプチャーしながら、時にはダンサーを囲むように、そして時にはダンサーの後を追うように動く巨大な4輪自動運転のロボット――前代未聞のダンスパフォーマンスが、開催期間の1週間、しかも朝から夜遅くまで続くミラノデザインウィークで展開するという、かなり大きなチャレンジだったが、おかげでLEXUSのブースは連日長蛇の列が続いていた。

 パフォーマンスの後には、一部の来場者にダンサーが持っていたのと同じボールが配られた。このボールを持って、ダンサーが踊っていたステージに躍り出ると、なんと壁から放たれる光が、そのボールの動きに追随するのだ。

 続いて来場者は真っ暗な部屋に通される。天井から3つのペンダントライト型オブジェがつるされ、そこから放たれた光は、特には交差したり、重なり合ったりする。説明を聞くと、この光はLEDから放たれたものだという。通常、LEDの光は広がっていき壁にぼんやりとした光を落とす。このため、光で断面を描いたりするのには通常、レーザー光線などを使う。ところが、このオブジェでは最新の技術を用いてLEDの光が一方向にしか広がらないように制御されている。しかし、展示ではそうした難しい説明は一切無しに、それをただ体験を通して示していた。

 次の部屋に来て、ようやく技術的な展示があった。先に説明したブレードスキャン式アダプティブハイビームシステム(AHS)の先行デモンストレーションだ。といっても、特に込み入った説明はなく、来場者はただボールを渡されて、ハイビームのようなまぶしい照明の前に立つように指示される。ここでボールを動かすと、正面のライトからまぶしい光で照らされているのに、ボールの周囲には影ができ、そのボールを動かしても、きちんとその影が追随する――まさに歩く人、動く人を認識して、配慮する人間中心のテクノロジーである。

●LEXUSは車ではなくライフスタイルを売るブランド

 それにしても、LEXUSはどうしてこんな展示方法を選んだのか。

 「これでも、今年からは、これまでのミラノデザインウィークで行った展示とは変えて、かなり説明っぽい展示にした」と澤氏は笑う。

 今では多くの自動車会社が出展するミラノデザインウィークだが、その中でもLEXUSは自動車ブランドとして真っ先に出展し、19年で参加12回目を数える。筆者もそのうち半分ほどを見てきたが、初期は「L-finess」というLEXUS車のデザインコンセプトを吉岡徳仁やnendoといった人気の若手デザイナーと組んで行う展示が中心だった。

 そして澤氏がデザイン部門の長にたったころから、少し展示内容が変化し、気鋭の建築家による巨大な建造物が披露されたり、有名シェフを招いて“五感に訴えかける展示”が行われ、大きな話題となった。また、MIT MediaLabとのコラボレーションなど、もはや車そのものを感じさせない「体験」を見せる展示が中心になっていた。

 しかし、19年はまた少し方向性を変えて「未来をサジェストした展示。未来に対してつながりを感じられる展示にしたかった」と澤氏は説明する。そんな澤氏にミラノデザインウィーク出展の意義も聞いてみた。

 「自動車向けの展示会で、ただ自動車を並べて見せる、というやり方は最近ではお客さまの方も納得しなくなっている。そうした中で、どんなイベントに出展するのか、そしてどう見せるかは、おそらく他の自動車メーカーも悩んでいるところだと思う。ミラノデザインウィークは、世界でも最もデザイン系の感度が高い人が集まってくる特別なイベント。この1週間、これだけデザイン系の感度が高い人たちが集まり、またこれだけ素晴らしいデザインの作品がそろい、来場者の感度が冴え切っているところで、自分たちができる最高のチャレンジを示せば、来る人たちもそれを肌で感じてくれると思う。そしてこれまで個別に提示していたいろいろなことがリンクし始めて、そこからブランド全体としてのオーラ(人や物が発する雰囲気)のようなものを感じてもらえるのではないか」(澤氏)

 最新型のLEXUSを見渡したとき、ヘッドライトは小さなパーツの1つでしかない。しかし、そんな小さなパーツの1つにまで、Human-Centerdの哲学があり、ミラノで大勢の来場者を感動させたパフォーマンスの物語がある。これがLEXUSの強みだと筆者は思う。同じヘッドライトをただ開発し、技術的な原理を説明したところで、頭で納得するのはその瞬間だけだ。これに対して、たった1つの部品の裏にも、これだけのストーリーがあると、何かふとした拍子にそれを思い出し、心を満たされる部分がある。

 LEXUSのブランドに結びついたデザインの価値というのは、まさにそんなところにあるのだろう。ちなみに、LEXUSにおけるデザインへの取り組みはこれだけではない。実はミラノデザインウィークの展示には、もう1つ隠れた展示部屋があり、それこそがLEXUSの未来を作っているのだが、それについては後編で紹介したい。


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