新日本プロレスが絶好調だ。2018年度の売上高は過去最高の54億円。19年には米国ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで1万6000人を動員し、20年1月4日・5日には史上初の東京ドーム2日間も成功させ、合計7万人以上が会場に詰めかけた。

 1972年創業の新日本プロレスは、70年代から80年代にはテレビのゴールデンタイムで放送され、97年には39億円の売上高を誇った。しかし、2000年代に入って低迷し、05年に最大損失を出して経営譲渡された。11年度には売上高は11億円まで落ち込んでいたが、12年にカードゲームなどを手掛けるブシロードが買収したことによってV字回復。買収後6年で売り上げ5倍を達成している。

 さらなる成長を目指して、18年にはハロルド・ジョージ・メイ氏が社長に就任。メイ社長は、サンスターの執行役員、日本コカ・コーラの副社長を経て、タカラトミーでは社長として業績をV字回復させた「プロ経営者」だ。就任後、海外進出などで新たな戦略を打ち出しているメイ社長に、今後の新日本プロレスの戦略や、プロ経営者から見た日本企業の課題を前後編の2回にわたってお届けする。メイ社長は流ちょうな日本語を話し、インタビューに応じてくれた。

 前編では、新日本プロレスの躍進の秘密に迫る。

●8歳からプロレスファンだった

――メイ社長は、15年に当時赤字状態だったタカラトミーの社長兼CEOに就任し、わずか数年で大幅黒字を実現してV字回復をさせた「プロ経営者」です。新日本プロレスは社長に就任した当時は売り上げが39億円と、タカラトミーの1600億円の40分の1にも満たない会社でした。なぜ社長を引き受けたのでしょうか。

 もともと私はプロレスファンでした。父の仕事の関係で、初めて日本に来たのは8歳のときでした。家族も私も日本語が話せなかったので、テレビでニュースや映画を見ても、まったく分からなかったのです。ところが、唯一テレビで見て理解できたのがプロレスでした。

 プロレスはいい意味でルールが単純明快で迫力があります。映像の素晴らしさだけで十分魅力を感じました。しかも、当時父は40代でしたが、父も私もプロレスを見て楽しめました。これは父とのいい思い出です。世代を超えて楽しめるのがプロレスの魅力だと思います。

 プロレス好きが高じてタカラトミー時代には、年に1回全社員を集めて開催する全社方針発表会で、プロレスの入場曲をかけてスポットライトを浴びながら入場していました(笑)。プロレス風の演出です。社長が派手なパフォーマンスをすると、熱意が伝わります。熱意が伝われば、真剣に話を聞いてくれると信じていました。

 そんなことをしていると、私がプロレス好きだといううわさがブシロード創業者で、新日本プロレスのオーナーである木谷高明さんの耳に入り、一緒に食事をするようになったのです。

――新日本プロレスの社長就任は、木谷オーナーから直接打診されたのですか。

 私がタカラトミーの社長を退任することがニュースで流れると、すぐ携帯に電話が入り、社長就任を要請されました。ただ、引き受けるかどうかは、正直なところとても悩みましたね。プロレスが好きなだけに、外から見て新日本プロレスの経営の難しさや課題も感じていましたし、好きなものを仕事にするのは苦しいのではないかとも思いました。思い入れが強いだけに、衝突することもたくさんあると予想できたからです。

 それでも引き受けたのは、やはりプロレスが好きだったことと、自分の経験やスキルを使ってプロレスを助けたいと思ったことからです。上から目線ではなく、少しでも手助けをしたいと思い、引き受けました。

●観客の約4割は女性

――これまで勤務された企業は主にメーカーですが、新日本プロレスはエンターテインメント産業でジャンルが違います。これまでの経験をどのように生かしているのですか。

 経営面ではメーカーもエンターテインメント企業も取り組むべきことは同じです。プロレスの会社では、興行とグッズ販売が大きな売り上げを占めています。タカラトミーはおもちゃの会社ですから、グッズでは特に経験を生かせていると思います。

 グッズの人気商品に「マネくま」があります。文字通り、クマが選手を真似(まね)ているぬいぐるみです。ベースのぬいぐるみは1つですが、選手と同じ衣装や髪形をしています。実は「マネくま」は、タカラトミー時代に私が新日本プロレスに提案して実現した商品です。

――御自身のアイデアだったのですね。

 アイデアは私が考えました。デザインはタカラトミー社内のスタッフによるものです。最近では肩に乗るかわいいぬいぐるみの「ぴょんすけ」も開発しました。ぬいぐるみのお尻と、紐(ひも)でつながった小さな板に磁石が入っています。マグネット板を服の下に入れることで、磁石でぬいぐるみをくっつけて、肩に乗せることができます。

 大事なポイントは、新日本プロレスの客層に合わせた応援グッズを作ることです。最近プロレスを見ていない方は、客層をおそらく40代以上の男性中心だと思っているのではないでしょうか。実際はまったく違っていて、会場を訪れる観客は約4割が女性です。

――いわゆる「プ女子」ですね。4割も占めているのですか。

 20代から40代中心の女性が約4割。約1割は大会にもよりますが、12歳以下の子ども。約5割が男性で、年齢は30代から40代が中心です。全体的に若返っていますから、応援の仕方も変化しています。「マネくま」や「ぴょんすけ」を持って応援すれば、選手も自分のファンだと分かるので、手を振って応援に応えることもあります。それにインスタ映えもしますよね。

――多くの女性ファンの心をつかんだ要因は、どんなところにあるのでしょうか。

 木谷オーナーが選手をブランドとして見て、一人ひとりの魅力を伝えようとしたことが大きいと思います。写真集を出したり、テレビに露出したりすることで、肉体美の選手、イケメンの選手、技がすごい選手など、選手の個性を好きになってもらえます。私が社長に就任してからは女性専用のレディースシートも一部導入して、女性が安心して観戦できる環境を積極的に作っています。

●V字回復の要因はビジネスモデルの転換

――ブシロードによる買収によって業績はV字回復し、売り上げが6年で5倍になるなど、メイ社長就任後も過去最高の売り上げを更新しています。右肩上がりの業績を実現している要因をどのように考えていますか。

 一番大きな要因は、現代的なビジネスモデルに転換したことです。興行のチケットとグッズの販売が大黒柱ですが、それに加えて動画配信サービス、海外へのテレビ番組の販売、スポンサー収入などが増えてきました。

――動画は世界に向けて発信しているのですか?

 動画は世界に配信しています。税込で月額999円のサービスで、会員数は約10万人です。大会は同時配信もしています。英語の解説もつけていますが、プロレスは、私が子どものころに体験したように「見るだけでも分かるスポーツ」であり、国境や言葉の壁を越えられると思っています。

 海外には動画配信だけでなく、大会自体もどんどん進出しています。19年は初めてオーストラリアとイギリスで大会を開催し、4月にはプロレスの聖地といわれているアメリカ・ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン大会も実現しました。1万6000席が19分で完売したと現地の報道で伝えられ、大きな話題になりましたね。19分での完売はエルトン・ジョンやマイケル・ジャクソンでもできなかったのではないでしょうか。日本のブランドが海外でも通用することが証明できました。

――新日本プロレスは現在日本国内ではシェア1位で、世界でもアメリカのWWEに次ぐ2位だそうですが、海外展開を進める一方で、どのように「日本のプロレス」を伝える工夫をしているのでしょうか。

 海外でも日本語でリングアナウンスをしています。「青コーナー、◯◯センチ、◯◯キロ」と日本語で言うのが本物ですから、現地に合わせることはありません。だいたい言っていることは分かるでしょう。ファンも英語で直訳してほしいとは思っていないと思います。

 ただ、選手に関しては日本人が中心ですが、その国に響くローカルヒーローも必要です。オーストラリア人も、イギリス人も、アメリカ人もいます。現在所属するレスラーは約70人で、そのうち25人が外国人です。新日本プロレスのブランドイメージがよくなるほど、世界から選手も集まりやすくなります。

 社員も私が入社するまでは外国人が1人もいませんでしたが、現在は私も含め、イギリス、カナダ、オランダの3カ国で合わせて4人います。動画配信に英語の字幕をつけるほか、YouTubeやTwitterを英語でも発信するようになりました。

――海外展開していく上で難しい点はどんなところでしょうか。

 日本のプロレスには約50年の歴史があって、伝統やしきたりもあります。それを守りながらも、世界にアピールしていくためには、どうしても変える必要があるものも出てきます。例えば、選手が相手を挑発するときに行う、中指を立てるポーズは禁止しました。

――海外ではNGなのですか。

 日本では別に文句も言われませんが、海外では放送禁止です。選手が気まぐれに中指を立ててしまったら、その部分を編集でカットしないといけません。Fワードも、プロレスの試合の中といえども海外では許されません。選手を集めて説明しましたが、最初は抵抗もありました。ずっとやってきたことですから、本人たちにはこだわりがありますからね。そこを丁寧に説明して、理解してもらいました。

●今後の成長の鍵はIPビジネス

――興行と動画配信サービス、それに海外進出が3本柱になっていますが、今後さらに新日本プロレスを成長させていくために、どのような戦略を描いていますか。

 これからは3本柱に加えて、IPビジネスに注力して成長したいと考えています。IPはIntellectual Property、知的財産です。ゲームやグッズ、選手の映画やテレビへの出演、試合の映像を海外に販売するなど、プロレスをコンテンツとして売り出すビジネスモデルですね。

 サンリオさんは自社で商品を製造し、販売するだけでなく、キャラクターのライセンス契約を積極的に行うことで、キティちゃんなどが海外で大ヒットしています。新日本プロレスも知的財産を販売もしくは貸し出すビジネスをもっと展開していきたいですね。

――メイ社長自身も、試合会場でコスプレをして、ファンとの写真撮影などに応じていますよね。なぜ社長自らそこまでファンサービスをされているのですか?

 ファンの人たちにとっては選手に会うことが思い出になります。できれば皆さんが選手と記念撮影をしたり、サインをもらったりできればいいですが、1試合で可能なのは150人くらいです。東京ドームで4万人と握手していたら1週間はかかります(笑)。そこで、「選手とは会えなくても、私とは会えますよ」と言って立っています。

 私と写真撮影をした人には、サポーターの証の認定証をお渡ししています。これを持ち物に貼っている人を街で見たら、新日本プロレスのファンだと分かって、交流が始まります。

 これはある意味でマーケティングであり、ダイレクトな消費者調査です。情報だけでなく、ロイヤルティー(愛着や信頼)にもつながります。同時に、私もファンの人たちと触れ合うことで元気をもらえます。私自身もファンの人たちとの触れ合いは、これからも重視していきたいですね。

(フリーライター 田中圭太郎)