一時はどん底まで落ち込んでいた明治の牛乳宅配ビジネスが復活している。最盛期の1976年には全国約350万軒に配達していたが、コンビニやスーパーの台頭により91年には120万軒まで激減。しかし、宅配専用の機能性商品を開発したり、宅配販売店の営業力を強化したりすることで約250万軒にまで復活した。契約する宅配販売店も年間50店ほど増えており、現在は約3000店に達している。“時代遅れ”と思われがちな宅配ビジネスに何が起きているのか。担当の小池康文氏(マーケティング本部 ニュービジネス部 ニュービジネス2G)に話を聞いた。

●栄光の歴史

 簡単に明治の宅配ビジネスの歴史を振り返ろう。

 同社の宅配サービスが始まったのは1928年。「牛乳といえば販売店が配達するもの」(小池氏)だった。牛乳をつくれば売れる時代だったので、特別な営業努力をしなくても販売店の数はどんどん増えていった。

 販売店の多くは家族経営で、自転車で500軒程度に配達しているような状態だったという。しかし、スーパーの増加で牛乳を手軽に買えるようになると業績が悪化していった。これまでの“殿様商売”が通じなくなってきたのだ。

 危機感を抱いた明治は宅配サービスの立て直しをすることになった。

●宅配専用の商品開発

 1984年、明治は初めて宅配専用の「明治ラブエース」を開発した。カルシウムや鉄分などを含んだ乳酸菌飲料で、当時のビンに入った牛乳より10円高い価格設定だった。

 1993年には「明治のびやかCa牛乳」を発売した。これはカルシウムを強化した宅配用牛乳で、大ヒット商品になった。さらに97年には鉄分を強化した「明治のびやかFe」を投入。こちらも売れ行きが好調で、業績の回復に寄与した。お客のニーズを分析した結果、「摂取したい栄養を絞り込み、とがった商品を投入する必要があると判断した」(小池氏)という。これらのヒットの結果、業績は上向き、新規の販売店の数も増えていった。

 98年には新しい宅配用のビンを開発した。当時の宅配サービスの年間売り上げに相当する額の大規模な投資を実行。紙のキャップをなくし、シュリンクフードとポリキャップを採用した。さらに、ビンも軽量化した。これは異物混入を防止し、「安心・安全」をアピールするための工夫だ。

 2000年には「明治プロビオヨーグルトLG21」を発売。これは、すでに市販されていたLG21ブランドの宅配用ヨーグルトという位置付けだ。LG21は「胃で働く乳酸菌」がコンセプトで、明治独自の乳酸菌研究から生まれた商品である。市販用は112グラムだが、宅配用は85グラムにしている。

 2002年には「明治プロビオヨーグルトLG21 ドリンクタイプ」を投入。これは、LG21ブランドで、宅配専用の小型ビンに入った飲むヨーグルト。市販用は112ミリリットルだが、宅配用は100ミリリットルになっている。宅配用の量を若干減らしているのは、無理なく毎日飲みきってもらうことで、“健康習慣”を継続してもらう狙いがある。また、少ない量でも満足できるように、宅配用の商品はコクを増している。

 その後も「明治プロビオヨーグルトR-1」や「明治プロビオヨーグルトR-1ドリンクタイプ」、カルシウムと鉄分を強化した宅配用乳飲料の「明治ミルクで元気」、コラーゲンを摂取することを目的にした宅配用乳飲料の「明治うるおうコラーゲン」などを相次いで投入している。

 かつては鉄分やカルシウムをアピールすれば支持されたが、現在は消費者のニーズが多様化しており、そういったトレンドにも対応したラインアップにしている。

●販売店の営業力強化

 販売店の強化はどのように行ったのか。まず、毎日配達するスタイルから週2〜3回の配達へと切り替えた。また、配達時間を早朝から昼・夕方へと変更した。さらに、原付三輪スクーターの「ジャイロ」の導入も進めた。家族経営を脱して、スタッフを雇用することで配送能力を上げるのが目的だ。配達軒数も800〜1000近くに増える。

 日中に配達するとなれば、働き手も確保しやすい。配達先に置くための、専用の保冷受け箱と蓄冷剤も開発した。

 営業のスタイルは販売店のスタッフが一軒一軒を訪問し、商品サンプルを手渡すというのが基本だ。いわゆる地道な“ローラー開拓”だが、この方法は新規顧客開拓に効果的だという。一度、商品サンプルを渡すだけでなく、後日、スタッフがビンを回収するために再度訪問する。自然な形でお客との接触回数が増えるため、新規契約につながりやすい。この手法は1984年に編み出されたものだという。小池氏は「一見するとアナログな手法でムダだと思う方がいるかもしれません。しかし、フェーストゥフェースでお客さまと接するメリットは大きいです」と説明する。

 一部の販売店では、配達の際に見守りサービスや買い物代行サービスなどを自主的に行ったり、お客を巻き込んだバスツアーのイベントを開催したりしているという。

 こうした施策が功を奏し、月間約6万軒の新規顧客を開拓できるまでになった。

●競合との差別化要因は?

 近年、自宅に商品を定期的に届けるサービスは増えている。例えば、地域生協の宅配事業は右肩上がりで成長している。注文用紙やネットを通じて注文すれば、牛乳や機能性ヨーグルトを週1ペースで購入することも可能だ。また、Amazon.co.jpなどで気軽に注文できる環境も整っている。なぜ、お客はわざわざ明治の宅配サービスを利用するのか。

 小池氏は「定期的に商品が自宅に届くので、習慣化できる点が支持されています」と説明する。「健康のためにがんばって飲もう」という心理になるのがメリットとして受け取られていると分析している。また、他に支持される要因には「ビンだからおいしく感じる」「環境によい」「(明治の工場から販売店に直送されているので)新鮮な牛乳が飲める」といった理由もあるようだ。

 明治の宅配ビジネスを支持していたのはシニア層だ。しかし、最近では「元気で若々しいアクティブシニア」と「介護が必要になっているシニア」の中間層をターゲットにしている。やりたいことはいろいろあるが、病気や身体能力の衰えなどで思うようにできないことが増えてきた。でも、要介護の状態になるのは避けたい。だから、牛乳やヨーグルトを摂取したい。こんなことを考えている層だ。

 2008年には60代のお客は全体の半数近くだったが、18年には70%にまで増えているという。また、売り上げの半分以上をR-1やLG21といった機能性ヨーグルトが占めるまでになった。健康に対する関心の高まりと高齢化はビジネスの追い風になっている。

●さらなる成長に向けた課題は?

 順調に見える明治の宅配サービスだが、今後の成長に向けての課題もあるという。一定数の世帯に占める宅配サービスのカバー率を見ると、福井県、長野県、島根県、鳥取県が高い。一方、カバー率が低いのは神奈川県、千葉県、埼玉県だ。後者のエリアはタワーマンションなどの集合住宅が多く、共働き世帯が増えている。日中に営業のために訪問しても、留守だったり、いたとしても居留守を使われたりする。得意のローラー開拓がしにくい状況だ。今後、地方の人口減少が進み、都市部への人口集中が進むとみられるが、この市場をどう攻略するかが課題になっている。明治ではWebでのキャンペーンを強化し、新たな接点をつくろうとしている。

 また、さらなる事業拡大のためには、販売店や配達員の人材を増やす必要がある。そこで、新規の販売店を増やすだけでなく、新聞販売店やウォーターサーバの販売店などとの連携を強めている。従来の業務の合間に牛乳やヨーグルトを配達してもらうためだ。

 一度はどん底まで落ちた牛乳宅配ビジネスだが、明治はお客のニーズを取り込み、営業努力を重ねることで力強く再成長させようとしている。