米Facebookが、デジタル通貨「Libra」の構想を発表したことで、既存通貨に連動(ペッグ)などして、価格安定を目指すステーブルコインに注目が集まっている。ビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)は投機的な性質だけが注目を浴びがちだったが、ステーブルコインの普及で金融サービスは変わるのか。フィンテック協会理事の落合孝文氏と神田潤一氏に聞いた。(聞き手はフリーライターの中尚子)

――ステーブルコインはどういったものを指し、暗号資産とはどう違うのでしょうか。

落合孝文氏(以下、落合) 現在普及しているビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)は価格が大きく変動するため、決済には向かないという問題がありました。そこで、決済でも利用しやすいように、価値が安定しているコインとして作られたのがステーブルコインです。

 このような例として、1枚コインを発行するたびに、利用者から1ドルを保管して価値を裏付ける、法定通貨にペッグするコインが考えられます。Facebookが発行を目指すLibraも、法定通貨や比較的リスクの低い金融資産を裏付けにしているのでステーブルコインの一種である、と一部では考えられています。

 日本の法律で見ると、法定通貨に紐(ひも)づけられている場合は、暗号資産の規制対象になりません。そのため、事前に法定通貨をチャージした上でステーブルコインを発行する場合は、電子マネーと同じ「前払式支払手段」や「資金移動業」という位置付けになる可能性があります。

 また、対価性がないのであれば、規制の対象外であるマイルのような企業ポイントと同じような法的な位置付けになる可能性もあります。スイスのようにステーブルコインのガイドラインを出している国もありますが、日本では法的にどう整理するか、まだ明確には決まっていません。

神田潤一氏(以下、神田) 完全に1つの法定通貨にペッグする場合と、Libraのように複数の通貨にペッグする場合、どちらもステーブルコインと呼べるのかなど、ペッグする通貨や資産によっては位置付けが異なる可能性があります。

 また、1つのステーブルコインを発行するのに、完全に1単位の法定通貨を預託するケースと、理論上1つの通貨にペッグするように介入などの形で価格を安定させるようなケース、7〜8割分の通貨を預託するようなケースもあり得ます。仮想通貨にペッグするものをステーブルコインに含むこともあります。つまり、暗号資産から法定通貨までの間は離散的ではなく連続的で、その間をいろいろな形で埋めるような存在のうち、比較的法定通貨に近いものがステーブルコインだと考えると分かりやすいかもしれません。

――具体的には現在、どのようなステーブルコインがあるのでしょうか。

落合 一番有名なのは、ドルペッグをうたった「テザー(Tether/USDT)」ですね。

神田 テザーについては、1ドルが1テザーにペッグされているとうたっていましたが、担保が十分ではないという議論が起こって、一時相場が暴落しました。現在、一番広く使われてはいるものの、ステーブルコインのペッグの仕方に注目が集まった事例でもありますね。

 それに対して、ジェミニドル(Gemini USD/GUSD)は1ドル=1ジェミニドルとしてドルが預託されていることが証明されており、そういう形で信頼を高めているステーブルコインもあります。イーサリアムを担保にしているメーカーダオ(MakerDAO)までを含めるとすると、法定通貨とペッグしているものとはかなり性質が違ったものになるでしょう。

――ステーブルコインであるテザーは、現在どのように使われているのでしょうか。

神田 仮想通貨同士の取引の仲介で使われるケースが多いと思います。例えば、仮想通貨同士で取引しようとするとボラティリティ(価格変動)が大きすぎるので、いったん仮想通貨をテザーに置き換えて、そこからタイミングを見て別の仮想通貨に乗り換えるというケースです。法定通貨を挟むよりも事務手数料が安かったり手続きが楽だったりするため、テザーが使われています。

――ステーブルコインが普及することによってどのようなメリットがあるのでしょうか?

落合 より多くの人がより容易に金融にアクセスできるようになります。国がシステムを適切に組んでいけば、トレーサビリティが高まり、ガバナンスも改善できるでしょう。また、ステーブルコインの枠組み次第ですが、通貨運用コストの削減効果が生じる可能性や、さらに現在のような危機局面において、国から個人に対して何らかの給付をする際の手段として利用されるケースも考えられます。

神田 Libraのような今後のステーブルコインは、どこの法定通貨建てでもない中立的なグローバル通貨の代替になる可能性を秘めています。為替の手数料を負担せずにグローバルな仮想通貨のネットワークで国境をまたいだ取引が完結できる、そんな利便性の高い決済手段になるのではないかと期待されている側面があります。

――これからのステーブルコインとしてLibraに対する注目度は高いですね。

神田 Libraは、各国の主要な国の法定通貨をバスケットのような形で参照するというアイデアが面白いと思います。もちろんこれは別に突飛なアイデアではありません。例えばIMF(国際通貨基金)が、加盟国の準備資産を補完するために創設した特別引き出し権(SDR)や、ユーロの前身である欧州通貨単位(ECU)も当初は同様の考え方のもとで組成されました。

 Libraは、国ではなくFacebookという民間の大企業が、信用とかユーザー規模の大きさをバックグラウンドとして同様の取り組みをしようとしている点が面白いし、現実的にあり得ると感じています。だからこそ、当局も現実的な問題として議論しているのでしょう。

落合 Libraは特定の通貨だけにペッグするわけではないので、米ドルやユーロなど、現在の法定通貨の変動をなるべく平準化するという考えで設計されています。Libraのホワイトペーパーには、新興国の金融サービスを利用できないでいる人たちに金融サービスをつなげていくと記されており、理念としてはフィンテックの一般的な考え方を共有しているといえるでしょう。

――一方で、懸念点も指摘されています。

落合 Libraは、主体となっているFacebookが個人情報に関する問題を複数起こしているなど、必ずしも運営体制に対する信頼が高くありません。さらに次のような点が懸念点として指摘されています。

1. Libraの発行によって集まる個人情報を、本当に適切に管理できる仕組みを作り、運用するのか。

2. ステーブルコインとはいっても、価値が永遠に変わらないということはないですし、このようなことも含めてさまざまなリスクをユーザーにきちんと説明できているのか。

3. 金融機関なども加盟しているLibra協会が運営しますが、本当に適切なガバナンスを効かせることができるのか。

4. 証券規制との関係をどう整理するのか。マネーロンダリングやテロ資金の対策をどう進めるのか。

5. Libraの場合、身分証明書を持っていない人がユーザーとなり得ますが、どうやって本人確認するのか。

6. 租税回避や金融犯罪に使われた場合に対処できるのか。

7. Libraをコントロールしきれずに、最終的に金融政策に悪影響が及ぶのではないか。

神田 Libraに対して多くの懸念があるのは確かでしょう。ただ、発行体にいろんな問題があったり、発行体自体がなくなったりしたとしても、使い勝手がよければユーザーに支持されて流通し続けるという性質が通貨にはあります。

 歴史的には、中国の王朝が発行した北宋銭は信用力が高く、日本でも流通しました。面白いのは、北宋が中国で滅びた後でも日本では使われ続けたと言われていることです。現状、グローバルな決済には高い手数料がかかります。また、新興国は自国の通貨の信用がないためドルを使うコストが高いだけでなく、そもそも銀行口座がないとドルにアクセスすらできません。そういう現状のデメリットがある人に対してLibraが提供された時に、Libraが抱える問題を超えて受け入れられるのか、そこが非常に大きな注目点だと思っています。

――現在、各国はステーブルコインに対してどのように対応しているのでしょう。

落合 中国やインドは仮想通貨をそもそも禁止するというスタンスなので、民間が発行する前提でのステーブルコインの議論を発展させるのは難しいでしょう。欧米は国によって整理が異なっています。

 また、こうした民間に対する規制とは別に、各国当局は今ある法定通貨をどうデジタル化するかという議論もしています。こちらについては中国も非常に積極的です。

 今後、ステーブルコインを国際的に使えるようにするのであれば、各国での法令実務に関する協調を進める必要があるでしょう。例えば犯罪に利用されたときの対応もありますし、情報の国際的な利用や、法執行等の協力体制については国際的な枠組みを作っていくことが求められます。また、日本国内という観点で見た場合にも、国がステーブルコインに対する規制の指針をある程度示した方が発行しやすくなるでしょう。

神田 実務的にはステーブルコインの価格が変動する中で、どう会計的に処理するのかといった点も整理が必要でしょう。日本ではそもそも、仮想通貨交換業者が登録制で、当局に認められた通貨しか取り扱えません。金融庁がどういうステーブルコインを認めるかが実質的なガイドラインのようになっていくと考えられるため、注目しています。

――今後、ステーブルコインは暗号資産(仮想通貨)と比べ、送金手段など幅広い用途で使われていくのでしょうか。

神田 暗号資産は、送金手段としては価格変動の大きさがデメリットでした。ステーブルコインはそれを安定させるというメリットが着目されるでしょう。ただ、暗号資産同士の取引の媒介としてならば、自分がステーブルコインの価値を信用していれば使いますが、送金の場合は受け取る相手もステーブルコインを信頼している必要があるため、ハードルはより高くなります。価格の安定度や信頼度について幅広い人たちが認識するようになって初めて送金手段として広く使われるようになると思います。

 今年はセキュリティー・トークン・オファリング(STO)が解禁されます。例えば不動産の証券化でセキュリティー・トークンが発行されて使われるようになれば、その取引の決済に法定通貨よりも円建てのステーブルコインの方が使い勝手がいいというケースが出てくる可能性があります。日本でステーブルコインが受け入れられるかどうかはSTOがどういう用途でどう使われていくのかということと併せて見ていく必要があると思います。円建てのステーブルコインが取引され、その過程で利便性が認められるようになれば日本でも広がっていくと期待しています。