CESと言えば、もとをただせば全米家電協会、すなわちConsumer Electronics Associationが主催するのトレードショーだった。当時のCESは、新しい製品やアイデアを持ち寄りって取引を行うマーケット、まさに「Consumer Electronics Show」だったといえる。

 ところが現在のCESは様変わりし、また主催者団体の名称も「Consumer Technology Association(CTO)」に改められている。そもそも現在のCESは「Consumer Electronics Show」ではない。その略称である「CES」を固有名詞と見立てている。読み方も「セス」あるいは「シーイーエス」。この方針を打ち出してから5年が経過し、2020年は完全にその姿を変えることに成功した。

 既存企業の事業モデルをイチから見直して再構築する「デジタル・トランスフォーメーション(DX)」事業が近年盛り上がり、IT企業の収益を支えているが、CESはトレードショーのDXに成功したといえるだろう。

●業界を丸ごとデジタル対応とする「DX展示会」

 かつて生活家電の展示会(「“電気”の力で、日々の生活をもっと楽に!」)だったCESは、エレクトロニクスによるエンターテインメントの展示会へと発展していった。この時代にはテレビゲームメーカーとして任天堂が参加していたこともある。

 それがパソコンで日々の生活を彩るマルチメディアの時代となり、そこにモバイル技術が合流し、あらゆるものがネットにつながるIoT時代を経て、現在はそこにAIや自動運転、電気自動車といった要素が加わった。さらには社会インフラ全体を接続していくスマートグリッドなどもCESのカテゴリーとなった。

 CTOのアナリストたちは、こうした現象を「Intelligence of Things」といった造語で表現している。その一方で個別製品ごとの市場動向についてはほとんど言及していない。これまで彼らは市場がどう伸びていくかを語っていたが、現在はほとんど数字を発表しなくなった。

 製品やサービスがデジタル化されるのは当たり前で、さらにIoTも常識となってくれば、次に始まるのはそれらが融合し、商品ジャンルの枠を超えて社会を変えていくことに他ならない。

 いわば「社会のDX化」であり、業界ごとにどのようにDX化が進んでいくのか、どのような要素やアイデアがあるのかを持ち寄る展示会へと変貌してきたといえる。「DX展示会」というと言い過ぎだろうか。

 もはやCESは家電ショーではなく、「テクノロジーで社会変革を起こす全てのプレーヤーが集う場」として機能し始めている。その象徴ともいえるのが、ソニー、トヨタ、そしてデルタ航空だ。

●エレクトロニクス業界はモバイルからモビリティへ

 別途、ソニーのVision-Sから読み取る戦略についてコラムを書いた。ソニーがVision-Sを開発したのは、エレクトロニクス産業が社会変革に参加するテーマを”モビリティ”に設定しているからだ。ご存じの通り、すでにモバイルによる社会変革は終わりを告げようとしている。

 次なる変革はモビリティ。モビリティの変化は街の形を変え、人の動きはもちろん、物流も働き方も変えていくだろう。モバイルの時代が訪れる前、インターネットの時代が訪れる前、それぞれの社会と現在がまるで違う常識で構成され、事業ルールも変化してしていく。

 ソニーがVision-Sを開発したのは、自動車メーカーになりたいという意思表示ではなく、サプライヤーとしてのショーケースでもなく、モビリティ時代にソニーがどのように貢献できるのかを探る狙いがあるとソニー社長兼CEOの吉田憲一郎氏は話していた。

 一方で、どのように貢献できるかは、その世界に飛び込まねば分からない。Vision-Sの開発で最も大きかった学びの1つが、前コラムでも書いた商品価値を構成する要素が、ソフトとハードで逆転することだった。ならば、その構造変化の中で勝負できる形があるかもしれない。

 この示唆に対して「自分たちならばこういう形で貢献できるかもしれない」という気付きを得ている方もいるのではないだろうか。ライドシェアや物流、タクシー配車、宿泊、旅行手配、電力グリッドなどとの接続を担うミドルウェアという手もあろうし、それらをモバイルの世界とブリッジすることを考えてもいいかもしれない。

 モビリティによる社会変革を想像する先に、どんな新しい価値が生まれるのか。新しい領域だけに、そこには大きな可能性という余白がある。

●旅行業界を“DX”したデルタ航空

 一方、旅行業界として初めてCESの基調講演を担当したデルタ航空は、航空会社の立場から事業を刷新、デジタルトランスフォーメーション(DX)を見事に果たし、また継続して改良を加えている。

 彼らが取り組んでいるのは、新しいテクノロジーのもとで業務全体を見直し、さらに外部サービスとの接続性を高めることで顧客視点での体験を大きく改善することだ。

 デルタ航空のCEO・エド・バスティアン氏が紹介したスマートフォンアプリ「Fly Delta」は、以前から提供されているものだが、大幅に改良されている。アプリの使用状況を収集し、事前ニーズを検知してアドバイスを送る機能を盛り込んでいるのだ。ユーザーがいつもラウンジを利用しているならば、あらかじめその場所をアナウンスしたり、チェックインカウンターや乗り継ぎ経路、荷物の受け取り場所などを知らせる。ユーザーの望む情報を先回りし、コンシェルジュのように情報を提供するサービスが盛り込まれている。

 さらに予約したフライトの、より正確な搭乗開始時間を知らせる機能をアプリに追加する。搭乗グループ(デルタでは9グループに分けている)ごとに時刻を表示するため、自分のグループが呼び出されるときをいちいち待ってる必要がない。どのセキュリティゲートを選ぶ方が混雑が少ないか、といった情報もリアルタイムで教えてくれ、気候による運行状況もリアルタイムに反映される。

 また、ライドシェアサービスのLyftと提携したことが発表された。空港に到着すると、Lyft契約車両を簡単に予約できる。配車スペースへの動線もアプリ内からガイドされる。さらに将来はホテル予約まで統合し、ライドシェアと結び付けることで行き先指定やホテルチェックインまでの動線を1つのアプリで完結可能となる。

 モバイル活用は、個々の技術的課題を解決するというステージから、どのように使うかという“コト”へと、価値評価の基準が変化してきている。

●テクノロジーで変化する街作り

 モバイル時代の社会変革もさまざまな粒度で起きてきたが、モビリティ時代の社会変革はさらに幅広い粒度で拡がっていくと予想される。

 ソニー・吉田社長へのインタビューでも、最終的にはスマートグリッドとモビリティの接続といったことまで言及されていた。これはあらゆる経営者が意識していることだろう。環境への対応は必要不可欠だからだ。単純に製品レベル、ネットワークレベルにとどまらず、社会基盤や都市基盤とつながっていき、新しい価値創造が行われるのがモビリティ時代だ。

 すでに中国では自動運転技術を前提として、住空間と人が行き交う階層、物流階層などを分離した都市計画が実行に移されている。トヨタも東富士工場跡に建設するスマートシティー「TOYOTA WOVEN CITY」を発表した。自動運転や自動配送技術を使った多階層の都市計画は、中国政府あるいはGoogleが構想するものにも通じている。

 トヨタはまず、自社社員が住む街として、そこでデータを収集し、より快適な街作りへとつなげていく計画のようだ。トヨタの作った映像から想像できるように、未来の街はその形が従来とは大きく変わる可能性がある。街の形が変われば人の動線は変化し、人の動線が変化すれば、変化する事業もたくさん生まれる。

 モバイルの時代には位置情報や決済機能などを用い、シェアリングエコノミーが発展したが、街全体が変化するならばもっと広範囲の影響が出るだろう。トヨタが街作りから始めるのも、まずは作ってみなければ、新しい価値を生み出すアイデアが生まれないからではないか。

 5Gサービスが日本でも始まり、モビリティ時代はこれから幕を開ける。2020年、全ての企業に、新しい時代に向けた事業参画のチャンスは開かれている。