2016年のオープン以降、国内外に5店舗を展開し、今後もフィリピンやロンドンなど海外への展開を進める最高級和牛レストラン「WAGYUMAFIA」。19年には新業態のスタンド式高級焼肉店「YAKINIKUMAFIA」もオープンし、こちらも国内外での展開を予定している。

 また2019年には和牛専門ラーメン店「MASHI NO MASHI HONG KONG」を香港にオープンした。さらに20年1月に「MASHI NO MASHI TOKYO」を東京・六本木にオープン。今後も世界中の都市に店舗を広げる計画だ。

 このインタビューでは設立からわずか3年で急成長を遂げたWAGYUMAFIA代表取締役の浜田寿人に、前編では和牛にかかわるようになった経緯を、中編では海外のレストランに最高級の尾崎牛や神戸牛を輸出する戦略について聞いてきた。

 しかし、16年9月の時点では、レストランが現在のように繁盛するとはとても考えられないほど、客がいない状態だったことは中編でお伝えした通りだ。その苦しい状況を乗り越えた背景には、独自のプロモーションとマーケット戦略があった。後編ではWAGYUMAFIAの快進撃の秘密に迫る。

●3カ月間売れなかった「2万円の高級カツサンド」

 東京・赤坂に16年9月にグランドオープンした高級肉割烹「WAGYUMAFIA」は、当初はほとんど客が入らず苦しい状態だった。最高級の尾崎牛と神戸牛を提供するため、一度の食事で数万円と高額になることが、国内の客にはなかなか受け入れられなかったのかもしれない。

 そんな状況でも浜田は、店のコンセプトを変えるつもりはなかった。それはターゲットを、インバウンドなどによる外国人客に定めていたからだ。最高級の和牛を提供するには1人あたりの単価を3万円まで引き上げる必要がある。それを可能にするのは、海外からの客に受け入れてもらうことだった。

 「海外から来る人たちのために店舗を運営する姿勢は、いくらお客さんが少なくても変えるつもりはありませんでした。それは、海外からの客が増えて、海外にマーケットが広がることが、和牛の生産者にとってもメリットになると思ったからです。また、和牛で世界一の存在になるためには、最高級の和牛を安売りせずに提供することが大事だと考えていました」

 そんな状況のなかで、浜田と共同創立者の“ホリエモン”こと堀江貴文は17年3月、中目黒に神戸牛を使った和牛カツサンドの店舗をオープンする。値段は、最も安いもので1000円。神戸牛を使ったシャトーブリアンのカツサンドは当時2万円(税抜き、現在は神戸牛の高騰から2万3000円)だった。当然ながら、日本人で買い求める人はほぼいなかった。

 「カツサンドもターゲットは外国人です。ラグジュアリーで、簡単で、説明のいらないものを提供したいと考えたときに、外国人からよく求められるのがカツサンドでした。だったら、世界で唯一の和牛だけを作ったカツサンドスタンドを作ろうと思いました。

 ところが肉割烹のWAGYUMAFIAと同じように、オープンしてから3カ月は全く客が来ませんでした。ほとんど私と堀江の2人で買い支えていたような状態です。知り合いの楽屋に持っていけば喜んでもらっていましたが、売り上げには全く結び付きませんでした」

 この時点では、赤坂のWAGYUMAFIAもカツサンドスタンドも、広告やPRを全くしていなかった。外国人にリーチするための方法を考えていたからだ。当時、日本を訪れた外国人に話を聞くと「Instagram(インスタグラム)を使っている」という声を多く聞いた。そこで浜田は「インスタ一本足マーケティング」を敢行することにした。浜田は全て英語での投稿を実施し、カツサンド店もそれを徹底した。

●インスタで地道に投稿

 インスタを活用すると決めたものの、カツサンドスタンドをオープンした17年3月の時点で、浜田のフォロワーは約2000人。堀江でも約7000人しかいなかった。堀江はTwitterのフォロワー数こそ多かった一方、インスタではまだまだだった。

 ある日、初めて2万円の和牛カツサンドが売れた。購入してくれた外国人に許諾をもらって顔写真付きでインスタに投稿した。それからも買い手がつくたびに、地道に投稿を続けた。

 一方で、WAGYUMAFIAが世界中で開催していたポップアップイベントの様子も、積極的にインスタに投稿した。すると、全く知られていなかったWAGYUMAFIAの名前が、高級カツサンドと、世界ツアーとの相乗効果によって浸透し始めたのだ。

 外国人がカツサンドを持って「世界で一番高いカツサンド」「神戸ビーフのカツサンド」と投稿するようになると、オープン4カ月を過ぎたころからインスタで広がり始めた。世界中からユーチューバーやセレブも訪れるようになった。このころの手応えを、浜田は次のように振り返る。

 「フォロワーが徐々に増えて、1万人を超えたところで変わってきました。そのときに『言葉で売れる時代は終わった』と感じましたね。写真か動画によって、1秒で伝わるような圧倒的な興奮が必要でした。世界一のカツサンドという分かりやすいコンセプトがじわじわと広がって、有名なユーチューバーも来てくれるようになりました」

 ちなみに、浜田は現在、インスタのフォロワーが10万人を超えている。インスタによって海外のマーケティングに成功したのだ。

 こうしてカツサンドスタンドが軌道に乗ってきた17年7月、満を持して西麻布にWAGYUMAFIAの新店舗、THE BUTCHER‘S KITCHENをオープンする。赤坂の肉割烹、中目黒のカツサンドスタンドと合わせて3店舗が揃(そろ)い、免許を取得して精肉店も始めた。

 最初は飲食店に関わることに消極的だった堀江だったが、このころにはTHE BUTCHER‘S KITCHENのオープン資金を浜田と一緒に出すなど、店舗の運営にも本格的に取り組むようになった。その変化を浜田はこう話す。

 「自分たちのWAGYUMAFIAというブランドが、食に変わって喜んでもらえる体験をして、だんだん本気になっていったような気がします。特にTHE BUTCHER‘S KITCHENという城ができてからは、彼は飲食業の顔になったと思います」

 3つのタイプのWAGYUMAFIAで外国人に最高級の和牛を楽しんでもらう環境が整った。そしてそのタイミングで、誰も想像していなかったことが、次々と起きるようになる。

●世界的なセレブとの縁とインスタの効果

 ある日、香港に出張中だった浜田に、会社から電話がかかってくる。

 「WAGYUMAFIA THE KAISEKIに、ジャック・ドーシーが来るみたいです。急いで戻ってきてください」

 ジャック・ドーシーは、Twitterの共同創設者兼CEO。SNSの世界で最も重要な人物の1人だ。急いで香港から戻ってきた浜田は「堀江があなたの大ファンだ! よろしく、と言っていたよ」と伝えて、店舗でジャック・ドーシーを迎えた。そこから思わぬ展開になった。

 「ジャックはとても気さくな人で、僕らの世界ツアーに来たことがあるイスラエルの友人から、WAGYUMAFIAがすごいと聞いたそうです。この後飲みに行くから一緒に来ないかと誘われて、結局4日間ずっと一緒にいました。

 面白かったこともたくさんあります。常にジャックと行動をともにするフランス人がいたので『友人かい?』と聞くと、『いや、彼は俺が原宿でTシャツを買った店の店員だ』と言っていました(笑)。ジャックは荷物を一切持たず手ぶらで日本に来たり、全くスケジュールを立てずに成り行きで1日を決めていったりと、ぶっ飛んでいるところがありましたね」

 ジャック・ドーシーは帰国後しばらくしてから「1人紹介したい」とショートメッセージを送ってきた。その人物は、現在ソフトバンクグループの取締役副社長COOを務めるマルセロ・クラウレだった。

 マルセロ・クラウレはたびたび店に来てくれていたものの、浜田も海外出張をしていることが多く、なかなか会えなかった。すると今度はマルセロ・クラウレも、「俺はマイアミでサッカークラブを持っている。チームを作っているやつが今度日本に来る。いいやつだから紹介したい」と1人紹介してくれた。

 やってきたのは、サッカーでイングランド代表の経験があり、世界が注目するセレブでもある元サッカー選手のデビッド・ベッカムだった。

 「ベッカムは息子のブルックリンと初めての海外旅行ということもあり、ベッカムより『(日本にいる間は)お前が仕切ってくれ』と頼まれました。3日間ずっと一緒に過ごしたことで仲良くなりましたね。今年7月にはベッカム夫妻の結婚20周年パーティーの料理を作りに行きました。(スペイン・バレンシアに本拠地を置くサッカークラブチーム)FCバレンシアオーナーで、F1マクラーレンのオーナーでもあるピーター・リムがシンガポールでプライベートジェットをチャーターしてインドネシアにも行きました。

 ベッカムがWAGYUMAFIAの料理や和牛カツサンドをインスタに投稿してくれたことによって、世界中のセレブにWAGYUMAFIAが知れわたるようになったことは大きいです」

 こうした出会いから、WAGYUMAFIAには外国人客が殺到するようになる。18年には赤坂に新店舗のWMをオープン。分子ガストロノミーという科学的調理法によって、料理界の頂点を極めたといわれるアドリア兄弟の弟アルベルト・アドリアをはじめ、世界的に名高いシェフがポップアップイベントを開いたことで話題になった。

 世界ツアーや、トップクラスのシェフとのイベントを通して、浜田はシェフとしても大きく成長した。世界のレベルを肌で感じたことが大きかったという。その結果、世界に認められた。

 高級ブランド誌『Hong Kong Tatler』主宰の食のイベント「OFF MENU」にて、ロンドンで三ツ星に輝いたTHE ARAKIの荒木水都弘らと並んで「世界のトップシェフ12人」の1人に選出されたのだ。いまでは世界中のシェフと一緒にレストランのブランディングも手掛けている。

 WAGYUMAFIAは18年に、海外1号店を香港にオープンした。その後、客席数は25席ながら月に4000万円〜5000万円を売り上げ、約6億円の年商を誇る旗艦店に成長。1人当たりの客単価は約7万円だという。最高級和牛を安定的に海外に供給することにも成功した。

 今後WAGYUMAFIAは海外を中心に展開し、新業態のYAKINIKUMAFIAは国内で20店舗、海外でも順次店を作っていく。ここまでがWAGYUMAFIAが急成長した経緯だ。

●高価格帯での成功のカギは「マーケットの創出」

 ハイエンドな価格帯でありながらWAGYUMAFIAが成功した理由の1つは、外国人をターゲットにしたことにある。しかしそれ以上に重要な理由は、最高級和牛の専門店や和牛カツサンドスタンドという従来は存在しなかった需要を掘り起こし「新たなマーケット」を作ったことにある。浜田は、日本の高価格帯のレストランはまだまだブルーオーシャンだと指摘する。

 「ロンドンのメイフェアにある高級レストランの中には、1店舗で年間80億円売り上げる店もあります。世界にはハイエンドな店がたくさんある一方、日本にはまだほとんどありません。WAGYUMAFIAはそのマーケットを作ることができたと思っています。

 この戦略は、僕が以前に映画を買い付けていたときと同じです。新しいジャンルの映画は、新しいマーケットを作らないと既存マーケットでのユーザーセグメントでは全く受け入れられない。新しいマーケットで新しいユーザー像をイメージしていかないとダメなんです。

 カツサンドも最初は1000円と2万円のバリエーションから始めました。現在は5000円から始まり、ドライエイジの神戸牛カツサンドが3万5000円。最も高い兵庫県畜産共進会で最優秀賞を受賞した和牛のカツサンドは5万円です。それでも買ってくれる人がいます。多いときは1日で130万円を売り上げる店舗に成長し、外国人比率は95%を占めています。

 例えば僕らがパリに行って世界一おいしいステーキバゲットサンドウィッチが200ユーロ(約2万4000円)だとしても絶対に食べたいと思います。ただランチとディナーはだいたい予約が入っている。そうなるとそのはざまの30分間で最高の和牛サンドを食べたいというニーズは必ずあるはず」

 ハイエンドの市場を作り、マーケットを広げることは、生産者から安定して買い付けができることにもつながる。そのためにも、輸出だけでなく、今後はWAGYUMAFIAとYAKINIKUMAFIA、MASHI NO MASHIで店舗を拡大する考えだ。

 「これはだいたいの数字ですが、日本には和牛やホルスタインなど、全て合わせて約300万頭の牛がいます。このうちの10%にあたる30万頭が和牛です。さらにそのうちの95%が黒毛和牛で、その中でも10%の3万頭くらいが特に希少性の高い『ブランド牛』と呼ばれる牛です。

 僕はブランド牛の10%に当たる、3000頭を扱いたいと思っています。ブランドの頂点を構成する和牛の価格はもっと上げるべきで、その価値が分かる海外のパートナーと、ユーザーを作っていかなければいけない。WAGYUMAFIAの役割は、そのための舞台装置です。

 最も高価な和牛を海外に輸出できれば、和牛の関連商品も一緒に売れていきます。WAGYUMAFIAで使っている調味料や米などの食材をはじめ、海外の店舗で使う特注の器も、僕たちがいいものを買って海外に広めたい。WAGYUMAFIAを誰にもまねできないものにすることも戦略の1つです。

 新しいマーケットの創造なら、誰にも負けない自信があります。僕たちと一緒に世界で勝負したいという面白い人がいたら、ぜひ一緒にやってみたいですね」

●血のにじむような挫折が生み出した栄光

 WAGYUMAFIAは16年にスタートして、3年で急成長を遂げた。浜田は5年を迎える21年をめどに、和牛レストランとして世界の頂点に立ちたいと考えている。2019年9月期に営業利益は1億円を突破した。今期は営業利益3億円を目標とする。社員数は再生計画を始めたときと同じく現在も浜田1人だけだ。この成長を支えているのは過去の失敗だと浜田は言い切る。

 「ここまで5年計画のプロジェクトで進めてきました。2020年はオリンピックがありますから、この5年で頂点をとれなかったら難しいと思って取り組んでいます。最初の5年間は集中できるのと、やっていて楽しいので一番伸びる時期ですよね。そこで集大成まで持っていきたいと考えています。

 これだけ早くここまで来られたのは、やはり過去の失敗があったからだと思います。みんな失敗を恐れるじゃないですか。でも僕の場合は、大失敗したからこそ今があります。若い人も恐れずに思い切り失敗すべきです。もちろん迷惑をかけることも多く、そんなときは申し訳ない気持ちでいっぱいになります。ただし成功するためには失敗を恐れてしまっては絶対にダメ。その失敗から気付きや学びがあってはじめて、次の大きなチャレンジの成功があると信じています。

 一番底に沈んだころはランチも買えず、部屋中を探してみても430円しかありませんでした。本当につらかった……。でもそのときに、オリンピックに出場した友人からこんなことを言われたんです。『浜ちゃん、なかなか人は死なないからさ』と。その言葉に救われました。いろいろな人に助けてもらって、失敗を糧にできたと思っています」

 現在でもWAGYUMAFIAの海外展開を進める中で、失敗することも多々あるという。

 「結果だけ見れば海外展開も順風満帆に進んでいると思われるかもしれませんが、その裏には数多くの失敗があります。以前も、サンフランシスコで出店を巡ってもめて、数億円のプロジェクトが吹き飛んだりしたことがあります。そのたびに『なかなかうまくいかないものだ』と思ってきましたが、結局、無理な開店や出店をやめたから良かったこともあります。

 僕はうまくいかないときにこそ、客観的に自分を見ようと心掛けています。WAGYUMAFIAという物語の中では主観性を持ちすぎないこと、自らも観客のように絶えず起こりうる事象に対して、受け流すことが大切だなと思えるようになりました」

●堀江貴文との再会が意味したもの

 最初は肉割烹もカツサンドも、客が集まらない困難があった。さまざまな失敗を重ねながらも、ここまで成長できた理由には、堀江との再会も大きかった。

 「彼がいなかったら、ここまではできなかったと思います。よくLINE上で議論が白熱しすぎて、スタッフに『また夫婦喧嘩が始まった』と言われることもありますが……。僕もオブラートには包まずに、はっきりものを言うので、議論で戦える相方の存在は大きいのです。

 また彼が“国内の顔”になっているのも強い。僕は性格的に日本人とうまくやっていくのが難しいタイプなんです。日本では影の存在としてクリエイティブサイドに徹し、そして海外ではシェフとして、プレーヤーとしてもアピールできることが、このブランドの1つの強みになっていると思います。堀江は常に新しい取り組みに対してポジティブですしね。僕らは前例のないチャレンジをしているので、経験則で考え出したら新しいブランドなんてできないのです。

 以前、海外から買収提案が来て、その条件は『株の過半数』と、『堀江の退任』でした。決して悪くはない買収の話でしたが、サクッと断りました。僕にとっては『誰と仕事をするか』の方が重要で、このWAGYUMAFIAのブランドやDNAの中で堀江の存在はそれだけ大きいのです」

 浜田はいま、世界を舞台に活躍することで、世界中のプレイヤーたちのすごさを実感している。それがさらなるモチベーションを生んでいることは間違いない。それでも、調子に乗らずに、かつアクセルを踏み続けている。

 「最近は、“go with flow”という言葉をよく使います。日本語で「流れに任せる」という意味です。若いときは周りが反対しても突き進んでいましたが、今は必然でやったことの方がうまくいくと気付きました。成立するものは成立するし、成立しないものは成立しない。成立しなくても感情的に悲しまずに、WAGYUMAFIAというストーリーを見ていきたいと思っています」

 和牛を世界で売りたいという情熱と、それを実現する海外での人脈。そして豊富な実体験。幾度もの失敗を経て、和牛の道一本を選んだ浜田は、これからも世界一を目指して疾走する。

 「いってらっしゃい!」

(了、敬称略、関連記事より【前編】【中編】がお読みいただけます)

(フリーライター 田中圭太郎)