来客者数が12年ぶりに100万人を超えた東京モーターショー2019。最新乗用車の公道試乗体験やキッザニアとのコラボレーションもあってか、家族連れが多かったという。

 一方、そんな会場内にひしめく各メーカーのクルマに寄り添うように立つのは、今回も多くの女性コンパニオンたちだった。

 「場が華やかになるから」「クルマが映えるから」という謎の一般論を無理やり飲み込みながら見学するも、やはりスカート姿でトラックの前に立つ女性に、筆者は違和感しか抱けなかった。

 男性社会だった高度経済成長期から大きく様変わりし、女性も自らクルマを買えるほど経済力を持つ現代。ファミリーカーやトラックの前に女性を立たせる意味はあるのだろうか。

 ブルーカラー出身の筆者が抱くジェンダー論の観点から、クルマ市場のマーケティングをひもといてみる。

●男性ウケ狙った「ひと昔前」のセンス?

 男性に人気があるとされる趣味やスポーツ関連商品の隣には、煌(きら)びやかな衣装を身にまとった女性が添えられることがある。

 中でもその傾向が顕著なのが、モーターショーやオートサロン(カスタムカーのイベント)だ。これらのイベント会場では、クルマの数よりもコンパニオンの方が明らかに多い。

 今回の東京モーターショー2019にも、例に違わず各社趣向を凝らした衣装の女性が勢ぞろいした。

 これまでと比べると全体的にシックで知的な印象があるデザインが目立ったが、その一方、大きく空いた胸元の肌に直接社名を刻んだコンパニオンの姿も見られた。

 いずれにしても正直なところ、各社が用意したそれらの衣装のセンスは、女性の筆者からすると「着たい」「見たい」「ほしい」というものでは一切無く、どことなく50代前後以上の男性ウケのいい、ひと昔前の衣装センスが用いられていたように見受けられる。

●きらびやか、でも“邪魔”な女性コンパニオン

 実際に衣装を着ている彼女たち本人が、同じように思っているのか思っていないのかはさておき、コンセプトカーのデザインに合わせたであろう、これらの衣装を身にまとった彼女たちは、言われるでもなくカメラを向ければ笑顔でポーズを取る。

 こうした光景は、日本のモーターショーだけに限ったことではない。各国、特にアジアのモーターショーにも見られる光景ではあるが、中でも特に東京でのコンパニオンの多さは異常ともいえる。もはや女性を見に来ているのかと思うほど、強い言い方をすればコンパニオンに興味のない筆者にとっては、大変「邪魔」だった。

 実際、女性来場者に限らず、男性来場者の中からも「コンパニオンやカメラマンが邪魔」「純粋にクルマだけ写真に収めたいのに笑顔でポーズを取られると、どいてと言いづらい」とする意見は多い。

 モーターショーに女性が立つこと自体に違和感を覚える人も少なくないようで、Yahoo!で「東京モーターショー コンパニオン」と検索すると、「なぜ」という関連ワードが浮上する。

 体験型やキッザニアとのコラボレーションをしたことで増えた家族連れ。衣装の女性が付いたクルマに、「小さな来場者」たちは何を思うのだろうか。

●高度成長期に「マッチ」した女性コンパニオン

 3種の神器と併せてクルマが飛ぶように売れた1950年代からの高度経済成長期。当時は日本のみならず、世界でも生活の大黒柱は男性で、女性は家庭に入り夫をサポートする役回りだった。

 ゆえに、クルマを買うのも運転するのもほぼ100%が男性。そんな時、マーケティングのいち手法として誕生したのが「女性コンパニオン」だとされており、若く美人な女性を商品の前に立たせることは、当時有効な手段だった。

 現に女性コンパニオンは、1955年の東京モーターショーで初登場したとされている。

●「男性に絞った」戦略、いまだに有効?

 しかし、女性の社会進出が進み、クルマの購入者が男性に限られなくなったこと、また、経済的負担によってクルマが売れなくなってきていることに鑑みると、高度経済成長期からの「男性に絞った」マーケティングやイメージ戦略は、有効だと言えるのだろうか。

 クルマが売れない時代、趣味や嗜好に男女差が無くなってきつつあるこの現代において、女性コンパニオンを立たせる効力そのものにも疑問を抱かざるを得ない。

 東京モーターショーを扱う関連記事を見ても、コンパニオンに対しては「男性必見」「イベントの華」という見だしが躍り、モーターショーが男性のためのイベントだと考える人たちが多いことに気付かされる。

 が、女性である筆者自身、自動車製造に関わる工場を家族で経営していたためか、クルマやクルマを使って働いている人々を観察するのが小さい頃から好きだった。

 また、自らも大型自動車免許を取得し、トラックで関東から関西を走り回っていた時代があるため、ブルーカラーの過酷な労働環境を知っているがゆえに、ことトラックにおいては、展示されたクルマの前にスカートとハイヒールを履いた女性が立っている意味が全くもって理解できず、同性の同型車運転経験者という立場から見ると、もはや不快ですらあった。

 こうしたコンパニオン目当てに来場し、写真を撮る主に男性は、「カメラ小僧」を略して「カメコ」と言われたりするが、このカメコたちの存在も展示車を見る上では邪魔になることがある。中には、オープン前に設けられるプレスデーに紛れ込み、盗撮や赤外線カメラなどでの撮影をする悪質なカメラマンもいるため、メーカー側も頭を悩ませる原因になっている。

 が、コンパニオンとクルマを一緒に撮影したその写真を拡散してくれる彼らの存在は、メーカーにとって有効な宣伝マンでもあるため、実際のところ、コンパニオンとカメコが社会とイベントの「つなぎ役」になっているのが現状なのだ。

●「女性コンパニオン」、欧米では減少傾向

 こうした女性コンパニオンたちは、各派遣事務所に所属している場合が多い。国内の事務所を数社調べてみると、所属するほとんどが女性だ。

 同じようなイベント系のモデル事務所は欧米にも存在するが、男女の割合はほぼ半々で、モーターショー会場にも「煌びやかな女性」は、日本に比べるとその数は明らかに少ない。

 その傾向が顕著になったのは、2010年代。「若くてキレイで細い」だけが女性の魅力ではないとして、欧米のモーターショーやF1などのレース場から、女性モデルやグリッドガールは徐々に姿を消した。

 こうした動きは、ミスコンなどにも波及し、内面や才能をより評価するようになり、水着審査を廃止する団体も増えてきた。ミス・アメリカ2020において、ステージ上で化学実験を行った女性がグランプリに選出されたのも記憶に新しい。

 そんな中、近年の東京モーターショーでも、いくつかのメーカーには「男性コンパニオン」が登場し注目を浴びたが、女性や家族連れ来場者の増加に鑑みると、その比率は大変少ない。そもそもクルマの展示会においては「キレイな女性を立たせているのだから、カッコいい男性も立たせればいい」という理屈でもない。

 純粋に「クルマのショー」を楽しむために必要なのは、そのクルマに乗った環境に近い想定をするべきで、ファミリーカーには家族のモデル、商用車には作業服を着用した男女を立たせるのが最も自然のはずだ。

 自身の生活環境に応じ、女性もファミリーカーや軽自動車、スポーツカー、商用車などに興味を抱く。女性ならではの感性を刺激し、女性に対しても魅力的なクルマを演出できれば、男性であろうが女性であろうがコンパニオンは必要ない。

 女性でも筆者のようにクルマ好きは多くいる。特に最近の女性ドライバーの割合は伸び、女性でも運転しやすい構造を売りにしているメーカーも多い。実際、77万1200人の来場者があった前回の東京モーターショー2017では、4人に1人が女性だったという。

 背景やブースのディスプレイに工夫を凝らすなど、女性が楽しめるイベント会場づくりにすれば、現在の男性カメラマンと同じように、インスタ映えを狙った若い女性も増えるだろう。インスタ映えありきで行動する昨今の女性の発信力は、カメコを凌ぐはずだ。

 次回の東京モーターショーは2021年。男性目線のモーターショーは、いつまで続くのだろうか。

橋本愛喜(はしもと あいき)