さまざまな分野で、「サブスクリプション」(以下、サブスク)のサービスが導入されている。PCのオフィスソフトでは、マイクロソフトの「Office 365」というサービスでWordやExcelなどがいつも最新のバージョンで利用することができ、クリエイティブ業界ではデファクトスタンダードの「Adobe Creative Cloud」で、高額なソフトを月額単位で使用できる。

 ソフトウェアの世界だけではない。焼肉チェーン「牛角」(運営:レインズインターナショナル)の一部店舗でサブスクを開始したものの、人気が殺到して申込みを終了したほどだ。ブランド品のサブスクも人気があり、多くのメディアが取り上げている。

 そんな中、鉄道もサブスクに参入する。参入したのは、鉄道だけではなく、沿線開発や関連事業にも力を入れている、あのグループだ。

●沿線丸抱えの会社だからできるサービス

 東急電鉄は先日、東急線全線や東急バス全線の乗り放題を基本とした「東急線・東急バス サブスクパス」の実証実験を開始すると発表した。このパスでは、1カ月単位で東急線全線・東急バス全線の乗り放題乗車券を基本とし、映画館チェーン「109シネマズ」の映画見放題パスや、東急駅構内の「しぶそば」の定額パス、専用電動自転車&駐輪場の貸与サービスのいずれかを追加し、東急が運営するオンラインサイト「SALUS ONLINE MARKET」で販売するというものである。

 1月に受付を始めたものは、3月1日から1カ月間使用できる。価格は、電車・バスと映画、そばのセットで3万3500円(すべて税込、1日当たりおよそ1120円)、電車・バスと映画のセットで3万円(1日当たりおよそ1000円)、電車・バスとしぶそばのセットで2万3500円(1日当たりおよそ790円)となっている。

 なお、そばは「かけそば」もしくは「もりそば」となっており、うどんも選択できるものの、かき揚げなどのトッピングはその場で支払うことになっている。

●どんな人が使うべきか

 東急グループは「選ばれる沿線」の代表格ともいえる存在で、沿線に自社関連企業のサービスを充実させていることで知られている。もちろん、サブスクにはなじまない百貨店やスーパーなどのサービスがあるものの、映画館やそば店、電動自転車は人によってはひんぱんに使用するサービスであり、サブスクにする意味がある。

 利用できる「109シネマズ」は、沿線の二子玉川駅、南町田グランベリーパーク駅、横浜駅の近くにある。このほかに、港北、川崎の映画館でも楽しむことができる。当日チケットのみ入手可能で、3D以上の作品は追加料金となるものの、2D作品の大人料金1900円を考えると、週に1〜2回映画を見る人にとってはありがたいサービスとなるのではないか。

 東急では沿線にさまざまなサービスを展開し、その中でサブスクに適合した、利用頻度の高いサービスをとなると、こういったラインアップになることが考えられるのだ。

 株主優待と比較すると、電車・バス全線乗車証(30枚)を取得するには2万8500株以上の取得が必要となっており、そのためにはおよそ5000万円以上のお金が必要になってくる(1月23日現在)。そう考えると、東急沿線エリアをバスも含めた交通機関で移動することが多く、映画をよく見る、といったタイプの人が、このサービスを利用するといいのではないだろうか。

●「サブスクパス」のビジネス的意味

 この「サブスクパス」は、電車の運賃を考えただけでは、少しお高いサービスとなっている。距離の長そうな、中央林間から渋谷までの移動を考えると、片道340円、往復680円となっており、それを毎日往復しただけではもとは取れない。バスでの移動が必要な人は、有用なサービスだ。東急バスは東京都内や横浜市内で片道220円、川崎市内で片道210円である。

 では、それなりに使わないとお得感が出ない「サブスクパス」をなぜ設定したのか。「東急沿線の人たちに東急のサービスを利用してほしい」という意味合いを含んでいるはずだ。

 東急は最近の大手私鉄が掲げる「選ばれる沿線」という方針に早くから取り組んでいる。近年も、ショッピングセンター「南町田グランベリーパーク」などの開発を実現させ、東急線内で生活が完結しやすくなっている。東急線内を移動すれば、商業施設などが各地にあり、それらで日常生活を楽しんでもらいやすくするというのがこの「サブスクパス」の目的だろう。

 電車・バスの全線を利用できるようにして、東急沿線の各地を楽しんでもらう。利用者には気分のいい生活をしてもらい、沿線の活性化にもつなげたい意図が感じられる。

●他私鉄での「サブスクパス」の可能性は

 他私鉄でもこういった「サブスクパス」があってもいい。例えば路線距離の短い京王では、こういったパスがあると便利だ。バスについては、場合によっては小田急バスの協力も必要だろう。京王沿線では小田急バスも多く走っているからだ。食べ物は、そばの代わりに「Curry shop C&C」のカレーにするのはどうだろうか。

 小田急のように路線距離が長いと、考えを変えなくては適用できない。小田急は新宿から相模大野あたりまでと距離を限定し、バスも小田急バスだけではなく神奈中バスに協力してもらうのもありだろう。小田急は「箱根そば」が充実しているので、こちらはそのまま適用できそうだ。

 沿線ネットワークと、各社で行っているそれぞれの事業の距離が近ければ近いほど、鉄道のサブスクは可能性が高くなる。鉄道自体も、本来は利用した距離に応じて運賃を払うサブスク的なサービスであり、定期券は途中下車が可能で寄り道などが追加料金なしでできるシステムになっている。

 東急電鉄が今回全線利用可能な「サブスクパス」を出したことは、鉄道事業にも沿線開発事業にも自信があるということだろう。ただ、多くの鉄道会社が沿線開発に力を入れるようになったいまでは、鉄道の利便性も再び向上させなければ「選ばれる沿線」になりづらい構造になってきたのかもしれない。東急電鉄の「サブスクパス」発売の背景に、こうした事情があるように感じる。

(小林拓矢)