1月恒例のテクノロジーショーケース「CES」。かつては家電ショーといわれたこのイベントだが、すでに主役は家電メーカーではなくなっている。そうした中で、コンシューマーエレクトロニクスの代表格であるソニーは、オーストリアの自動車開発企業マグナ・シュタイアとの協業でスクラッチから作り上げた電気自動車「VISION-S」を発表した。

 しかしこの出展を、そのまま「ソニーが作った車」「将来、ソニーが車を作ろうとしている」と考えるのは早計だ。

 もちろん、クルマを作らないというわけではない。ソニーが狙っているのはサプライヤーとして自動車産業に食い込みつつも、新たな社会変革の時代に対応していく戦略的な一手といえるからだ。

●モバイルからモビリティへ社会変革の軸が変化

 ソニー自身が繰り返しているように、VISION-Sは製品化を目指したものではない。実際に車を作ることで、ソニー自身がどのように自動車産業、そして5G時代に広がる多様なモビリティ(個人向け移動手段、自動配送など)へと貢献できるかを確認した習作だ。

 今後は日欧米で自動運転レベル2まではコンポーネントを載せて走らせる予定だという。

 開発責任者をつとめた川西泉氏(元ソニー・インタラクティブエンタテインメントのエンジニアで、aiboの開発責任者)は、マグナ・シュタイアから「自動車としてあるべき設計」について多くを学んだという。その上で実際に走らせ、さまざまなひとの意見を聞きながら、新しいことを学んでいく。

 例えば、開発していく中で、乗り心地をソフトウェアとセンサーで改善し、コントロールする技術など、作り始めることで生まれてきたアイデアが多数あったと川西氏はふり返る。

 現時点において、ソニーが自動車産業に貢献できるジャンルは限られている。得意のセンサー系半導体技術とそれらを束ねるセンサーフュージョンという手法を実装したミドルウェアは、その性能を評価されているとはいえ、まだトヨタへの採用が始まったばかり。

 車室内エンターテインメントシステムも、映像と音響の技術蓄積が多く、カーオーディオブランドでもあるソニーが、モバイル分野で培った技術と融合させていけば、センサー技術による安全安心との連動も提案できる。

 VISION-Sでは高精細CMOSセンサーによる車外の映像を、自動的に情緒的な映像へと変換し、音楽を加えてドライブした風景をエンターテインメントとして見せる機能などが提案されている。とはいえ、まだ挑戦は始まったばかりだ。

 ソニー社長兼CEOの吉田憲一郎氏は「弱小サプライヤーの1社でしかない」と話す。しかしその一方で、自動車の作り方を学ぶことで、モノづくり企業としてのソニーの手法が使える部分も見えてきたとも話している。ではソニーの貢献できる分野とは何なのだろうか。

 吉田社長の目線の先にあったのは、モバイル時代の次に見えている“モビリティによる社会変革”だった。

●“モバイルの時代”の次に向けた行動

 過去10年は、“モバイルの時代”へと変化していく社会変革の時代だった。事業環境、公共サービス、コミュニケーション、エンターテインメント、あらゆる社会的要素がモバイルの時代に変化した。

 しかしそのモバイルの時代において、ソニーは常に後手に回り続けた。世界でも有数のブランドを持ちながら、真っ先にAndroidに投資したサムスンの後塵(こうじん)を拝したのはもちろん、平井社長時代に集中投資した際にはグローバル市場が急変。端末事業は縮小を余儀なくされた。

 しかし、その中でもソニーがモバイル時代の進化に貢献できた部分はあると吉田社長は語る。

 「端末技術の中でも、またコンポーネント事業でも、ソニーが貢献できている分野はある。イメージセンサーはその代表的な例だ」(吉田社長)

 スマートフォンによる社会変革も終盤となり、モバイルの時代は終わりを告げようとしている。では次の社会変革は何を中心に展開するのか。吉田社長は、それが”モビリティ”だと確信している。

 自動運転車だけではなく、さまざまなかたちで移動体が変化し、物流やひとの動きが変わり、街全体、社会全体が変化していく。「その中でソニーが社会貢献できることは何か」を考えた結果、「世の中に安心・安全を提供する」「感動体験で人の心を豊かにする」の2つを具体的な形にした。それがVISION-Sだ。

 しかしモビリティの時代、移動体は必ずしも自動車の形ではなくなっていくだろう。吉田社長が見据えるのは、モビリティ時代に起こるだろう技術的構造の変化そのものだ。電気自動車の試作という行動は、その次のステップに向けた一歩にすぎない。

●モビリティ時代には、ソフトウェアが価値を生み出す

 「モビリティの時代、これまでの自動車とは製品としての構造が大きく変わる」と吉田社長は話す。

 自動車は複雑なハードウェアを、個々の機能パートごとにシンプルなソフトウェアが制御する構成だが、モビリティの時代は大きな能力を持つコンピュータが、モビリティ全体を統治する構造になっていく。そう考えているという。

 「電気自動車はハードウェアが単純化する一方、メインとなるチップの能力が大きくなっていき、OSの上に各種要素をミドルウェアとして乗せていく構造になる」(吉田社長)

 そうした中ではハードウェアよりもソフトウェアが重要になっていくため、多様なシステムと連動していけるよう、順応性の高いシステム開発をテーマとして目指している。それは将来のモビリティを統治するソフトウェアの枠組み、あるいはミドルウェアなど、さまざまなレイヤー、粒度でプラットフォームに食い込もうと考えているからだろう。

 例えば、自動車産業において、部品メーカーは極めて大きな役割を果たしている。日本の場合は系列に組み込まれ、あまり事業の自由度は高くないが、ドイツの部品メーカーは独立性が高く、ボッシュやシェフラーといった力のあるメーカーは、積極的に中国などのEVベンチャーを支援し、将来のモビリティ時代に適応しようとしている。ソニーのコンセプトカーにも、こうしたドイツ系部品メーカーは深く関わっている。

 ところが、これらのメーカーはパーツごとに開発を行っているため、吉田社長が予見しているように「シンプルハードに大きなSoC(System-on-a-chip)と複雑なソフト」という構造になっていくと、パーツを統治するシステムとどう調和させていくのかという問題が出てくる。

 ソフトウェアとハードウェアの価値が逆転するとき、このイノベーションにどう対応するかで、モビリティ時代での立ち位置が変化していく。

 当然、自動車メーカーはこの役割を担おうと開発をしてくるだろう。しかし、ソフトウェアプラットフォームならば、ハードウェアと切り離されていても十分に機能するはずだ。そこにはGoogleも、Appleも、サムスンも、参入の余地がある。

●“自動車以外”を含めたモビリティ社会の中で、いかに順応していくのか

 また、吉田社長が言うように、モビリティ時代への貢献、参画方法は多様だ。

 例えば、モバイル時代を代表するアプリである、ライドシェアやタクシー配車といったコンポーネントを、どうモビリティのシステムに組み込んでいくのか。あるいは社会全体の環境適応性を考えたとき、どのようにスマートグリッドと接続していくのか。そして電気自動車を取り巻く動きの中で、どのように従来の事業を順応させていくのか。

 これからの数年が、10年先の事業価値を大きく変える。そんな岐路に、われわれは立っているのかもしれない。