過去最高の売り上げを更新している新日本プロレス。率いるのはプロ経営者のハロルド・ジョージ・メイ社長だ。サンスターの執行役員、日本コカ・コーラの副社長を経て、タカラトミーでは社長として、わずか数年で業績をV字回復させた。2018年に社長に就任した新日本プロレスが躍進を続けている秘密は前編「「6年で売り上げ5倍」「売上高過去最高の54億円」 プロ経営者・メイ社長が明かす新日本プロレス躍進の秘密」でお伝えした。

 経営悪化に苦しむ企業をV字回復させてきたメイ社長には、多くのプロ経営者、特に外国人経営者との大きな違いがある。それは社員をリストラすることなく、V字回復を実現してきたことだ。

 メイ社長がリストラすることなくV字回復を実現できる理由は、外資系企業で15年、日本企業で15年間勤務してきた経験から、海外と国内の両方の立場から、日本企業の特徴を熟知している点にある。後編では、メイ社長にリストラしない経営と、日本企業の課題と可能性を聞いた。

●リストラしないプロ経営者

――メイ社長のようなプロ経営者は、日本企業ではまだ珍しい存在です。特に、外国人のプロ経営者といえば、金融商品取引法違反や会社法違反の罪で起訴されながらレバノンに逃亡した、日産自動車前会長のカルロス・ゴーン氏のイメージが強いと思います。ゴーン氏は1999年に日産の社長に就任して、国内5工場の閉鎖と2万人を超える人員削減により、一時は日産をV字回復させました。プロ経営者と言えば、リストラをするイメージがあります。ただ、メイ社長は考え方が違うそうですね。

 私は赤字状態だったタカラトミーのV字回復を実現しましたが、一切リストラはしていません。ボトムライン(純利益)ではなく、トップライン(売上高)を伸ばす方針のもと、1人も社員を解雇することなく、業績を大幅に改善できました。

 多くのプロ経営者が「コストカッター」となって、リストラなどの合理化によって収益を改善する傾向にあります。そのこと自体は、間違っていないと思います。特に欧米人の経営者はドライで決断が早く、無駄を省いてスピーディーに収益を改善できるでしょう。日産もリストラによって、確かに一時的に業績は改善しました。

 コストをカットすることも必要で、否定はしません。しかし、時間をかけて人やブランドを育てることも大事です。そのために必要なのは、組織の再構築と育成だと考えています。

――リストラをせずに、組織を再編するということですか。

 ビジネスはスポーツのフォーメーションと同じで、最適な人材を最適な場所に常に配置することが大事です。社内の人員配置だけでなく、10年前、20年前に作った子会社がまだ存在する必要があるのかといったことも考えて、無駄があれば組織を再編します。

 日本ではリストラは人員をカットする意味だと捉えがちですが、実はそうではありません。リストラは英語のrestructuringの略語で、本来の意味は再構築です。100ある商品のブランドを60に集約することも立派なリストラです。単に無駄を切り捨てるのではなく、無駄になっている部分を見つけ出して再編することが必要だと考えています。

●「大人リカちゃん」が大ヒット

――組織を再構築して、トップライン(売上高)を伸ばすには、どのような考え方が必要なのでしょうか。

 トップラインを伸ばすために必要なのは、その企業が持つブランドの知名度です。特に昔からあるブランドの知名度には、大きな価値があると思っています。新日本プロレスも一時は経営危機に陥りましたが、知名度は高いですよね。知られているだけで価値があります。その知名度を捨てるのではなく、生かすことが必要です。

――タカラトミーでは、どのようにしてV字回復を実現したのでしょうか。

 社長に就任した当時、タカラトミーで困っていることは何かと聞くと、1つはリカちゃん人形の売上低迷だと言われました。ゲームやApple製品などの影響で、子どもが人形と遊ぶ時間が短くなり、リカちゃんの低迷は20年以上続いていました。しかし、私はリカちゃんをそのまま見捨てるのではなく、立て直すべきだと主張しました。

 なぜなら、リカちゃんの知名度がものすごく高かったからです。ある時点の調査では、日本のキャラクターの中で最も知名度があったのはハローキティの98%で、リカちゃんはその次に高い97%でした。これほど知名度の高いキャラクターを何もせずに放置することは考えられませんでした。

 私が発想したのは、ターゲットを大人に振ることです。そこで発売したのが、大人の女性が楽しめる新ブランドの「LiccA」と「ビジューシリーズ」です。ドレスではなく普通の大人の女性が好むような服を用意して、値段を高価格帯に設定しました。つまり、大人が見て楽しみ、写真を撮ってインスタにあげたくなるようなコンセプトにしたのです。すると、購入する層が60代まで広がると同時に、大人が遊んでいるのを見た子どもも欲しくなって、大ヒットにつながりました。

――1967年に誕生したリカちゃんを、再度ヒットさせることができたのは、知名度があったからということですね。

 ブランドと知名度があれば、復活できます。約50年前のリカちゃんを再びヒットさせることができたのだから、トミカも、プラレールも、トランスフォーマーもヒットさせることができると主張して、V字回復ができました。

 もちろん、社内の抵抗はありましたよ。マーケッターは、新商品を開発してヒットさせたいと考えますから。それでも売り上げの柱を諦めるのではなく、新たな発想で伸ばすことが大切ではないでしょうか。

●日本企業が成長するには海外進出も大切

――新日本プロレスでは、社長就任後に海外での興行の拡大や、動画配信サービスの英語字幕、インバウンドの取り込みに注力しています。海外に目を向けているのはどのような理由からですか。

 日本の人口は、2050年には約1億人にまで減少し、大変な勢いで少子高齢化が進みます。現在の人口が約1億2600万人ですから、わずか30年で2割も人口が減ります。

 一方で、日本を訪れる外国人は年々増えて、2003年には512万人だったのが、2018年には3000万人を超えました。人口が減る日本国内だけでビジネスをするのではなく、海外の市場に出ていくと同時に、インバウンドの消費を取り込むことも、生き残るためには必要だと思います。

 総務省の資料によれば、日本の人口は2004年をピークに、今後100年間で、明治後半の水準まで人口が減少すると推計されています。経営者に必要なのは、明日のことを考えるのではなく、5年先、10年先のことを考えて、いま何をやるべきかを考えることです。

 さらに言えば、日本のGDPは世界3位ですが、世界全体の6%しかありません。6%の中で戦って、あとの94%は無視していいはずがないですよね。国内だけでは、売り上げを前年より1%上げるだけでも大変なはずです。日本企業が成長するには、海外を相手にするしかないと私は思っています。

●日本の課題はオーナー企業の多さと後継者不足

――プロ経営者として、日本企業の課題をどのように見ていますか。

 課題はたくさん感じていますが、あえて私が考えるトップ3を挙げてみます。まず1つ目は、多くの日本企業の採用が、新卒だけに頼っていることです。新卒を採用するのは、真っ白な人を入れて、その人を会社の色に染めるわけですよね。そうすると、その会社にある色に染まるだけで、会社としては考え方の進化がありません。

 外資系の企業では、この事情は異なっています。私が副社長を務めた日本コカ・コーラは、新卒で採用する人は1人もいません。全員が中途採用です。その理由は、異色の考え方を持つ社員をあえて会社に入れたいからです。日本の企業が中途採用に抵抗があるのは、私はもったいないことだと思っています。

 2つ目は、日本ではオーナー企業が多すぎることが課題だと考えています。オーナー企業がいい、悪いということではなく、海外に比べると多すぎるのです。しかも、オーナー企業は後継者が不足しています。

――オーナー企業の多さは、日本と海外では大きな差を感じますか?

 日本の上場企業を見ると、53%が同族企業です。もちろん海外にもオーナー企業はたくさんあります。ただ、統計はありませんが、日本のように半分以上を占めることはないでしょう。

 後継者不足については、2016年の帝国データバンクの調査によると、全国にオーナー企業が43万社あり、そのうち71%にあたる29万社が後継者不足です。後継者がいないと、投資家はどう思うでしょうか。「経営者にもしものことがあったら、この会社は大丈夫だろうか」と思いますよね。

 コカ・コーラに在籍しているときにすごいと感じたのは、本社社長が世界各地の拠点を回るときに、5人前後いる副社長を必ず連れて行くことです。それは自分の後継者はこの5人の誰かになると宣言しているようなものです。副社長は社長と同じブリーフィングやプレゼンを受けていますから、社長に明日何かあっても、会社をすぐに引き継ぐことができます。

 日本ではそんな準備はしていないですよね。後継者不足は、日本企業の深刻な問題だと感じています。

●日本ブランドにもっとプライドを持つべき

 3つ目に感じている課題は、日本企業はもっと日本のブランドにプライドを持つべきです。日本の企業は海外に進出する際に、現地の市場調査や消費者調査をすることによって、商品を現地に合わせすぎることが多々あります。その結果、その商品は日本で売っているものと違ったものになり、本物ではなくなってしまいます。

 例えば、緑茶をフランスで売ろうとしたときに、「魚の匂いがする」と言われたとしましょう。外国人は緑茶のことをよく魚臭いと表現します。そこでミルクを入れて、甘さが足りないので砂糖も加える。その結果、緑茶オーレのようになります。それはそれで売れますが、本物ではありません。私はこれは間違いだと思っています。

 日本人は謙虚です。日本では謙虚さは美学ですよね。しかし、海外では「日本の緑茶は素晴らしい」と言って、堂々と売った方がいい。海外のテレビコマーシャルを見たら、「こんなに素晴らしいものは世の中にない」と訴えるものばかりです。日本の本物をブランドとして売り込むことで、可能性はもっと広がるのではないでしょうか。

――日本企業が海外に進出するといえば、どちらかといえばものづくりのイメージが強かったと思います。新日本プロレスに関していえば、エンターテインメント産業であり、いわば「コト体験」を提供する企業ですよね。「コト体験」に、海外進出の可能性があるということでしょうか。

 私があえてものづくりではなく、新日本プロレスの社長を引き受けたのは、日本を代表するスポーツコンテンツとしてのプロレスに、ポテンシャルを感じているからです。2020年1月に開催した東京ドームの大会では、大会のハッシュタグがTwitterの世界トレンドワードの1位を6時間も独占しました。

●「コト体験」の輸出に日本企業の商機あり

――6時間も1位だったのですか。試合はどれくらいの長さだったのですか?

 試合は4時間30分です。試合の前から盛り上がって、試合後も興奮冷めやらずだったのでしょう。世界に向けて同時配信をしていましたので、「コト体験」が国境を越えて伝わったのだと思います。

 私は日本の経済そのものが、もっと「コト体験」にシフトした方がいいと考えています。日本のGDPは約6割がものづくりで、約4割が「コト体験」です。アメリカは逆で、ものづくりが約4割で、「コト体験」が約6割を占めています。

 ただ、米国の映画産業や音楽産業はスケールが大きく、歴史も古いので、追いかけても仕方がありません。それでは日本の「コト体験」で輸出できるものは何かといえば、その代表はアニメですよね。一方でスポーツはまだ輸出できていません。そこで日本独特のプロレスを「コト体験」として世界に輸出するのが、いまの私の夢です。

――「コト体験」の輸出なら、可能性のある日本企業も少なくなさそうですね。

 たくさんありますよ。それに、輸出せざるを得ない状況だと思います。海外で日本の商品のイメージはいいので、活用しない手はありません。そのためには、日本人だけでなく、外国人や海外留学の経験者など、海外のビジネススタイルに対応できる人材や考え方を取り入れる方がいいでしょう。

 いままで必要がなかったような経験やスキルを持って、文化や考え方の壁を乗り越えられるような経営者や人材が、日本企業に求められていると考えています。

(フリーライター 田中圭太郎)