またもや、悲くて、痛ましい事件が起きていたことが分かりました。

 ヤマハの30代の男性社員が、50代の男性上司から厳しい指導などのパワーハラスメントを受けて体調を崩し、1月に自ら命を絶っていたというのです。パワハラは2019年末に社内の通報窓口への情報で発覚。同社が第三者の弁護士に調査を依頼したところ、男性社員の体調悪化と上司のパワハラに因果関係が認定されたそうです。

 また、熊本県上益城消防組合消防本部の40代の男性係長が19年5月、「上司からパワハラを受けた」というメモを残し自殺。第三者委員会が調査したところ、「仕事を丸投げされ質問すると『自分で調べろ』などと怒鳴られる」「外部業者の前で叱責(しっせき)を受ける」などのパワハラを日常的に受けていたことが分かりました。

 上司によるパワハラ、パワハラによる過労自殺……、19年12月にはパワハラをした三菱電機の男性会社員(30代)が「自殺教唆の容疑」で書類送検されましたが、どんなに上司が罪を問われようとも、どんなに上司のパワハラが認定されようとも、亡くなった人は決して戻ってきません。

 いったいなぜ、パワハラはなくならないのか。いったいなぜ、周りは止めることができないのか。

 これだけパワハラが社会問題化し、パワハラをなくそうという意識はかつてないほど高まっているのに、悲劇が繰り返されています。

 そして、今。新型コロナ問題により、「パワハラとか増えるのでは?」という懸念があちこちから聞こえるようになってしまいました。

 経営悪化によるリストラや雇い止め、非正規社員と正社員との待遇格差・賃金格差。差別、罵倒、嫉妬、貪欲、猜疑、憎悪など、あらゆるネガティブな感情が吹き出し、職場環境が悪化するのではないか。そんな懸念が生じているのです。

 「それってさ、ちょっと飛躍しすぎなんじゃない?」

 そう思う人もいるかもしれません。

 しかしながら、私たちは自分が思う以上に環境の影響を受けます。人の働き方は環境が決めるといっても過言ではありません。それは言い換えれば、自分がパワハラの加害者になる可能性もあるってこと。環境次第で、「私」が加害者にも被害者にもなる可能性がある。

 そこで今回は「パワハラを生む環境」をテーマにあれこれ考えてみようと思います。

●フランスの企業で起きた、連続自殺

 今から10年以上前、フランスである“事件”が起きました。

 フランス最大手の電話会社「フランス・テレコム」で、わずか1年8カ月の間に24人もの社員が「自殺」するという衝撃的な事件が発覚したのです(未遂者も13人以上いるとされ、中には50人とする報告もある)。

 しかも、自殺者の大半が職場で命を絶ち、23人目の“被害者”となった社員は、自殺直前に父親に「今夜オフィスで命を断つつもり。もちろん上司には言ってない」というメールを送信していました。

 実はテレコムの事件が起こる2年前の07年頃から、フランスでは働く人が自殺する事件が起きていたのです。

 自動車メーカーの「ルノー」では4カ月間に3人が自殺。カルロス・ゴーン氏がルノー本体のCEOに復帰した時期と重なったことから、「ゴーンは日本の『過労自殺』という経営手法までフランスに持ち帰ったのか」と揶揄(やゆ)されたほどでした。また、08年にはフランスの銀行で12人の従業員が自殺し、その翌年に起きたのが前述のテレコム事件です。

 度重なる連続自殺の背景には、共通して、上司からの仕事のプレッシャーや過大な要求、上司や同僚からのいじめや暴力が存在していました。実際、命を絶った社員の家族の多くがそういった状況を目撃していましたし、ルノーの社員が残したメモには「会社が求める仕事のペースに耐えられない」と書かれていました。

 夫を失った妻は「毎晩、書類を自宅に持ち帰り、夜中も仕事をしていた」とサービス残業が常態化していたことを告白するなど、ゴーン氏の経営手法は問題視されたのです。

●パワハラの責任は企業経営にある

 そういった流れからも前述のテレコム事件への注目度は高く、メディアは連日“モラハラ”を取り上げました。モラハラとは、日本のパワハラと同義です。

 ただし、日本ではパワハラは「加害者と被害者」という二者間の問題として取り上げられますが、フランスでは「組織の問題」として扱われ、組織を運営する経営者が厳しく罰せられるのです。

 そもそもフランスで「モラハラ」という言葉が一般化したのは、1990年代後半にさかのぼります。

 精神科医のマリー・F・イルゴイエンヌの著書、『Le Harcelement Moral: La violence perverse au quotidien(邦題:モラルハラスメント・人を傷つけずにはいられない)』が大ベストセラーになったことがきっかけです。

 それまで多くの人たちが「職場のいじめや暴力」を経験したり目撃したりしていましたが、その“問題”を“問題にする”ための言葉がありませんでした。そこへ、イリゴイエンヌ氏がもともと夫婦間の精神的暴力を示す言葉だった「モラハラ」を、職場で日常的に行われているイジメに引用したことで火がついた。「私もモラハラされた!」「うちの職場でもモラハラがある!」と大論争になり、それまで「隠されていた問題」が表面化したのです。

 さらに、イリゴイエンヌ氏が著書の中で、いくつもの実際におきた事例を被害者目線でとりあげ、「企業経営がモラハラを助長している」との見解を示したことで、批判は「個人」ではなく「組織」に向けられることになります。

●フランスはどう変わったのか

 その結果、1999年には国会で法案が提案され、2002年1月17日、職場でのモラルハラスメントに言及した「社会近代化法」(労働法)を制定。

 労働法では、「従業員は、権利と尊厳を侵害する可能性のある、身体的・精神的健康を悪化させるような労働条件の悪化を招くあるいは悪化をさせることを目的とする繰り返しの行為に苦しむべきではない」とし、「雇用者には予防義務があり、従業員の身体的・精神的健康を守り、安全を保障するために必要な対策をとらなければならず、また、モラルハラスメント予防について必要な対策を講じなければならない」と、企業に予防・禁止措置を課したのです。

 また、企業は従業員の健康と安全を保障する義務があることが大前提で、たとえハラスメント予防の対策を導入していたとしても、モラハラを起こす社員が出た場合、その社員だけでなく雇用者にもその責任がある、としています。つまり、「企業経営がモラハラを助長している」というイリゴイエンヌ氏の訴えが、法律で明文化されたのです。

 これこそが日本が学ぶべき視点です。

 日本ではパワハラが発覚した場合、パワハラをした上司が異動になったり、解雇されたりすることはありますが、トップが責任を負うことはめったにありません。パワハラをしていた社員が書類送検された三菱電機では、2014〜17年の3年間で、長時間労働などを原因とする自殺者2人を含む5人が労災認定されているのに「責任者の顔」は一切見えません。

●労働者は人格を提供しているわけではない

 もちろんパワハラは二者間で行われるものですが、人は環境で変わるし、環境が働き方を作ります。いったん始まったパワハラはまるでスイッチが押された機械のように繰り返され、エスカレートし、周りの人たちは火の粉がかからないように息をひそめ、被害者は孤立し、いっそう追い詰められる。

 そういった状況を生まない企業経営をトップはしているのか? トップの責任がもっと問われて当然です。働く人は労働力を提供しているのであって、人格を提供しているわけではありません。

 新型コロナ騒動で経営が厳しくなることは避けられないこととは思いますが、その「当たり前」を決して忘れないでほしいのです。偉い人たちの「人」を軽視した思考の結果が、弱い立場の社員の命を奪う……ということを。

(河合薫)